社会保険料の負担増が、中小企業の経営を圧迫している。近年は社会保険料の重さに耐えきれず倒産に至る、いわゆる「社保倒産」も増加傾向にある。さらに、106万円の壁の撤廃も議論されており、企業が負担する社会保険料は今後さらに膨らむ可能性が高い。
従業員の手取りは減り、会社のキャッシュも圧迫される。この二重の負担にどう対処するかは、経営者にとって喫緊の課題である。
しかし、合法的な手段で社会保険料を削減する方法は、実は複数存在する。本記事では、中小企業が実務で活用できる社会保険料削減の具体的手法を解説するとともに、導入時に押さえておくべき注意点についても整理する。
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社会保険料削減の基本的な考え方
社会保険料は、給与・賞与・各種手当などの「報酬」に対して課される。逆に言えば、報酬に該当しない形で支給できるものや、算定の基準となる標準報酬月額を適正に抑える工夫によって、合法的に社会保険料の負担を軽減することが可能になる。
以下では、具体的な11の手法を解説していく。
退職金制度を活用した削減
社会保険料の対象となるのは、給与・賞与・手当などである。一方、退職金は社会保険料の算定対象外とされている。この違いを活用するのが最初の手法だ。
具体的には、賞与の一部を減額し、その分を退職金の原資として積み立てる方法がある。賞与として支給すれば社会保険料がかかるが、退職金として将来受け取る形にすれば、社会保険料は発生しない。
従業員からすると「賞与が減る」という印象を受けるかもしれないが、退職金には分離課税・退職所得控除・2分の1課税という税制上の優遇措置が適用される。トータルで見ると、給与や賞与で受け取るよりも手残りが多くなるケースが大半だ。
導入にあたっては、従業員に対してこの仕組みを丁寧に説明し、長期的なメリットを理解してもらうことが不可欠である。
協会けんぽから組合健保への切り替え
国が運営する協会けんぽに加入している企業は、業界団体などが運営する組合管掌健康保険(組合健保)への切り替えを検討する価値がある。
組合健保では、その組合の財政状況に応じて独自の保険料率を設定できるため、協会けんぽよりも低い保険料率が適用される場合がある。業種によっては加入できる組合健保が存在し、切り替えるだけで年間の保険料負担が大きく変わることもある。
実際に、協会けんぽからIT系の健康保険組合に切り替えた企業では、8年間で約1,000万円のコスト削減を実現したケースもある。自社が加入できる組合健保がないか、一度調べてみることをお勧めする。
事前確定届出給与を活用した役員報酬の最適化
高額な報酬を受け取っている役員にとって、年収を変えずに社会保険料だけを削減できる手法がある。事前確定届出給与の活用だ。
役員への賞与は原則として損金不算入だが、会計年度の4ヶ月目までに税務署へ届出を行い、届出通りに支給すれば損金算入が認められる。
ここでポイントとなるのが、賞与にかかる社会保険料の上限(標準賞与額の上限)である。
標準賞与額の上限
| 保険の種類 |
上限額 |
| 健康保険料 |
年間573万円 |
| 厚生年金保険料 |
1ヶ月あたり150万円 |
上限を超えた部分には社会保険料がかからない。そのため、たとえば月額報酬を大幅に引き下げ(例:月額10万円)、その分を役員賞与として大幅に増額することで、年間の総支給額は変えずに社会保険料を圧縮できる。
ただし、このスキームについては今後制度改正が行われる可能性も指摘されているため、最新の動向には注意が必要である。
出張手当の導入
出張旅費規程を整備し、出張手当を導入することも有効な手段である。
出張手当とは、出張時の食事代や交通費・宿泊費以外の雑費などについて、実費精算ではなく、あらかじめ定めた金額を支給するものだ。妥当な金額で設定されていれば、この手当は給与扱いにならない。
そのため、法人側では損金計上でき法人税の節税につながり、受け取る役員・従業員にとっても所得税・住民税の課税対象外となる。加えて、給与扱いではないため社会保険の算定対象外にもなる。
出張が多い業種であれば、法人税・所得税・住民税・社会保険料の四重の効果が期待できるため、積極的に検討したい手法である。
借り上げ社宅の導入
従業員が賃貸マンションに住んでいる場合、借り上げ社宅制度に切り替えることで社会保険料を削減できる。
手順としては、賃貸契約を個人名義から法人名義に変更し、会社が家賃を支払う形にする。ただし、家賃の全額を会社が負担すると社会保険料の削減効果がなくなるため、従業員にも一定額を自己負担してもらう必要がある。
たとえば家賃15万円のマンションで、従業員の自己負担を7万5千円に設定した場合、差額の7万5千円分だけ額面給与を引き下げることができる。額面給与が下がれば標準報酬月額の等級も下がり、結果として社会保険料の削減につながる。従業員にとっては手取りの減少なく住居費を確保でき、福利厚生としても魅力的な制度となる。
4月~6月の報酬額を意識した対策
社会保険料は、毎年4月から6月の報酬額の平均をもとに「標準報酬月額」が決定され、その年の10月から翌年9月までの保険料に反映される。この仕組みを踏まえると、4月から6月の報酬額をいかに適正に抑えるかが重要になる。
残業の調整
4月から6月の報酬額には、基本給だけでなく残業代などの各種手当も含まれる。この期間に残業が多いと標準報酬月額が上がり、その後1年間の社会保険料が高くなる。業務の繁閑を調整できる範囲で、この時期の残業を抑える工夫は有効だ。
昇給時期の見直し
昇給を4月に実施している企業は多いが、これを7月以降に変更することで、標準報酬月額の上昇を1年分先送りにできる。
たとえば報酬が24万5千円の人が5千円昇給して等級が1つ上がると、月の社会保険料は約6千円増加する。昇給額よりも社会保険料の増加額の方が大きくなるケースもあるため、昇給時期の設定は慎重に検討すべきだ。
ただし、昇給幅が大きく等級が2つ以上変動する場合は、時期に関係なく「随時改定」が適用されるため、その点には留意が必要である。
通勤手当の支給方法の変更
通勤手当も社会保険料の算定対象に含まれる。ここで活用したいのが、6ヶ月定期券の割引制度だ。
通勤手当を毎月支給するのではなく、6ヶ月定期券の料金をまとめて支給する形に変更する。保険料の算定上は6ヶ月分を分割して1ヶ月あたりの金額で計算されるが、6ヶ月定期券は1ヶ月定期券の6倍よりも割安になっていることが多い。結果として、通勤手当の月額換算が下がり、社会保険料の圧縮につながる。
入退社時期の調整
社会保険料は月末に在籍しているかどうかで、その月の保険料負担が決まる。この仕組みを理解した上で、入退社の日程を調整することが可能だ。
(1)入社は月初にする
月の途中入社であっても、月末時点で在籍していれば、その月の社会保険料が発生する。たとえば3月28日入社だと3月分の保険料がかかるが、4月1日入社にすれば3月分は不要になる。
(2)退職は月末の前日にしてもらう
10月31日退職だと10月分の保険料がかかるが、10月30日退職であれば10月分は発生しない。
上記の例でいえば、3月28日入社・10月31日退社のケースと、4月1日入社・10月30日退社のケースでは、わずか数日の違いで2ヶ月分の社会保険料が変わる。採用や退職の際には、こうしたタイミングにも意識を向けたい。
業務委託の活用
正社員を採用する代わりに、一部の業務を業務委託として外部に発注する方法もある。業務委託の場合、報酬は外注費として支払うため、自社がその人の社会保険料を負担する必要はない。
ただし、近年は実質的に雇用関係にあるにもかかわらず業務委託として契約する「偽装請負」に対する監視が強化されている。業務委託として認められるためには、業務の指揮命令関係がないこと、勤務時間や場所の拘束がないことなど、外注費として認められる基準を明確にクリアしている必要がある。
安易に従業員を業務委託に切り替えるのではなく、実態に即した契約関係を構築することが求められる。
はぐくみ基金の活用
はぐくみ基金とは、従業員が自らの給与の一部を掛金として積み立て、将来退職金として受け取る制度である。
(1)従業員は、給与の一部をはぐくみ基金の掛金に充てるか、これまで通り給与として受け取るかを選択できる。掛金に充てた分は給与の額面が減少するため、社会保険料も連動して下がる。
(2)積立金は大手保険会社で運用されるため、管理の手間や投資の専門知識は不要である。iDeCoや企業型DCとの併用も可能なため、すでに他の制度を活用している従業員でも導入できる。
たとえば30歳・月額給与30万円・勤務地東京の従業員が月6万円を積み立てた場合、社会保険料は月額約9千円の削減が見込める。社会保険料は会社と従業員で折半のため、同額が会社側でも削減される。対象従業員が増えれば、企業全体での削減効果は相当な金額になる。
社会保険料削減にあたっての注意点
ここまで11の手法を紹介してきたが、実行にあたっては必ず押さえておくべき注意点がある。
まず、給与改定月の変更や入退社日程の調整など、ルール変更を伴う施策については、従業員・役員への説明と同意の取得が不可欠だ。たとえば退職日を月末の前日に設定した場合、その月は従業員自身が国民年金に加入する必要がある。こうした影響を事前に説明しなければ、後日トラブルに発展しかねない。
また、社会保険料を削減すると、将来の年金受給額が減額される可能性がある点にも注意が必要だ。社会保険料の負担が減り手取りが増えるメリットと、将来の年金額が下がるデメリットの両面を正確に伝え、納得の上で制度を運用していくことが重要である。
まとめ
社会保険料の負担増は、中小企業にとって避けて通れない経営課題だ。しかし、本記事で紹介したように、退職金制度の活用、組合健保への切り替え、事前確定届出給与の設計、出張手当の導入、借り上げ社宅制度、算定期間を意識した報酬設計、入退社時期の調整、業務委託の活用、はぐくみ基金の導入など、合法的に削減できる手段は数多く存在する。
重要なのは、これらの手法を単独で使うのではなく、自社の事業内容や従業員構成に合わせて組み合わせ、最適な形で導入していくことである。また、従業員への丁寧な説明と同意の取得を怠らないことが、円滑な制度運用の前提となる。
本記事の内容をさらに詳しく知りたい方は、税理士が具体的な事例やシミュレーションを交えてわかりやすく解説している動画も公開されている。実務での導入を検討する際の参考として、ぜひそちらもあわせてご覧いただきたい。