「会社に利益を残して税金を払うくらいなら、役員報酬を上げて個人の懐に入れたい」「とはいえ、会社にお金がないといざという時に不安だし、銀行からの見え方も気になる」
会社を経営していると、必ず直面する「役員報酬の金額設定」という究極の悩み。社長個人の手取りを最大化したいという欲求と、会社を安定成長させたいという責任感の間で、最適解を見つけられずにいる経営者は非常に多いのが実情です。
実は、この「会社と個人のどちらにお金(利益)を置くか」という問題は、単なる気分の問題ではありません。法人税と所得税(+社会保険料)の税率差という明確な数学的ルールが存在し、そのバランスを間違えると、同じだけ稼いでいるのに国に支払う税金が数百万円単位で変わってしまう「大損」を招くことになります。
この記事では、会社にお金を残す場合と社長個人にお金を残す場合のメリット・デメリットを深く掘り下げ、トータルの手残りを最大化するための「利益規模別の役員報酬の最適ライン」について徹底解説します。
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1.会社にお金を残す(内部留保を手厚くする)戦略
役員報酬を低めに設定し、会社に多くの利益(内部留保)を残すことには、どのような意味があるのでしょうか。
メリット:強固な財務体質と銀行からの信用力
会社に利益が積み上がり、自己資本(純資産)が厚くなっている状態は、過去から継続して利益を出し、それを無駄遣いせずに蓄積しているという「優良企業の証明書」になります。
最大の恩恵は、金融機関からの信用力向上です。銀行は「お金を持っていて、返済能力が確実な会社」に融資をしたいと考えます。自己資本が厚ければ銀行の格付けが上がり、融資の審査が通りやすくなるだけでなく、金利の優遇やプロパー融資(保証協会を介さない直接融資)の枠の拡大など、資金調達において圧倒的に有利な立場に立つことができます。また、BtoBの取引先に対しても「倒産リスクの低い安定した企業」として評価され、大型契約の獲得や継続的な取引につながりやすくなります。
デメリット①:「役員貸付金」発生による信用失墜
会社にお金を残すことを優先するあまり、社長の役員報酬を生活できないレベルまで極端に下げてしまうと、深刻な問題が発生します。生活費が足りなくなり、プライベートの支払いを会社の口座から行ってしまうと、決算書上は「役員貸付金(会社が社長にお金を貸している状態)」として処理されます。
決算書に多額の役員貸付金が計上されていると、銀行は「融資した資金が社長個人の生活費に流用されるのではないか」と強く警戒し、新たな融資を受けることが極めて困難になります。さらに税務上、会社は社長から利息を受け取るルールになっているため、実際には利息を受け取っていなくても「架空の利息収入」を計上させられ、法人税が無駄に増えるというペナルティまで課せられます。
デメリット②:株価高騰による「事業承継」のハードル
会社に利益が溜まり続けると、会社の価値である「自社株の評価額」はどんどん上昇します。将来、事業承継のタイミングを迎えた際、この株価が高すぎると、後継者が株式を買い取る資金を用意できなかったり、生前贈与する際に莫大な贈与税がかかったりしてしまいます。最悪の場合、税金を払うために会社を売却(M&A)せざるを得なくなるケースもあるため、承継を見据える段階では、あえて役員報酬や退職金で会社のお金を個人に移し、株価を引き下げる対策が必要になります。
2.社長個人にお金を残す(役員報酬を高くする)戦略
次に、会社よりも社長個人にお金を多く残す戦略を見ていきましょう。
メリット:圧倒的な「資金の自由度」
個人にお金を残す最大のメリットは、使い道の「自由度」です。会社のお金(経費)を使う場合、それは当然ながら「事業に関連するもの」でなければならず、税務調査においてその正当性を証明する責任が伴います。
一方、役員報酬として適正に税金を支払った後の手残り金は、社長個人の完全な私有財産です。家族旅行、趣味、子供の教育費など、何にどう使おうが自由であり、領収書も不要です。また、個人で十分な資金を持っていれば、万が一会社が資金ショートの危機に陥った際、社長個人のポケットマネーから会社に資金を注入(役員借入金)し、会社を倒産から救う強力なセーフティネットにもなります。
デメリット:累進課税と社会保険料の「二重苦」
「自由度が高いなら、役員報酬を限界まで上げればいい」と考えるのは早計です。個人の給与には、残酷な税率の壁が立ちはだかります。
個人の所得税は「超過累進課税」が採用されており、稼げば稼ぐほど税率が高くなります。課税所得が4,000万円を超えると、所得税(最高45%)と住民税(一律10%)を合わせて、実に55%もの税金を持っていかれます。
さらに、役員報酬を上げれば上げるほど「社会保険料」の負担も重くなります。社会保険料は会社と個人で折半(労使折半)であるため、個人の手取りが減るだけでなく、会社の負担する法定福利費も増加し、会社と個人の両方の財布から猛烈な勢いで資金が流出していくことになります。
3.手取りを最大化する「利益規模別の最適ライン」
では、法人税(約25%〜34%)と所得税等の税率のバランスを見極め、トータルの手取りを最大化するには、役員報酬をいくらに設定すればよいのでしょうか。
法人税の「軽減税率ボーナス」を活用する
最適解を導き出す大前提として、中小企業の法人税には大きな特例があります。それは、年間の所得(利益)のうち「800万円以下の部分」については、法人税率が約15%まで軽減されるというルールです。
この15%という税率は、個人の所得税+社会保険料の負担率と比べても圧倒的に安いため、「まずは法人に800万円の利益を残し、この軽減税率の枠をフルに使い倒す」ことが、節税の基本戦略となります。
【利益規模別】役員報酬設定の目安
この「800万円の法則」と、個人の累進課税の税率が跳ね上がるポイントを考慮した、利益規模別の役員報酬の目安は以下の通りです。(※利益は役員報酬を引く前の金額とします)
①利益が1,000万円程度の場合
- 役員報酬の目安:200万円〜300万円会社の資金繰りを安定させ、銀行信用を作る時期です。生活できる最低限の額を報酬とし、残りは法人税の軽減税率(15%)を適用させて会社内部に留保するのが最も効率的です。
②利益が2,000万円程度の場合
- 役員報酬の目安:500万円〜600万円、または900万円〜1,000万円個人の課税所得が900万円を超えると、所得税と住民税を合わせた税率が一気に33%から43%に跳ね上がります。これは法人税の実効税率(約34%)を大きく超えてしまうため、この「900万円の壁」の手前で止めるのが一つの正解ラインとなります。
③利益が3,000万円以上の場合
- 役員報酬の目安:1,200万円〜1,300万円程度この水準を超えてさらに役員報酬を増やすと、個人の税率が法人の税率を完全に上回るため、「稼いでも半分以上が税金で消える」状態になります。1,200〜1,300万円あたりで役員報酬を止め、残った多額の利益は法人のまま運用するか、退職金として将来受け取る(退職所得控除を利用する)ための準備に回すのが、手残りを最大化する黄金ルートです。
まとめ
「会社に残すか、社長に残すか」の最適解は、会社の現在の利益水準と、将来の事業計画(融資の必要性や事業承継など)によってダイナミックに変化します。
- 銀行融資や信用力を強化したいフェーズでは「会社に残す」。
- 中小企業特有の「法人税軽減税率(800万円以下)」の枠を必ず使い切る。
- 個人の税率が法人税率を逆転するライン(年収1,200〜1,300万円など)を見極め、それ以上はむやみに役員報酬を上げない。
なんとなくの気分や「生活費がこれくらい必要だから」という理由だけで役員報酬を決めるのは、自ら税金という名の穴の開いたバケツに水を注ぐようなものです。自社の利益構造と税率のシミュレーションを精緻に行い、1円でも多くのお金を守り抜いてください。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な税率の階段の仕組みや、事業承継を見据えた資金移転のタイミングなどについても触れていますので、ぜひ参考にしてください。