会社の口座からプライベートな支払いをしてしまったり、生活費が足りないときに会社のお金を引き出してしまったりする——中小企業の経営者にとって、こうした行為は決して珍しいことではありません。しかし、その一つひとつが決算書上「役員貸付金」として計上され、気づいたときには多額の残高となって、税務署や銀行から厳しくチェックされる対象になっているケースが非常に多いのです。
役員貸付金は放置すればするほど、税金の負担が増えるだけでなく、銀行融資への悪影響、役員賞与とみなされるリスク、さらには相続時に家族へ引き継がれる負の遺産にもなりかねません。一方で、正しい知識をもって使えば、創業期の資金繰りを支える有効な手段にもなります。本記事では、役員貸付金の基本から発生パターン、4つのデメリット、限定的なメリット、そして今すぐ実行できる返済方法までを整理し、経営者が取るべき対処法を解説していきます。
The following two tabs change content below.
役員貸付金とは何か
役員貸付金とは、文字通り会社が社長や役員に対してお金を貸している状態のことを指します。社長側から見れば、自分が経営する会社からお金を借りている状態であり、当然ながら将来的に会社へ返済する義務が発生します。
会社と社長は法律上まったく別の人格として扱われるため、たとえオーナー社長であっても、会社の資金を自由に引き出して私的に使ってよいわけではありません。会社のお金を社長個人が使えば、それは「貸付」という形で処理される、というのが大原則です。
気づかないうちに積み上がる典型パターン
役員貸付金が発生する場面は意外に多く、社長自身が意図しないうちに残高が膨らんでいくケースが非常によく見られます。代表的なのは、内容が分からない出金がそのまま役員貸付金として計上されてしまうパターンです。社長が現金で何かを支払ったものの領収書を紛失していたり、経理担当者に使途を説明できなかったりすると、経理処理上「使途不明の出金=社長への貸付」として扱われてしまうのです。
また、マイホーム購入など個人の高額な支払いに会社のお金を充てるケースもあります。中小企業の経営者は個人での住宅ローン審査が通りにくいことがあり、会社から借りるという選択をする方もいます。さらに、税務調査での指摘から逃れるために役員貸付金へ振り替えるケースも存在します。過去には、社長が一人で行ったクラブでの飲食を接待交際費として計上して否認され、役員貸付金として修正申告したものの、最終的に重加算税まで課された事例もありました。ごまかそうとすれば、多額の罰金と役員貸付金だけが会社に残るという最悪の結果を招きかねません。
役員貸付金がもたらす4つのデメリット
役員貸付金は、会社経営と社長個人の双方に深刻な影響を及ぼします。ここでは特に注意すべき4つのデメリットを詳しく見ていきます。
利息が発生し法人税が増える
会社と社長は別人格である以上、貸付には原則として利息を取る必要があります。この利息は会社の収益となり、法人税の課税対象となります。「身内だから」と無利息にしたり利息を計上しなかったりした場合、税務調査で本来取るべきだった利息を税務署側で計算され、追徴されることになります。
適正な利率は、貸付を行った年によって定められています。令和4年から令和7年中に貸付を行ったものについては年0.9%が目安とされていましたが、令和8年以降に新たに貸し付けを行う場合は年1.3%に引き上げられます。
| 貸付を行った年 |
適正利率(目安) |
| 令和4年〜令和7年 |
年0.9% |
| 令和8年〜 |
年1.3% |
利上げの流れを踏まえると、今後さらに利率が上がる可能性もあり、新規貸付には特に注意が必要です。
銀行融資が受けにくくなる
銀行の融資担当者の立場になって考えれば分かりやすいのですが、「事業のために融資してほしい」と申し込んできた会社の決算書に多額の役員貸付金が計上されていたら、「融資したお金も社長個人の生活費や遊興費に流れるのではないか」と疑うのが自然です。役員貸付金の存在だけで審査の印象が大きく悪化し、「融資したお金を社長が私物化するリスクがある」と判断されてしまいます。
さらに銀行は、この貸付金が本当に回収可能かを厳しく評価します。回収困難と判断された場合、その金額分を自己資本から差し引いて評価することがあり、結果として財務体質が弱い会社と見られ、融資が通りにくくなったり、条件が悪化したりするのです。
役員賞与とみなされるリスク
社長への貸付金が何年も返済されずに放置されていると、税務署から「実態は社長にあげたお金と同じ」と判断されるリスクがあります。役員賞与とみなされた場合、会社側では損金にならず、社長個人にも所得税・住民税が課税されます。加えて、支払時に源泉徴収をしていなかったとして会社側にも追徴課税が発生し、まさに三重苦の状態に陥ります。
これを防ぐためには、きちんとした返済計画を立てて毎月確実に返済することが大前提です。貸付を行う際には金銭消費貸借契約書を作成し、返済期日や金額、利率を明確にしておくことで、賞与とみなされるリスクを大きく下げることができます。
相続で家族に引き継がれる
役員貸付金が残っている状態で社長が亡くなった場合、その返済義務は相続人に引き継がれます。つまり、家族が会社に対して借金を返済する義務を負うことになるのです。相続放棄という選択肢もありますが、その場合は自宅などの他の財産も含めてすべて放棄しなければならず、現実的には難しいケースがほとんどです。
役員貸付金を放置することは、家族に対する負の遺産となりかねません。経営者としては、生前にきちんと解消しておくことが、家族を守るうえでも重要です。
限定的だが存在する2つのメリット
デメリットを見ると役員貸付金は避けるべきものに思えますが、状況によっては経営者を助ける側面もあります。ただし、いずれも積極的に狙って活用するものではなく、あくまで限定的な救済措置として理解しておくべきものです。
一つ目は、役員報酬の代替として活用できる点です。役員報酬を経費として認めてもらうには、毎月同額を支給する「定期同額給与」や、事前に税務署へ届け出て支給する「事前確定届出給与」といった厳格なルールを守る必要があります。特に創業期は利益の見通しが立ちにくく、高い役員報酬を設定してしまうと会社の資金繰りを圧迫する恐れがあります。そこで、役員報酬を低めに、あるいはゼロに設定しておき、生活費として一時的に役員貸付金を活用するという選択肢が生まれます。
二つ目は、他の借入手段と比べて利率が低いという点です。令和8年基準で年1.3%の適正利率は、銀行のカードローン(年2〜14%)や消費者金融(年3〜18%)と比較すると、圧倒的に低い水準です。また、役員が病気や災害などで急に多額の生活費が必要になった場合には、合理的な返済計画のもとで無利子または低い利息での貸付が認められるケースもあります。
ただし、これらのメリットを目当てに役員貸付金を積極的に利用することは、まったくおすすめできません。銀行からの信用を失うリスクを考えれば、あくまで例外的な選択肢と捉えるべきです。
今すぐ実行できる3つの返済方法
すでに役員貸付金が積み上がってしまっている場合、少しでも早く解消することが大切です。代表的な返済方法は3つありますが、それぞれに注意点があります。
役員報酬から返済する
最もオーソドックスな方法は、毎月の役員報酬の手取りから一部を返済に充てる方法です。仕組みはシンプルですが、当然ながらその分、社長個人が自由に使えるお金は減ります。返済原資を確保するために役員報酬を増額するという手段もありますが、そうすると個人の所得税・住民税・社会保険料の負担が増え、貸付金の返済のために余計に税金を払うという皮肉な結果になりかねません。増額を検討する場合は、金額の設計を慎重に行う必要があります。
個人資産を会社へ売却する
社長個人が所有している土地・建物・車などの資産を会社に売却し、その売却代金と役員貸付金を相殺する方法です。まとまった金額を一気に解消できる可能性があるため、有効な選択肢となり得ます。
ただし、売却によって売却益が生じた場合には、社長個人に譲渡所得税が課されます。特に不動産は金額が大きいため、事前に売却益をしっかり試算してから判断することが重要です。また、必ず「適正な時価」で売却する必要があり、たとえば時価100万円の車を役員貸付金300万円を消すために300万円で会社に買い取らせるといった処理は認められません。
役員退職金で返済する
退職時に支払われる役員退職金と貸付金の残高を相殺する方法です。将来の退職金で一括解消できるという意味では魅力的ですが、退職までの長い期間ずっと決算書に役員貸付金が載り続けることになり、その間の銀行融資への悪影響は避けられません。
また、退職があくまで形式的なもので実質的には経営を続けている場合、退職金そのものが役員賞与とみなされるリスクもあります。退職の実態がきちんと伴っていることが条件になるため、この方法は最後の手段と考えるのが妥当です。
まとめ
役員貸付金は、社長や役員が会社からお金を借りている状態を指し、放置すれば利息負担の増加、銀行融資への悪影響、役員賞与とみなされるリスク、相続時に家族へ引き継がれるリスクといった深刻な問題を引き起こします。令和8年以降は適正利率が年1.3%へ引き上げられることもあり、今後は税務署のチェックもいっそう厳しくなることが予想されます。
一方で、創業期の資金繰りや緊急時の生活費確保など、限定的な場面ではメリットとなるケースもあります。とはいえ、銀行からの信用を損なうリスクを考えれば、積極的に活用すべきものではありません。
最も重要なのは、そもそも役員貸付金を膨らませないことです。使途不明の出金を役員貸付金として放置しない、借りたお金はルールに沿って確実に返済する——この2点を徹底することが、健全な会社経営と社長個人の資産防衛の両立につながります。すでに残高が積み上がっている場合は、役員報酬からの返済、個人資産の売却、退職金との相殺という3つの選択肢を比較検討し、自社の状況に合った方法を選ぶ必要があります。
今回のテーマである役員貸付金の強烈なメリットと注意点については、動画でも税理士がより具体的な事例を交えながらわかりやすく解説しています。文章だけでは伝わりにくい実務上の判断ポイントや、税務調査で指摘されやすいポイントについても詳しく触れていますので、ぜひ動画も併せてご覧ください。