中小企業の資金調達といえば、社長の個人保証や不動産担保が当たり前という時代が長く続いてきました。しかし「万が一のとき家族に迷惑がかかる」と思うと、思い切った投資や事業拡大に踏み切れない経営者の方も多いのではないでしょうか。
実は2026年、その前提が大きく変わりました。不動産担保なし、経営者保証なしでも億単位の融資を受けられる可能性のある新制度「企業価値担保権」がスタートしたのです。
本記事では、この新制度の仕組みからメリット、見過ごせないリスク、そして経営者が今すぐ準備しておくべきことまで、詳しく解説していきます。
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企業価値担保権とは何か
これまでの銀行融資の審査で最も重視されてきたのは、決算書の利益と、土地や建物といった不動産担保、そして社長の個人資産でした。銀行用語でいうところの「保全」です。万が一会社が倒産したときに、売却して回収できる資産があるかどうかが融資判断の決定打となっていました。
このため、工場などの有形資産を持たないIT企業や、創業したばかりのベンチャー企業は、どんなに魅力的な事業を展開していても融資を受けにくい状況に置かれていたのです。目に見えるモノがなければ信用してもらえない、というのが日本の金融慣行の現実でした。
無形資産や将来のキャッシュフローも担保になる
企業価値担保権は、こうした有形資産ではなく「事業の価値そのもの」を担保にする画期的な制度です。具体的には、次のような要素を「事業全体」として評価し、担保にすることが可能になります。
– 独自の技術力や特許
– 顧客リストや取引基盤
– 従業員のスキル・ノウハウ
– ブランド力や信用力
– 将来生み出されるキャッシュフロー
これまでの貸借対照表には載らなかった無形資産や、将来の稼ぐ力を担保価値として認めてくれる仕組みです。これにより、不動産を持たない企業でも、事業に魅力さえあれば巨額の資金調達への道が開かれることになります。
関連法律は令和6年に成立し、令和8年(2026年)5月25日に施行されました。過去の資産ではなく未来の稼ぐ力を評価するという、まさに時代に合った融資制度が動き出したのです。
背景には、産業構造がサービス業やIT産業へシフトしているにもかかわらず、融資の物差しが昭和のままでは新しい産業が育たないという、日本経済全体への危機感があります。
最大のメリットは経営者保証からの解放
この新制度を活用する最大のメリットは、これまで多くの経営者を悩ませてきた「経営者保証」から原則として解放される点にあります。粉飾決算など不適切な資金繰りがある場合は従来通り保証を求められますが、健全に経営している会社であれば、経営者個人の連帯保証なしで融資を受けられる可能性が出てきます。
経営者というのは、常に会社と心中する覚悟でハンコを押しているものです。倒産したら自宅が取られ、家族も路頭に迷うリスクがあるというプレッシャーから、夜も眠れないという声を本当によく聞きます。このプレッシャーのせいで、経営者が思い切った挑戦をできなかったり、会社を継ぐ後継者が見つからなかったりするのが、これまでの最大の弊害でした。
企業価値担保権では、会社の事業そのものを担保にしているため、万が一返済が滞っても、責任の範囲は「会社の資産」、つまり事業そのものに限定されます。経営者個人の私財まで没収されることはありません。
事業承継・スタートアップで威力を発揮
この制度は特に事業承継の場面で大きな効果を発揮すると見られています。「親の会社の借金を個人保証するのが怖くて継げない」という後継者は非常に多く、せっかく黒字経営の会社でも「借金ごと引き継ぐのは嫌だ」と承継を断られるケースは珍しくありません。経営者保証から解放されれば、黒字廃業や後継者不足の解消にもつながる可能性があります。
さらに注目すべきは、赤字企業でも融資を受けられる可能性が出てくることです。従来の過去の数字だけを見る審査ではなく、将来のキャッシュフロー、つまりこれから会社が生み出すお金の流れまで見て融資が判断されるためです。
たとえばサブスクリプション型のビジネスモデルを考えてみてください。最初は顧客獲得コストで大赤字になりがちですが、解約率が低く顧客が積み上がっていれば、将来は確実に黒字化していきます。その将来のキャッシュを現在価値に割り引いて評価できれば、今の決算が赤字でも、事業計画がしっかりしていれば融資対象になり得るのです。スタートアップにとってはまさに救世主となる可能性があります。
見過ごせない3つのリスク
ここまで聞くと良いこと尽くしのように感じますが、企業価値担保権には決して見過ごせないリスクも存在します。主なリスクは次の3つです。
(1)経営権への介入と事業譲渡のリスク
(2)金利・諸費用が割高になるリスク
(3)銀行側の目利き力不足によるリスク
リスク1:経営権への介入と事業譲渡
最大のリスクは、経営権への介入と事業譲渡の可能性です。会社全体・事業全体を担保に入れているということは、もし返済ができなくなった場合、事業そのものが競売にかけられるような状態になるということを意味します。
具体的には、管財人によって会社が第三者やスポンサー企業に売却される手続きが取られます。事業や従業員の雇用は守られるかもしれませんが、経営者は経営権を失い、会社から実質的に追い出される可能性が高くなります。連帯保証で個人破産するのも厳しいですが、手塩にかけて育てた会社を追い出されるのも、経営者にとっては耐え難い屈辱でしょう。
不動産担保なら土地を失うだけで済みますが、企業価値担保権は「社長の椅子」を失うリスクがあるわけです。ただし見方を変えれば、連帯保証で自己破産して自宅も家族も失うよりは、会社という「ハコ」を手放して個人の生活を守れる分、再起はしやすい制度とも言えます。この二者択一をどう捉えるかが、活用判断の分かれ目になるでしょう。
リスク2:金利・諸費用が割高になる
2つ目のリスクは、コストの増加です。銀行にとって、目に見えない無形資産を評価したり、継続的にモニタリングしたりするのは、不動産担保融資に比べて莫大な手間とコストがかかります。
そのコストは当然、借りる側が負担することになります。金利が通常のプロパー融資より数パーセント上乗せされたり、信託設定のための初期費用やランニングコストが発生したりする可能性があります。個人保証なしの代償として高い金利を払う、いわば保険料のようなものと考えることもできますが、金利や手数料が高すぎて本来の事業に使えるキャッシュが減ってしまっては本末転倒です。活用する際にはシビアな計算が欠かせません。
リスク3:銀行の目利き力不足
3つ目のリスクは、銀行側の目利き力の格差です。率直に言って、すべての銀行員が会社独自の技術力や無形資産を正しく評価できるとは限りません。むしろ現状では、評価ノウハウを持たない金融機関の方が多いというのが実情でしょう。
始まったものの、支店の担当者が仕組みを理解していない、面倒だから取り合ってくれない、というケースは十分に想定されます。本部が「推進しろ」と号令をかけても、現場の担当者はリスクを取りたくないからスルーする、というのは金融業界ではよくある話です。したがって、銀行側の体制が整うのを待っているだけでは、いつまでも制度を活用できない可能性があります。
従来融資と企業価値担保権の比較
両者の違いを整理すると、以下のようになります。
| 項目 |
従来の融資 |
企業価値担保権 |
| 担保 |
不動産など有形資産 |
事業全体(無形資産含む) |
| 経営者保証 |
原則必要 |
原則不要 |
| 評価対象 |
過去の決算・資産 |
将来のキャッシュフロー |
| 赤字企業の借入 |
困難 |
事業計画次第で可能 |
| 金利・手数料 |
比較的低め |
やや高めになる傾向 |
| 返済不能時のリスク |
個人資産の喪失 |
経営権の喪失 |
経営者が今すぐ準備しておくべきこと
制度は2026年5月にすでに施行され、東邦銀行によるクラフトジン事業者への融資を皮切りに、地方銀行を中心に活用事例が生まれ始めています。
この波に乗り遅れないためにも、経営者は今のうちから準備を進めておくべきでしょう。具体的にやるべきことは大きく2つあります。
まずやるべきは、将来の事業計画を論理的に語れるようにすることです。「気合いで売上倍増します」といった精神論はまったく通用しません。なぜその売上が達成できるのかの根拠、市場環境の変化、競合に対する優位性、そして具体的なアクションプランなどを、論理的に構成された経営計画書としてアウトプットし、銀行員が納得できるレベルまで磨き上げる必要があります。頭の中にビジョンがあるだけでは不十分で、紙に落とし込み、数字で示せる形にすることが求められます。
次に重要なのが、自社の強みの可視化です。「お客さんからの信頼が厚い」「技術力には自信がある」といった抽象的な表現では弱すぎます。リピート率は何パーセントなのか、法的に守られた知的財産はあるのか、従業員の離職率はどうなのか、特許や登録商標はいくつあるのかなど、無形資産を可能な限り数値化して「見える化」しておくことが、将来の担保価値を高めることに直結します。なんとなくの強みではなく、客観的な「証拠」が必要なのです。
そしてもう一つ大切なのが、メインバンクとの対話の深化です。「企業価値担保権を積極的に活用して事業を伸ばしたい」と今のうちから担当者に伝えておき、定期的に試算表や計画書を持参して、事業内容を深く知ってもらう努力を続けることが大切です。経営者がオープンに情報を開示してくれれば、銀行側も支援を検討しやすくなります。ある意味、銀行を教育するくらいの気持ちで主体的に動いていく姿勢が、この新制度を使いこなす鍵になるでしょう。
まとめ
新しく始まった企業価値担保権は、不動産担保や経営者保証に依存してきた日本の融資慣行を大きく変える可能性を秘めた制度です。
無形資産や将来のキャッシュフローまで担保価値として評価されるため、IT企業やスタートアップ、サービス業など、これまで融資を受けにくかった業態にとっては大きなチャンスとなります。また、事業承継の場面でも、後継者の心理的負担を大きく軽減する効果が期待されます。
一方で、返済が滞れば経営権そのものを失うリスク、金利や諸費用が割高になる可能性、銀行側の目利き力の問題など、慎重に検討すべき要素も少なくありません。この制度をうまく活用するには、自社の事業価値を客観的な数字で示し、金融機関と継続的に対話していく地道な準備が欠かせないのです。
なお、この企業価値担保権の仕組みや活用のポイントについては、動画でも税理士がより詳しく解説しています。具体例を交えながらわかりやすく説明していますので、ぜひあわせてご覧ください。