「この支払いは、果たして経費になるのだろうか?」これは、すべての経営者や個人事業主が、一度は頭を悩ませる問題でしょう。
可能な限り経費を計上し、課税対象となる利益を圧縮して税負担を抑えたい、と考えるのは当然です。しかし、その一方で、本来経費にならないものを計上してしまい、税務調査で指摘を受ける事態だけは避けなければなりません。
経費として認められるかどうかの判断は、時に非常に曖昧で、明確な線引きが難しい「グレーゾーン」が存在します。このグレーゾーンを正しく理解し、適切に処理できるかどうかが、賢い節税と健全な経営の分かれ道となります。
この記事では、まず経費になるかどうかの基本的な判断基準を解説した上で、経営者が判断に迷いがちな20の具体的なケースを取り上げ、それぞれ経費として認められるのか、認められるとすればどのような条件が必要なのかを、徹底的に仕分けしていきます。
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1.経費になる・ならないの基本基準
経費になるかどうかを判断する上で、最もシンプルかつ本質的な基準は、「その支出が、事業の売上を上げるために直接的または間接的に貢献するものか」ということです。この「事業関連性」を、客観的な事実に基づいて合理的に説明できるかどうかが、税務上の判断の鍵となります。
例えば、取引先との関係を良好に保つための会食費(接待交際費)や、事業に必要な知識を得るための書籍代(新聞図書費)は、売上への貢献が明確なため、経費として認められます。しかし、社長個人の趣味で購入した物品や、家族とのプライベートな食事代は、事業との関連性がなく、経費にはなりません。この基本原則を念頭に置きながら、具体的なケースを見ていきましょう。
2.これは経費?20のグレーゾーンを徹底仕分け
【オフィス・職場環境編】
①美術品
会社の受付や応接室に飾る絵画や彫刻。これは経費にできます。不特定多数の人の目に触れる場所に展示し、事業の用に供しているものであれば、会社の資産として減価償却が可能です。ただし、社長の自宅に飾るなど、個人的な趣味で収集している場合は経費にはなりません。また、金属製のものは耐用年数15年、それ以外の絵画や陶磁器は8年と、素材によって償却期間が異なる点にも注意が必要です。美術品の取得価額によっては、一括で経費にできない場合もあるため、高額なものを購入する際は事前に税理士に相談すると良いでしょう。
②自宅兼事務所の敷金・礼金・リフォーム費用
自宅兼事務所の敷金、礼金、リフォーム費用。これは部分的に経費にできます。まず、返還されることが前提の「敷金」は、資産の預け入れであり、経費にはなりません。一方、「礼金」は返還されない費用のため、事業で使用する面積割合などで家事按分した上で、経費計上が可能です。「リフォーム費用」も同様に、事業用スペースにかかる部分であれば、修繕費などとして経費にできます。按分の際は、客観的に合理的な基準(面積比など)を用いることが重要です。
【接待・福利厚生編】
③商品券・ギフト券
取引先へのお礼などで渡す商品券やAmazonギフト券。これは経費計上も可能ですが、税務調査で厳しく見られるため、避けた方が無難です。換金性が非常に高く、個人的な流用を疑われやすいためです。もし贈答用として利用する場合は、いつ、誰に、どのような目的で渡したのかを明確に示す「贈答先リスト」を必ず作成・保管してください。このリストがないと、社長個人への役員賞与と見なされるリスクがあります。
④従業員の人間ドック費用
従業員の健康管理のために会社が負担する人間ドックの費用。これは経費にできます。「福利厚生費」として処理することが可能です。ただし、重要な条件が2つあります。一つは、役員だけなど特定の人に限定せず、全従業員が希望すれば利用できる制度であること。もう一つは、会社が医療機関に直接費用を支払い、従業員に金銭を支給する形ではないことです。健康診断の一環として、福利厚生規程に定めておくのが望ましいでしょう。
⑤従業員の昼食代
会社が従業員の昼食代を補助する場合。これは条件付きで経費にできます。福利厚生費として認められるためには、以下の2つの要件を両方満たす必要があります。
- 従業員が食事代の半分以上を負担していること。
- 会社の負担額が、従業員一人あたり月額3,500円(税抜)以下であること。また、残業時の食事代については、これらの要件はなく、業務上必要と認められれば全額を経費にできます。
⑥従業員の出産祝い金
従業員やその家族の出産に際して会社から支給するお祝い金。これは経費にできます。社会通念上、常識的な金額(例えば1万~3万円程度)であれば、福利厚生費として扱われます。受け取った従業員側も非課税となるため、双方にとってメリットのある制度です。これも、全従業員を対象とした慶弔規程などに基づいて運用することが前提となります。
⑦スポーツ観戦チケット・レジャー施設の利用
従業員のレクリエーション目的で、会社がスポーツ観戦のチケットやテーマパークの入場券を購入する場合。これも経費にできます。全従業員を対象とした福利厚生の一環であれば、福利厚生費として計上が可能です。ただし、これも社会通念上、高額すぎない範囲であることが求められます。取引先を招待する場合は、福利厚生費ではなく接待交際費となります。
⑧マッサージ代
従業員の健康増進や疲労回復のために、会社がマッサージ費用を負担する場合。これも経費にできます。福利厚生として、全従業員が利用できる制度であれば問題ありません。施術者が国家資格者である必要はなく、整体やリラクゼーションサロンなどの費用も対象となります。近年では、福利厚生としてエステなどを導入する企業も増えています。
【移動・出張関連編】
⑨領収書のない費用
取引先へのご祝儀やお香典、交通機関でのICカード利用など、領収書が発行されない、もしくは貰いづらい場面での支出。これは経費にできます。領収書がない場合でも、支払いの事実を客観的に証明できれば問題ありません。「いつ、誰に、どこで、何のために、いくら支払ったか」を記録した出金伝票を作成し、祝儀袋のコピーや結婚式の招待状などを一緒に保管しておくことで、領収書の代わりとすることができます。
⑩役員だけでの観光旅行
役員同士の親睦を深めるための観光旅行。これは経費にできません。特定の役員だけを対象とした慰安旅行は、福利厚生とは認められず、役員賞与として扱われます。役員賞与は、事前に届出をしていない限り、法人税法上も損金にはならず、参加した役員個人の所得税の課税対象にもなります。
⑪ビジネスクラス・グリーン車の利用
出張時の飛行機でビジネスクラス、新幹線でグリーン車を利用した場合の費用。これは経費にできます。エコノミークラスとの差額も、業務上の移動に伴う費用として問題なく経費として認められます。ただし、税務調査などで「なぜそのクラスが必要だったのか」と問われた際に合理的な説明ができるよう、「出張旅費規程」などで役職に応じた利用基準を定めておくと、より万全です。
【税金・投資関連編】
⑫税金の支払い
法人税や所得税、消費税といった税金の支払い。これは一部の税金のみ経費にできます。法人税や法人住民税、所得税、住民税そのものは経費にできません。しかし、以下のような税金は「租税公課」という勘定科目で経費として計上できます。
- 事業税
- 固定資産税、償却資産税
- 自動車税
- 不動産取得税、登録免許税
- 印紙税
- 消費税(税抜経理方式の場合)
⑬寄付金
NPO法人や地域の団体などへの寄付。これは条件付きで経費にできます。寄付金は、その寄付先によって損金に算入できる限度額が異なります。国や地方公共団体への寄付金や、財務大臣が指定した特定の寄付金(指定寄付金)は、その全額を損金にできます。それ以外の一般的な寄付金や、認定NPO法人などへの寄付金は、会社の資本金や所得金額に応じて計算される一定の限度額の範囲内で、損金算入が認められます。
⑭株式投資の損失
法人が事業の一環として株式投資を行い、損失が出た場合。これは経費(損金)にできます。個人の場合、株式投資の損失は、他の株式投資の利益としか相殺できません(損益通算)。しかし、法人の場合は、株式投資の損失を、本業で得た利益と相殺することが可能です。これにより、会社全体の所得を圧縮し、法人税を軽減する効果があります。
【その他、判断に迷う経費編】
⑮同業者組合のゴルフコンペ
同業者団体のゴルフコンペに参加した場合の費用。これは原則として経費になりません。取引の発生を伴わない、同業者間の親睦を深めることが主目的と見なされるためです。一方で、明確な「取引先」との接待を目的としたゴルフであれば、「接待交際費」として経費に計上することが可能です。
⑯スーツ代
社長や従業員が仕事で着用するスーツの購入費用。これは残念ながら経費にできません。スーツは、プライベートでも着用が可能であるため、事業専用の支出とは認められません。税務上は、給与所得者が受け取る「給与所得控除」の中に、スーツ代のような個人的な身支度費用も含まれている、という考え方がなされています。
⑰クリーニング代
仕事で着用する作業着や制服のクリーニング代。これは経費にできます。スーツ代は経費にできませんが、それが明らかに事業でのみ使用する制服や作業着であれば、その維持管理費用であるクリーニング代は経費として認められます。ただし、私服のクリーニング代を紛れ込ませることはできません。
⑱予防注射の費用
インフルエンザなどの予防接種費用を会社が負担した場合。これは経費にできます。従業員の健康維持と職場での感染拡大防止という、事業運営上の合理的な目的があるため、福利厚生費として認められます。これも、全従業員を対象とすることが前提です。
⑲学費
社長やその子供の大学などの学費。これは原則として経費にできません。たとえ将来、会社を継がせるためであっても、子供の学費は親が負担すべき個人的な支出と見なされます。ただし、社長や従業員自身が、現在の業務に直接必要となる知識や資格を得るために、専門学校や研修などに通う場合の費用であれば、「研修費」として経費にできる可能性はあります。
⑳同族会社における経営者との取引
社長個人の土地を会社が借りる、といった同族会社内での取引。これは取引内容の妥当性次第です。例えば、周辺の家賃相場から著しくかけ離れた高額な賃料で会社が借りた場合、その差額分は、法人税を不当に安くするための利益操作と見なされ、経費として否認されるリスクがあります。同族間の取引は、常に「第三者との取引だとしても、同じ条件で行うか」という視点で、客観的に見て合理的な価格設定にすることが重要です。
まとめ
経費になるかどうかの判断に迷ったとき、立ち返るべき基本原則は「その支出は、事業の売上に繋がるか」という一点です。そして、その繋がりを、領収書や契約書、議事録といった客観的な証拠書類をもって、第三者に合理的に説明できる状態にしておくこと。これが、グレーゾーンの経費を正しく処理し、税務調査のリスクを回避するための鉄則です。
今回ご紹介した20のケースは、多くの経営者が判断に迷う代表的な事例です。これらの考え方を参考に、日々の経費管理を見直し、無駄な税金を支払うことなく、会社の資産を確実に守り育てていきましょう。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な事例やさらに詳しい情報を知りたい場合に、参考にしてください。