かつて「一人焼肉」という新たな市場を切り開き、一世を風靡した「焼肉ライク」。しかし近年、一部店舗の閉店ニュースが相次いでいます。焼肉業界全体も倒産件数が過去最多となるなど、厳しい冬の時代を迎えています。一体、外食産業の中でも人気の高い焼肉業界で、何が起きているのでしょうか。
この現象は、単に一つの企業の浮き沈みではなく、飲食業界が直面する構造的な課題と、ビジネスの栄枯盛衰における普遍的な法則を示唆しています。
本記事では、焼肉業界が苦境に立たされている現状を分析し、多くの飲食店が衰退する際に現れる「危険な兆候」、そして厳しい時代を生き抜くための経営の鉄則を解説します。
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なぜ焼肉業界は苦境に立たされているのか?
数年前のコロナ禍において、焼肉店は「換気性能が高い」という理由で、他の飲食店が苦しむ中で大きな注目を集め、活況を呈しました。しかし、その状況は一変しました。現在の苦境は、複数の要因が複雑に絡み合った結果です。
コロナ禍の活況から一転、競争激化と需要分散
(1)競争の激化:コロナ禍で「焼肉は儲かる」というイメージが広がり、調理プロセスが比較的シンプルで参入障壁が低いと見なされたことから、異業種からの新規参入が急増しました。これにより、市場内のプレイヤーが過剰となり、顧客の奪い合いが激化しています。
(2)需要の分散:コロナ禍が明け、人々の行動制限がなくなったことで、外食の選択肢は一気に広がりました。かつて焼肉店に集中していた顧客が、居酒屋やファミリーレストラン、専門料理店など、他の業態へと分散していったことも、客足が遠のいた一因です。
コスト高騰と人手不足という二重苦
飲食業界全体を襲っている問題ですが、焼肉業界も例外ではありません。
- コスト高騰:円安の影響で、多くの店が使用する輸入牛肉の仕入れ価格が高騰。加えて、電気・ガス代やその他食材の価格も上昇し、利益を著しく圧迫しています。
- 人手不足・人件費高騰:少子高齢化を背景とした人手不足は深刻で、人材を確保するために時給を上げざるを得ず、人件費も高騰の一途をたどっています。
ゼロゼロ融資の返済開始が追い打ちに
コロナ禍の資金繰りを支えた「ゼロゼロ融資(実質無利子・無担保融資)の返済が本格的に始まったことも、多くの企業のキャッシュフローに追い打ちをかけています。売上が回復しない中で重い返済負担がのしかかり、事業継続を断念するケースが増加しているのです。
飲食店が衰退する時に現れる「2つの危険な兆候」
外部環境の厳しさは、すべての飲食店に共通する条件です。しかし、その中でも生き残る店と、淘汰されていく店とを分ける決定的な違いはどこにあるのでしょうか。多くの衰退していく飲食店には、共通する「危険な兆候」が見られます。
(1)値段はそのまま、しかし「質」が落ちる
原材料費の高騰は、経営者にとって頭の痛い問題です。このとき、最もやってはいけない選択が、「値上げをせずに、食材の質を落として利益を確保しようとする」ことです。
例えば、焼肉店であれば、「以前より肉が薄くなった」「肉のランクを下げたな」といった質の低下は、顧客、特に常連客であるファンには必ず見抜かれます。「贅沢をしたい」と思って来店したのに、その期待を裏切られ、「がっかり」させてしまえば、その顧客が再び店を訪れることはないでしょう。
顧客離れを恐れて値上げを躊躇する気持ちは分かりますが、質を落とすことは、店の信用そのものを失う行為です。厳しい時だからこそ、勇気を持って適正な価格への値上げを行い、顧客が満足する「質」を断固として維持し続ける。その覚悟がなければ、顧客からの支持を得続けることはできません。
(2)店舗の「清潔感」が失われる
もう一つの危険な兆候は、店舗の「清潔感」が失われることです。テーブルのべたつき、床の汚れ、トイレの臭いなど、清掃が行き届いていない店舗は、顧客に強い不快感を与えます。
どんなに美味しい料理を提供していても、不潔な環境では、その価値は半減してしまいます。特に、コロナ禍を経て、消費者の衛生意識はかつてなく高まっています。清潔感の欠如は、顧客がその店をリピートしない十分な理由となり得るのです。
日々の清掃という、当たり前の業務レベルが低下している状態は、その店舗の管理体制そのものが緩んでいる証拠でもあります。これは、衰退への危険なシグナルと捉えるべきです。
事例から学ぶ:焼肉ライクの強みと今後の可能性
閉店ラッシュが報じられる焼肉ライクですが、この事例からも多くの教訓を読み取ることができます。閉店の背景には、前述した業界全体の逆風に加え、一部の利用者から「肉の質が落ちた」という声が上がっていることも事実です。これは、まさに衰退の兆候の典型例と言えるかもしれません。
しかし、一方で、「お一人様ビジネス」という焼肉ライクが切り開いた市場には、大きな将来性があります。日本の未婚率は上昇を続けており、2040年には40%に達するとも言われています。また、既婚者であっても、ライフスタイルの多様化により「個食」の機会は増えています。この巨大な「お一人様需要」の先駆者であるという強みは、今後も大きなポテンシャルを秘めていると言えるでしょう。
また、FC(フランチャイズ)展開における、オーナーの経営手腕の重要性も浮き彫りになっています。同じブランドの看板を掲げていても、店舗ごとの細やかなサービスや管理、コスト意識の違いが、最終的に黒字と赤字を分けるのです。
どんな不況も乗り越えるための経営の鉄則
外部環境がどれだけ厳しくとも、また、自社の業績がどれだけ好調であっても、すべての経営者が常に守るべき、たった一つの、しかし最も重要な鉄則があります。
それは、「固定費の6ヶ月分の現預金を常に確保しておくこと」です。
事業には必ず波があります。不測の事態で売上が急減しても、家賃や人件費といった固定費は容赦なくかかります。この厳しい時期を耐え抜き、次のチャンスを待つための「体力」、それが手元資金です。この財務的な体力を維持できていれば、安易な質の低下に走る必要もありません。多くの企業が倒産するのは、赤字だからではなく、支払いに必要な現金が尽きるからです。この原則を徹底することこそが、持続可能な経営の土台となります。
まとめ
焼肉業界、そして焼肉ライクが直面している苦境は、飲食業界に限らず、すべてのビジネスに共通する教訓を含んでいます。
外部環境の厳しさを嘆くだけでなく、顧客が本当に求めている価値、つまり「質」と「清潔感」という基本を徹底して守り抜くこと。そして、どんな不況にも耐えうる財務的な体力を、好調な時から常に備えておくこと。
この当たり前とも言える原則を、地道に、そして愚直に実践し続けることができるかどうかが、厳しい競争環境を生き抜き、持続的な成長を遂げるための分水嶺となるのです。