「会社の銀行口座には毎月しっかり利益が積み上がっているのに、なぜか個人の通帳には全然お金が残っていない」「社長としてもっと自由に使えるお金を増やしたいが、役員報酬を上げると税金で半分近く持っていかれてしまう」
会社の業績が安定し、資金繰りの苦労から解放された経営者が、次に必ず直面するのがこの「個人の手残り」に関する悩みです。会社が稼いだお金は、社長が血と汗と涙の結晶として生み出したものです。しかし、だからといって会社の口座から個人の口座へ勝手に資金を移せば、それは税務上「役員賞与」とみなされて莫大なペナルティを課せられるか、最悪の場合は業務上横領という犯罪行為になってしまいます。
かといって、真正面から役員報酬をドカンと増額すれば、日本の厳しい累進課税と社会保険料の「トリプルパンチ」を受け、額面は増えても実際の手取りは思ったほど増えません。では、経営者はどうすれば個人の資産を豊かにすることができるのでしょうか。
実は、税務上のルールを正しく理解し、国が認めている合法的な制度を組み合わせることで、「税金や社会保険料の負担を最小限に抑えながら、会社から社長個人へお金を移転する」ことは十分に可能です。この記事では、賢い富裕層や優秀な経営者が実践している、法人から個人へ効率よく資金を移すための8つの具体的なノウハウを徹底解説します。
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1.役員報酬の最適化と「社会保険料」という見えない壁
会社から個人へお金を移す最も基本となる方法が「役員報酬」ですが、ここには経営者を悩ませる2つの大きな壁が存在します。
「定期同額給与」の厳格なルールを理解する
まず大前提として、役員報酬は「今月は会社の利益がたくさん出たから、自分の給料を100万円増やそう」といった自由な変更が一切できません。税法上、役員報酬を経費(損金)として認めてもらうためには、「定期同額給与」という厳格なルールを守る必要があります。これは、原則として事業年度の開始から3ヶ月以内(定時株主総会の時期など)に年間の給与額を決定し、その後1年間は「毎月1円単位まで全く同じ金額」を支給し続けなければならないという決まりです。
もし、期中に勝手に役員報酬を増額した場合、その増額した部分は会社の経費として認められず、法人税の課税対象となります。さらに恐ろしいことに、受け取った社長個人にはしっかりと所得税と住民税が課せられます。つまり、会社と個人の両方で税金を取られる「往復ビンタ」状態に陥るため、期首の段階で綿密な利益計画を立て、適正な役員報酬額を設定することが絶対条件となります。
手取りを削る最大の敵「社会保険料」
役員報酬を上げる際の最大の足かせとなるのが、健康保険と厚生年金からなる「社会保険料」です。現在、社会保険料の負担率は給与の約30%にも達しており、これを会社と個人で折半して支払う仕組みになっています。しかし、オーナー社長の場合、会社が負担する半分(法定福利費)も、実質的には自分の財布から出ているようなものです。
役員報酬を上げれば上げるほど、税金だけでなく、この社会保険料という形で猛烈な勢いで資金が流出していきます。したがって、社長個人の手残りを最大化するためには、単純に役員報酬の額面を増やすのではなく、これから紹介する他の7つの方法を巧みに組み合わせることが鍵となります。
2.実質的な手取りを劇的に増やす「役員社宅制度」
社長がプライベートで支払っている最大の固定費である「家賃」を、合法的に会社の経費にする強力なスキームが役員社宅制度です。
会社と個人の「ダブル節税」を実現
社員寮のような専用の建物を買う必要はありません。社長が現在住んでいる賃貸マンション、あるいはこれから住みたい物件を「会社名義」で契約します。会社が大家さんに家賃を全額支払った上で、社長は会社に対して、国税庁が定める計算式に基づいた「賃料相当額(最低限の自己負担金)」を毎月支払います。
この賃料相当額は、物件の固定資産税評価額などをベースに計算されますが、一般的な賃貸物件であれば、実際の家賃の10%〜20%、高くても50%程度に収まることがほとんどです。例えば、家賃20万円のマンションに社長の自己負担数万円で住むことができ、会社が支払った家賃との差額は会社の経費(福利厚生費など)として処理できます。
役員報酬の見直しでさらなる効果を
この制度の真髄は、役員報酬の引き下げとセットで行うことにあります。これまで個人の給料から家賃20万円を払っていた社長が、役員社宅を導入して役員報酬を15万円下げたとします。額面の給料は減りますが、個人の家賃負担が激減するため、結果的に社長の「自由に使えるお金(可処分所得)」は確実に増えます。さらに、役員報酬の額面が下がることで、先ほど解説した「社会保険料」の負担も、会社・個人の双方で大幅に削減できるという絶大なメリットを生み出します。
3.完全無税で現金を受け取れる「出張手当(日当)」
地方の取引先への訪問や、新規事業の視察など、出張が多い社長にとって絶対に導入すべきなのが「出張手当」の制度です。
トリプルメリットを生む「非課税」の威力
「出張旅費規程」という社内ルールを正式に作成し、出張中の食事代や細々とした出費を補填する名目で、交通費や宿泊費の実費精算とは別に、定額の「日当」を現金で支給します。この出張手当の最大のメリットは、受け取る社長個人にとって「所得税・住民税・社会保険料が一切かからない完全な非課税収入になる」という点です。
さらに会社側から見れば、支給した手当の全額を経費(旅費交通費)として計上できるため法人税が下がります。加えて、出張手当は消費税の計算上「課税仕入れ」として扱われるため、会社が納める消費税まで減らすことができます。法人税、消費税、個人の税金のすべてを減らしながら現金を移転できる、極めて優秀な「トリプル節税」の手法です。
常識的な金額設定が必須
「無税で移せるなら、出張1回につき日当を10万円にしよう」と考えるのは危険です。税務調査では、この日当が「社会通念上妥当な範囲」であるかが厳しくチェックされます。会社の規模や役職にもよりますが、一般的な社長の国内出張であれば、日当数千円〜1万円程度、宿泊費込みで2万円〜3万円程度が妥当なラインとされることが多いです。規定を設ける際は税理士に相談し、安全圏で運用することが重要です。
4.放置は厳禁!「役員借入金」の無税返済
創業間もない頃や、業績が悪化して資金繰りが苦しい時に、社長個人の貯金を会社に入れた(貸し付けた)経験はないでしょうか。これは決算書上、「役員借入金」という負債勘定として計上されます。会社から見れば借金ですが、社長個人から見れば「会社にお金を貸している状態」です。
会社に余裕ができたら最優先で返済する
会社の業績が回復し、通帳にキャッシュが潤沢になってきたら、役員報酬を増額する前に、まずこの「役員借入金」を会社から社長へ返済してもらいましょう。元々は社長自身の個人資産であったお金が戻ってくるだけですので、当然ながら返済してもらう際に税金は1円もかかりません。無税でまとまった現金を個人に移すことができる、最も確実な方法です。
放置すると「相続税」の罠にハマる
実は、この役員借入金をそのまま放置している経営者は少なくありません。しかし、これを残したまま社長に万が一のこと(死亡)があった場合、非常に厄介な問題を引き起こします。役員借入金は、社長個人の財産として「会社からお金を返してもらう権利(貸付金債権)」とみなされ、相続税の課税対象になってしまうのです。たとえ会社が赤字で返済能力が全くなかったとしても、原則として額面通り(貸した金額そのまま)の価値で評価され、遺族に多額の相続税がのしかかるという悲劇を招きます。役員借入金は、計画的に少しずつでも個人へ返済し、消却していくのが鉄則です。
5.手取りを底上げする「家族への給与支払い(所得分散)」
社長が一人で高額な役員報酬を受け取るのではなく、配偶者や子供などを会社の役員や従業員とし、給与を分散して支払う手法です。
超過累進課税の仕組みを逆手に取る
日本の個人の所得税は「超過累進課税」という制度をとっており、一人の所得が高くなればなるほど、適用される税率が階段状に跳ね上がっていきます。そのため、社長一人が年収1,000万円を受け取って高い税率をかけられるよりも、社長が600万円、配偶者が400万円というように所得を家族に分散させた方が、トータルの税負担は確実に下がります。家族それぞれが基礎控除や給与所得控除といった非課税枠を利用できるため、世帯全体で見た時の「手取り総額」は大きくアップします。
「名ばかり役員」は税務調査で否認される
ただし、この手法には厳格な実態が求められます。名前だけを役員に名を連ねさせ、実際には会社の業務に全く関与していない「名ばかり役員」に対して支払われた給与は、税務調査で必ず否認されます。経費として認められず、重加算税などの重いペナルティを受けることになります。配偶者等に給与を支払う場合は、経営会議への参加(議事録の作成)、経理や総務などの実務の担当など、その給与額に見合った「労働の実態」を客観的な証拠として証明できるようにしておくことが絶対条件です。
6.社会保険料が完全ゼロになる「配当金」の活用
オーナー社長(自社の株主を兼ねている社長)であれば、役員報酬という形だけでなく、「株主としての配当金」という形で会社の利益を個人で受け取る選択肢があります。
役員報酬との最大の違いは社会保険料
配当金で利益を受け取る最大のメリットは、「社会保険料が一切かからない」という点です。役員報酬で受け取れば約30%の社会保険料が重くのしかかりますが、配当金であればこの負担が完全にゼロになります。
二重課税を解消する「配当控除」
「でも、配当金は会社が法人税を払った後の利益から支払われ、さらに個人でも所得税がかかるから、二重課税になって結局損をするのでは?」と懸念される方も多いでしょう。確かにその通りなのですが、この二重課税の負担を調整するために、個人の確定申告において「配当控除」という強力な税額控除の仕組みが用意されています。
この配当控除を適用することで、個人の所得税から一定割合が差し引かれます。役員報酬を社会保険に加入できる最低等級付近まで引き下げ、生活費の不足分を配当金で補うという緻密な設計を行うことで、年間で数十万円、場合によっては百万円単位で世帯の手残りが増えるケースも存在します。
7.まとまった現金を動かす「個人資産の法人への譲渡」
社長個人が所有している自動車、不動産(土地や建物)、あるいは有価証券などの資産を、自分が経営する会社に買い取ってもらう方法です。
会社にとっては、資産を購入して会社の所有物にすることになります。一方、社長個人にとっては、資産の譲渡代金として、会社からまとまった現金が一気に手元に入ってくることになります。
実行時の3つの重要ポイント
この方法は有効ですが、同族間(社長と会社)での取引となるため、以下の点に細心の注意を払う必要があります。
- 適正な「時価」での取引:安すぎても高すぎても、税務署から「寄付」や「不当な利益供与」とみなされます。中古車買取店の査定書や、不動産鑑定士の評価書など、客観的な価格の根拠を必ず用意してください。
- 個人の譲渡所得税に注意:昔安く買った土地が値上がりしており、購入時よりも高い価格で会社に売却した場合など、社長個人に「譲渡所得税(売却益に対する税金)」がかかるケースがあります。事前に税額のシミュレーションが必須です。
- 契約書の作成:第三者と取引をするのと全く同じように、きちんとした売買契約書を作成し、銀行振込で代金を決済して証拠を残すことが求められます。
8.最強の出口戦略「役員退職金」の活用
数ある資金移転のノウハウの中で、国が認めている最も税制優遇が大きい制度が「役員退職金」です。現役時代は役員報酬を適正な額に抑えて会社に利益を貯め込み、引退する時に退職金としてドカンと受け取るのが、手取りを最大化する王道ルートです。
退職金の凄まじい税制優遇
退職金を受け取る際、個人には以下の強烈な税金の免除・優遇が適用されます。
- 退職所得控除(非課税枠):勤続年数に応じて非課税枠が与えられます。例えば勤続20年なら800万円、30年なら1,500万円まで税金が一切かかりません。
- 2分の1課税:上記の非課税枠を超えた金額についても、なんと「半分(1/2)」にしてから税率をかけるため、実質的な税負担が半分以下になります。
- 分離課税:他の所得(不動産所得など)とは完全に切り離して単独で計算されるため、累進課税による税率の跳ね上がりを防げます。
- 社会保険料ゼロ:配当金と同様、退職金には社会保険料がかかりません。
経営セーフティ共済との見事なコンビネーション
退職金を支払うためには、会社側に多額の現金を用意しておく必要がありますが、単純に現金を貯めるとその利益に法人税がかかってしまいます。そこで活用すべきなのが「経営セーフティ共済(倒産防止共済)」です。
毎月の掛金(最大月20万円)を全額会社の経費にして法人税を減らしながら、最大800万円まで簿外に資産を積み立てることができます。そして、社長が引退するタイミングで共済を解約します。解約して戻ってきた800万円は会社の「利益」になりますが、同時に社長へ退職金として800万円を支給することで、この利益と退職金(経費)が相殺され、会社側の法人税はゼロになります。さらに、受け取った社長個人は、前述の凄まじい優遇税制によって、ほぼ無税に近い状態で数千万円の現金を手に入れることができるのです。
まとめ
会社が稼いだお金を、社長個人へ無駄なく移す方法は「役員報酬の増額」だけではありません。
- 役員社宅や出張手当を駆使し、「非課税の現物・現金」を手に入れる。
- 役員借入金の返済で、まずは無税で資金を回収する。
- 家族への給与や配当金を活用し、世帯全体の「税率と社会保険料」をコントロールする。
- 経営セーフティ共済などで原資を作り、最強の優遇税制である「退職金」で最終的な資産を確保する。
これら8つの方法のうち、どれか一つだけをやるのではなく、自社の利益状況や将来のビジョンに合わせて最適に組み合わせることが重要です。制度の仕組みを味方につけ、会社と個人の資産を強固に守り、そして確実に増やしていきましょう。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な配当金の計算シミュレーションや、実行する際の実務上の注意点についても触れていますので、ぜひ参考にしてください。