物価の上昇が続くなか、「経費の基準が昔のまま」というだけで、本来活用できるはずの節税メリットを取りこぼしている企業は少なくありません。
パソコン1台の購入、取引先との会食、従業員への通勤手当――日常的な支出に関わるルールが、ここ数年で大きく変わっています。
とりわけ2024年から2026年にかけては、物価高を背景とした基準額の引き上げが相次いでおり、これらを正しく理解して自社の規程に反映させることが、法人の税負担軽減と従業員の手取り増加の両面で極めて重要になっています。
本記事では、2026年時点で押さえておくべき経費ルールの変更点を5つ取り上げ、それぞれの実務上のポイントを解説します。
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少額減価償却資産の特例――上限が40万円未満に拡大
制度の概要と改正内容
青色申告をしている中小企業や個人事業主が利用できる「少額減価償却資産の特例」は、これまで取得価額30万円未満の資産が対象でした。
通常、10万円以上の固定資産を購入した場合は、耐用年数に応じて毎年少しずつ費用を計上する「減価償却」の処理が必要になります。
しかし、この特例を使えば、対象となる資産を購入した年度に一括で経費計上できます。
2026年4月1日以降に取得する資産については、この上限が40万円未満にまで引き上げられました。
実務上のポイント
注意すべきは、年間合計300万円までという枠自体は従来と変わらない点です。
ただし、1個あたりの単価が40万円まで認められるようになった意味は大きいといえます。
近年はパソコンをはじめとするIT機器の価格が上昇しており、スペックの高いノートパソコンであれば30万円を超えるケースも珍しくありません。
これまで特例の対象外だった価格帯の機器も一括で経費計上できるようになるため、ITツールや高機能な事務機器の導入を検討している企業にとっては、10万円の枠拡大が大きな後押しになるはずです。
本特例は2028年度末まで利用可能ですので、設備投資のタイミングと合わせて計画的に活用したいところです。
接待交際費の「1万円ルール」――会議費として損金算入できる範囲の拡大
接待交際費の基本ルール
接待交際費とは、事業関係者に対する接待・供応・慰安・贈答などに要する費用を指します。
取引先をもてなしたり、ねぎらったりする際にかかった費用がこれに該当します。
原則として接待交際費は損金不算入ですが、資本金1億円以下の中小企業であれば、以下のいずれかの範囲で経費計上が認められています。
(1)交際費の年間800万円までの全額損金算入
(2)交際費のうち飲食費の50%を損金算入
多くの中小企業にとっては(1)の年間800万円枠が基本となりますが、この枠を超えた部分は経費にできないため、枠の使い方には注意が必要です。
1万円ルールの活用
ここで重要になるのが、接待飲食費を「会議費」として計上できる仕組みです。
もともと「1人当たり5,000円以下の接待飲食費は交際費から除外し、会議費等として全額損金算入できる」というルールがありました。
物価高騰を受けて、2024年4月1日以降はこの基準が1人当たり1万円以下に引き上げられています。
このルールを活用すれば、年間800万円の交際費枠を温存したまま飲食代を経費にすることが可能です。
税込か税抜か――実務で迷わないための判断基準
現場で最も判断に迷うのが、「1万円は税込か税抜か」という点です。
消費税10%の差は1,000円に相当するため、ギリギリの金額での会食ではこの判断が結論を左右します。
厳密には、自社の経理方式(税込経理か税抜経理か)、さらに飲食店がインボイス登録事業者かどうかによって判定基準が変わります。
| 経理方式 |
インボイス登録店 |
判定基準 |
| 税込経理 |
登録・未登録を問わず |
税込金額で判定 |
| 税抜経理 |
登録店 |
税抜金額で判定 |
| 税抜経理 |
未登録店 |
税込金額で判定 |
この判定表からもわかるとおり、組み合わせによって基準額が変動するため、会食の場で正確に計算するのは現実的ではありません。
そこで、実務上は「税込1万円以内」を社内ルールとして統一することをお勧めします。
税込1万円であれば、どのような経理方式であっても確実に基準をクリアできます。
細かい計算に迷って税務調査でリスクを負うよりも、最初から安全側に寄せたルールを設定するほうが賢明です。
最近では「飲み放題付きでちょうど1万円」というプランを用意する飲食店も増えていますので、そうした店舗をあらかじめリストアップしておくと、接待の場でも迷わず対応できます。
出張旅費規程の見直し――宿泊費・出張手当の引き上げ根拠が強化
出張手当の仕組みとメリット
出張の際には交通費や宿泊費のほかにも、食事代や飲み物代など、出張に行かなければ発生しなかったさまざまな費用がかかります。
こうした費用の補填や出張の慰労を目的として支払われるのが「出張手当(日当)」です。
たとえば「社長が宿泊を伴う出張をした場合、出張手当として5,000円を支給する」といった出張旅費規程を整備しておけば、宿泊費・交通費とは別に手当を受け取ることができます。
出張手当には次のような複合的なメリットがあります。
会社側にとっては、出張手当が全額経費になるため法人税の軽減につながります。
さらに消費税の課税取引にも該当するため、消費税の節税にも寄与します。
受け取る個人の側では、常識的な金額であれば所得税・住民税が非課税となり、社会保険料の算定にも含まれないため、手取りを効率よく増やすことが可能です。
国家公務員旅費規程の改訂が与える影響
宿泊費の上限や出張手当の金額を設定する際、「いくらなら妥当か」という判断に頭を悩ませる経営者は多いでしょう。
ここでよく引き合いに出されるのが、国家公務員の旅費規程です。
2025年3月までの内閣総理大臣の出張旅費は、日当3,800円、宿泊料19,100円、食卓料3,800円と定められており、日当と宿泊費を合わせて約2万5千円程度が一つの目安とされてきました。
ところが、2025年4月から国家公務員旅費規程が改訂され、宿泊費が大幅に引き上げられています。
都道府県別に12のランクに分けられ、内閣総理大臣が東京に宿泊する場合の基準額は、19,100円から4万円にまで引き上げられました。
都内のビジネスホテルの価格高騰がそのまま反映された形です。
公務員の制度は今後、上限付きの実費精算が基本となりますが、民間企業が定額の手当を支給する際の「妥当な金額」を判断するうえで、この基準変更は非常に強い根拠となります。
宿泊費の上限や日当の額を相場に合わせて再設定し、出張旅費規程を更新しておけば、税務調査においても合理的な説明が可能です。
規程の改訂にあたっては、専門家に相談のうえ進めることをお勧めします。
食事補助の非課税枠が倍以上に拡大――まかない制度を活かす
飲食店をはじめ、従業員の採用に苦戦している業種では「食事補助(まかない)」が福利厚生として注目されています。
ただし、まかないを無料で提供すると従業員への給与として扱われ、源泉徴収の対象になってしまう点には注意が必要です。
食事補助を福利厚生費として計上するためには、従来、次の2つの条件を満たす必要がありました。
従業員が食事の価額の50%以上を自己負担していること、そして会社負担額が月額3,500円以下であることです。
しかし、月額3,500円という基準は1984年に設定されたもので、現在の物価水準からすると福利厚生としての実効性に乏しい状態が続いていました。
今回の改正では、40年以上ぶりにこの非課税枠が月額7,500円にまで引き上げられる予定です。
会社側は食事補助を全額経費にでき、従業員側は所得税・住民税がかからないだけでなく、社会保険料の負担増もありません。
人手不足対策として食事補助制度を検討している企業にとっては、活用の幅が大きく広がる改正といえます。
通勤手当の非課税限度額引き上げ――自動車通勤者への対応が急務
2025年4月の改正内容
2025年4月以降、自動車や自転車で通勤する従業員に対する通勤手当の非課税限度額が引き上げられました。
2014年以来、11年ぶりの改正です。
具体的には、通勤距離が片道10km以上の場合の非課税限度額が引き上げられ、距離区分によっては最大7,100円の増額となっています。
この改正に合わせて給与規程における通勤手当を見直すことで、所得税・住民税を増やすことなく、従業員により多くの手当を支給できるようになりました。
ガソリン代の上昇が続くなか、自動車通勤が中心の企業では特に効果の大きい改正です。
税制改正大綱でさらなる引き上げも
2025年12月に発表された税制改正大綱では、片道55km以上の長距離通勤者に対する非課税限度額のさらなる引き上げが盛り込まれています。
従来は片道55km以上が一律38,700円でしたが、今後は距離区分が細分化され、片道65km以上の場合には最大66,400円まで引き上げられる見込みです。
加えて、月額5,000円を上限として駐車場料金も非課税枠に加算できるようになる方向で検討が進んでいます。
公共交通機関が限られ、自動車通勤が不可欠な地域の企業にとっては、採用面でも大きなアドバンテージとなるでしょう。
社会保険料への影響に注意
通勤手当に関して一つ注意しておきたいのは、所得税・住民税は非課税となるものの、社会保険料の算定基礎には通勤手当が含まれるという点です。
手当の増額が社会保険料の等級変動につながる可能性があるため、給与規程の改訂時にはこの点も考慮に入れる必要があります。
まとめ
物価高は企業経営にとって負担である一方、税制もまたその変化に対応する形で基準額の見直しが進んでいます。
本記事で取り上げた5つのポイントを改めて整理します。
少額減価償却資産の特例は、1個あたりの上限が40万円未満に引き上げられました。
接待交際費の会議費計上基準は1人1万円以下に拡大しており、「税込1万円」を社内基準にすることで実務上の判断に迷いがなくなります。
出張旅費規程は、国家公務員の宿泊費基準が大幅に引き上げられたことで、民間企業の出張手当の見直し根拠が強化されています。
食事補助の非課税枠は40年以上ぶりに3,500円から7,500円へ倍増する予定です。
通勤手当の非課税限度額は2025年4月に改正済みで、さらなる引き上げも予定されています。
これらの改正は、知っているかどうかで手取り額や税負担に明確な差が生まれるものばかりです。
税制は常に変化しており、特に現在の物価高局面では基準の見直し頻度が上がっています。
新しいルールを正しく理解し、自社の規程をそれに合わせて最適化していくことが、経営者にとっての実践的な資産防衛策といえるでしょう。
本記事で取り上げた内容については、税理士が動画でもわかりやすく解説しています。具体的な事例や判定表を交えながら、より実践的な視点で説明されていますので、詳しく確認したい方はぜひそちらもご覧ください。