よく、医療法人はMS法人を設立するとメリットが大きいと言われます。
しかし、それはどこまで本当でしょうか。
法人を新たに設立し、維持することは、それなりの手間と費用を必要とします。したがって、メリットがあるとしたらどの程度なのか、デメリット・リスクはないのか、どのような場合に向いているのか、ということを、慎重に吟味する必要があります。
幸い、私は、数多くの医療法人のお客様を担当しています。もちろん、MS法人を活用しているケースと活用していないケースの両方があり、いずれも、それぞれの事情を聞いて知っています。
そこで、この記事では、そんな私の知見をもとに、MS法人について従来言われてきたメリット・デメリットを検証してみました。
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1.MS法人とは
MS法人とは「メディカルサービス法人」(Medical Service)の略です。主に、医療法人が、医業以外で営利を営む目的で設立するものです。株式会社や合同会社の形をとります。
大きく2つのタイプに分かれます。
- 医業自体ではないが関連している業務を行う法人
- 医療法人の財産を管理する資産管理法人
これらは完全に別モノとして考える必要があります。それぞれについて簡単に説明します。
タイプ1|医業関連業務を行う法人
まず、医業自体ではないが、これと関連している業務を行う法人です。
医業と関連する業務の具体例は以下の通りです。いずれも、ある程度の規模があることが想定されます。
- 分院展開する医療法人で使用する資材の仕入や在庫管理事業
- 保険請求事務、医療事務、経理事務
- 訪問介護事業や訪問看護・訪問歯科事業
- 歯科医院のための歯科技工所や院内ラボの開設
- 医療材料や医療機器の販売
- 医療法人への不動産の賃貸や管理
- 医師の出版物、講演料・コンサル料の管理
タイプ2|資産管理法人
次に、資産管理を行う法人です。
土地建物を所有し、医療法人に貸すパターンと、積極的な投資、つまり、株式や不動産を保有し、それらの資産を運用して収益を得るパターンがあります。
土地建物を所有して医療法人に貸すパターンは、医業関連業務を行う法人に近いと言えます。
これに対し、積極的な投資を行うパターンは、本業とは全く関係のない事業を行うものと言えます。
2.MS法人の4つのメリット?を本音で検証する
MS法人を設立するとメリットが大きいと言われていますが、実際にはどうなのでしょうか。
予め結論をお伝えすると、実は、メリットを得られるケースは限られていると言わざるを得ません。
以下、メリットと言われてきた点を挙げ、それぞれについて本音で検証します。
メリットと言われているのは、以下の4つです。
- 節税の効果がある
- 別事業について医療法の規制を受けずに済む
- 株式や社債の発行による資金調達が容易になる
- MS法人で投資を行うことができる
上述の通り、MS法人は「タイプ1|医療関連業務を行う法人」と「タイプ2|資産管理法人」に分かれます。
したがって、これらは、両方のタイプにあてはまるものと、片方のタイプにしか当てはまらないものがあります。それを念頭にお読みください。
メリット1|節税の効果がある⇒△
まず、第一のメリットとして、節税メリットが挙げられます。
MS法人を相手として取引を行うことで、モノやサービスの対価を費用に算入でき、節税の効果があるということが言われます。
これは「タイプ1|医業関連業務を行う法人」と、「タイプ2|資産管理法人」のうち土地建物を医療法人に賃貸するパターンに関係するものです。
たとえば、以下のようなことです。
- MS法人から不動産を借りて家賃を払う
- MS法人に不動産管理委託料を支払う
- MS法人の動産を借りてリース料を払う
- MS法人に業務委託料を支払う
つまり、別法人を使い、経費や売上のコントロールを行うということです。
しかし、これは、決定的なメリットとは言い難いです。なぜなら、事業規模が一定程度大きくなければ、事務のコストがかさむだけだからです。
また、医療法人にとっては消費税の負担が増大します。つまり、医療法人がMS法人と取引する形をとる場合はMS法人に消費税を支払わなければなりません。
しかも、たとえば、MS法人が物資を安く仕入れ、医療法人が高く買い取るようなことをすれば、税務否認の対象となります。
以上のことを考えると、医業に関連する事業を行う法人を設立するメリットがあるのは、医療法人単独で事務を遂行することが難しいほど、規模が大きくなった場合だと考えられます。
資産管理規模がさほど大きくない状態でMS法人を設立するのは、手間と費用が余計にかかるだけになるリスクが大きいので、おすすめできません。
あくまでも、MS法人を設立した場合にどの程度の税制のメリットが受けられるかを試算した上でMS法人を設立することが必要です。
メリット2|別事業について医療法の規制を受けなくて済む⇒△
第二に、MS法人を設立することで、別事業について医療法の規制を受けなくて済むというメリットが言われています。
これは「タイプ1|医業関連業務を行う法人」と「タイプ2|資産管理法人」の両方に関係するものです。
しかし、医療法人のままでも、別事業を行えば、医療法の規制を受けないことは明らかです。したがって、これも決定的なメリットとは言い難いです。
メリット3|株式や社債の発行による資金調達が容易になる⇒✕
第三に、株式や社債の発行による資金調達が容易になるというメリットが挙げられます。
これは「タイプ1|医業関連業務を行う法人」に関するものです。
しかし、これは、メリットとは言い難いものです。
なぜなら、そもそも資金調達は事業を大きくして収益を上げるためです。MS法人が本来志向する節税とは真逆の方向性です。
本業を拡大したいならば医療法人を大きくするべきです。また、医業関連業務を大きくしたいのであれば、MS法人ではなく、まったくの別事業として行うべきです。
メリット4|MS法人で投資を行うことができる⇒〇
最後に、MS法人で投資を行うことができるというメリットです。
これは、「タイプ2|資産管理法人」にとっては、ある程度のメリットがあると言っていいと考えられます。なぜなら、個人事業として株式投資や不動産投資を行っている場合、以下の点で、法人の方が好都合なケースがあるからです。
- 交際費や管理にかかわる経費を計上できる範囲の広さ
- 所得(営業利益)にかかる税金の税率
ただし、不動産の場合、個人の相続税のことを考えると、土地の面積が200㎡以下の宅地は「小規模宅地等の特例」の対象となるので、個人所有の方が良いケースがあります。
3.MS法人の3つのデメリット
以上、お伝えしてきたように、メリットは限られています。
これに対しデメリットは以下の3つがあります。これは、「タイプ1|医業関連事業を行う法人」と、「タイプ2|資産管理法人」の両方にあてはまります。
- 事務処理の手間と費用がかかる
- 税理士報酬等が倍になる
- 自社株式・持分の相続の問題が発生する
デメリット1|事務処理の手間と費用がかかる
第一に、MS法人を設立すると、その業務に関する事務処理の手間と費用がかかることが挙げられます。
MS法人は医療法人本体とは別法人として運営しなければなりません。管理責任者を置き、事務局を整備する必要があります。
また、財務状況を随時把握できるようにしておかなければなりません。
「節税」の目的のためだけに、わざわざこれらの手間と費用をかけるメリットは乏しいと言えます。
その業務を医療法人本体とは別の法人に担当させることで事務の効率化につながるのでなければ、おすすめできません。
デメリット2|税理士報酬等が倍になることがある
第二に、税理士等の顧問報酬が単純計算で倍になることがあるということです。
別法人を作ると、その法人の会計や納税申告等は別に行うことになるので、税理士報酬等の士業の報酬が余計にかかります。
MS法人は営利法人として見られるので、納税申告の勝手も違い、かつ、節税等の課題も別に発生します。
したがって、医療法人本体の分だけ担当してもらう場合に比べると、税理士報酬であれば倍かかる可能性があります。そこまででなくても、少なくとも追加料金くらいはかかることになります。
デメリット3|自社株式・持分の相続の問題が発生する
第三に、自社株式・持分の相続の問題が発生することです。これは医療法人にはない問題です。
MS法人は株式会社または合同会社として設立することが多く、株式会社ならば「株式」、合同会社ならば「持分」を代表者が保有することになります。
株式・持分は、ごく簡単に言えば会社の価値を金額で表現するものです。これは保有者の資産になるので、後々、相続税・贈与税の問題が発生します。
MS法人の規模が大きかったり業績が好調だったりすればするほど、自社株式の評価額は大きくなります。
したがって、そこに対する何らかの対策を打たなければならなくなります。
詳しくは「株式の評価方法|株式の相続税対策に役立つ全知識まとめ」をご覧ください。
まとめ|MS法人設立のメリットがある2つの場合
以上のことからすると、MS法人を設立するメリットがあるのは以下の2つのパターンに限られます。
第一に、MS法人に担当させる事業が、医療法人と独立して行わせることがふさわしい規模である場合です。この場合は、経費や売上のコントロールを行えるというメリットがあります。
第二に、事業として独立して行える規模の株式投資や不動産投資を、資産管理会社を設立して行わせる場合です。この場合は、個人経営として行うよりも、経費の計上が広く認められるメリットと、適用される税率が低くなるメリットがあります。
いずれにしても、独立した事業としての規模と実質を備えていることが必要です。そうでない限り、単に手間とコストだけがかかるだけに終わる恐れがあります。
MS法人を設立するかどうかは、以上のことを考慮して、費用対効果を計算した上で、信頼できる顧問税理士等の専門家と相談して、決めることをおすすめします。