「自分の会社は、もし売却したらいくらになるのだろうか」——経営者であれば、一度は考えたことがあるテーマではないでしょうか。後継者不足が深刻化するなか、第三者へのM&Aによる事業承継は今や有力な選択肢のひとつとなっています。しかし、いざ売却を検討しようとしても、会社の値段がどう決まるのか、どうすれば高く売れるのかを正しく理解している経営者は多くありません。
本記事では、売上3億円・営業利益5,000万円の会社を例に、中小企業のM&Aにおける企業価値の算定方法と、売却額を最大化するための具体的なポイントを整理して解説します。将来的に会社の売却を視野に入れている経営者の方は、ぜひ参考にしてください。
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M&Aとは何か、なぜ今増えているのか
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の略で、企業の合併と買収を総称する言葉です。簡単に言えば「会社の売り買い」のことで、会社そのもの、あるいは事業の一部を第三者に譲渡する取引を指します。
合併には、売り手企業が買い手に吸収される「吸収合併」と、双方の会社が消滅して新たに会社を設立する「新設合併」があります。一方、買収は株式の譲渡や移転、事業譲渡などによって会社や事業を売却する方法です。中小企業のM&Aでは、株式譲渡によって会社そのものを売却するケースが最も一般的です。
近年、M&Aを検討する中小企業が急増している背景には、深刻な後継者不足があります。帝国データバンクの調査によると、同族承継の割合は2020年の約40%から2024年速報値では32%まで減少しており、代わりに「内部昇格」やM&Aによる第三者への承継が増加傾向にあります。
この背景には、税制上の大きなメリットも関係しています。会社を売却して株式譲渡益として資金を受け取った場合、税率は一律で20.315%。役員報酬として老後資金を受け取る場合と比べて手取りが大きくなりやすく、創業者利益として受け取った資金を新たな事業や生活資金に充てることもできます。長年の経営努力に対する「ご褒美」とも言える仕組みです。
会社の値段はどう決まるのか|3つの評価方法
会社の値段、つまり企業価値の算出方法には、大きく分けて3つのアプローチがあります。
| 評価方法 |
内容 |
メリット |
デメリット |
| コストアプローチ |
純資産をベースに評価 |
客観的でわかりやすい |
収益性や将来性が反映されない |
| マーケットアプローチ |
類似会社・類似取引と比較 |
市場の相場を反映できる |
中小企業では比較対象が少ない |
| インカムアプローチ |
将来の収益・キャッシュフローで評価 |
将来性を反映できる |
客観性に欠け交渉で揉めやすい |
コストアプローチ
コストアプローチは、会社が保有する現金、土地、建物などの資産から、借金などの負債を差し引いた「純資産」をベースに価値を決める方法です。会社を解散して負債を返済した後に残るお金をイメージするとわかりやすいでしょう。客観的でわかりやすい反面、業績や収益性、市況などが評価基準に含まれないため、好調な会社を正当に評価しにくいという弱点があります。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、上場している類似企業や、過去の類似M&A事例を参考にして「相場」で値段を決める方法です。ただし、中小企業の場合は業種や規模、ビジネスモデルが一社一社大きく異なるため、比較対象を見つけること自体が難しいのが実情です。また、株式市場全体の景気動向によって評価が左右されてしまうリスクもあります。
インカムアプローチ
インカムアプローチは、今後見込まれる収益やキャッシュフロー、リスクをもとに、将来の稼ぐ力を評価する方法です。会社の将来性を評価基準とするため、現在の業績が芳しくない場合でも、将来性が高ければ高い評価を得られる可能性があります。一方で、定量的なデータに乏しいため、買い手との間で評価が割れやすく、交渉で最も揉めやすい部分でもあります。
M&Aで会社はいくらで売れるのか|具体的な計算式
実際の中小企業のM&Aでは、これら3つのアプローチを組み合わせて評価することが一般的ですが、最もわかりやすい目安として広く使われているのが次の計算式です。
M&A相場 = 時価純資産額 + 過去3年間の平均営業利益 × 3〜5年
この式における「営業利益 × 年数」の部分が、いわゆる「のれん代(営業権)」と呼ばれるもので、会社のブランド力や将来性を金額に置き換えたものです。
例えば、売上3億円・純資産1億円・営業利益5,000万円の会社を例に計算してみると、以下のようになります。
– 純資産1億円 + 営業利益5,000万円 × 3年 = 2.5億円
– 純資産1億円 + 営業利益5,000万円 × 5年 = 3.5億円
純資産が1億円しかなくても、しっかりと利益を出していれば、2.5億円から3.5億円での売却が現実的なレンジとなるわけです。
ただし、最終的な売却額はこの計算式だけで決まるわけではありません。次のような要素も大きく影響してきます。
– 取引先の構成:売上の大半が1社に依存している場合はリスクと見なされ、評価が下がる傾向にあります。
– 技術・ビジネスモデルの独自性:他社が容易に真似できない技術やノウハウは高く評価されます。
– 経営者への依存度:社長個人の力に依存している会社はリスクが高いと判断されます。
– 業界全体の市況:成長業界か成熟業界かによっても評価は変動します。
これだけ多くの要素が絡むため、自分で正確に売却額を見積もるのは容易ではありません。あくまで先ほどの計算式を目安としつつ、交渉次第で金額が動くと考えておくのが現実的です。
過度な節税が会社価値を下げる理由
M&Aを検討するうえで、経営者が特に注意しなければならないのが「節税のタイミング」です。
先ほどの計算式を思い出してください。「営業利益 × 3〜5年」がのれん代になるということは、営業利益を圧縮すればするほど、会社の評価額も連動して下がるということです。
例えば、本来であれば営業利益5,000万円が出るはずの会社で、節税のために経費を膨らませて利益を0円にしていたとしましょう。すると、本来であれば1.5億円〜2.5億円つくはずだったのれん代が、計算上はゼロになってしまいます。目先の法人税を数百万円〜1,000万円程度圧縮するために、数億円規模の売却益を取り逃がす可能性があるわけです。
もちろん、M&Aの専門家が間に入れば「正常収益力」、つまり節税目的の経費を除いた実質的な利益をベースに評価してくれる可能性はあります。しかし、決算書上の数字が悪ければ、買い手の第一印象は確実に悪くなり、「本当にこの会社は稼ぐ力があるのか」と疑念を持たれて買い叩かれる原因にもなります。
ここで重要なのは、節税自体が悪いわけではないということです。会社を長く継続するなら節税戦略は不可欠ですが、「数年後にM&Aで売却する」と方針を決めたなら、頭を切り替えて「納税してでも利益を出し、M&Aに有利な決算書を作る」ことが、最終的な手取りを最大化するうえで重要になります。フェーズに応じた戦略の切り替えが求められるのです。
会社を高く売るための「磨き上げ」戦略
ここからは、会社を高く売るために今から準備できる「磨き上げ」の具体策を見ていきます。ポイントは大きく2つあります。
EBITDAの最大化
ひとつ目は「EBITDA(イービットダー)」の最大化です。EBITDAとは、金利・税金・減価償却費を差し引く前の利益のことで、簡単に言えば「営業利益+減価償却費」で計算される指標です。
M&Aの世界では、単なる営業利益よりもEBITDAが重視される傾向があります。その理由は、減価償却費が会計上の費用であって実際の現金支出ではないため、その会社が本業でどれだけのキャッシュを生み出せるかを見るには、減価償却費を足し戻したEBITDAの方が実態を反映しやすいからです。
つまり、大きな設備投資の後で減価償却費がかさみ、表面上の利益が下がっていたとしても、それだけで企業価値が下がるわけではないということです。会計上の数字に一喜一憂するのではなく、本業でしっかり稼いでEBITDAを改善していくことが、高値売却の土台となります。
特にM&Aでは直近3〜5年の収益力が評価対象になることが多いため、売却を見据えた期間は過度な利益圧縮を避けることが有利に働きます。また、時価純資産額も価格算定の重要な要素ですから、内部留保をしっかり積み上げ、財務体質を強化しておくことも企業価値の向上につながります。
経営者への依存からの脱却
ふたつ目は「経営者への依存からの脱却」です。一見すると、優秀な経営者が会社を引っ張っているほど企業価値は上がりそうに思えますが、M&Aの世界では逆の評価になります。
なぜなら、買い手の立場で考えてみると、敏腕な社長がいなくなった瞬間に業績が崩れる会社はリスクが大きすぎるからです。社長への依存度が高い会社ほど、買収後の運営に不安が残り、評価額は下がってしまいます。
そのため、組織図を整備し、各部門に明確な責任者を置き、権限移譲を計画的に進めて「社長がいなくても回る仕組み」を構築することが極めて重要です。属人化を解消し、業務プロセスを標準化していくことが、そのまま企業価値の向上に直結します。
まとめ
中小企業のM&Aにおける売却額の目安は、「時価純資産額 + 過去3年間の平均営業利益 × 3〜5年」という計算式で大まかに把握することができます。売上3億円・純資産1億円・営業利益5,000万円の会社であれば、2.5億円〜3.5億円が一つの目安となります。
ただし、最終的な金額は取引先構成、技術の独自性、経営者への依存度、業界の市況など、さまざまな要素によって変動します。特に注意したいのは、過度な節税が逆に売却額を大きく下げてしまう可能性があるという点です。会社を売ると決めたなら、節税よりも利益を出すフェーズへと戦略を切り替える必要があります。
そして、高値売却を実現するためのカギは、EBITDAを最大化して稼ぐ力を高めることと、社長個人に依存しない組織を作り上げることです。これらは一朝一夕に実現できるものではないため、売却を視野に入れた段階から、計画的に準備を進めることが重要です。
会社の値段の決まり方や、高値売却のための実務的な準備については、税理士が動画でさらに詳しく解説しています。M&Aを検討されている方や、将来的な選択肢として考えておきたい経営者の方は、ぜひ動画もあわせてご覧ください。