個人事業主や小規模企業の経営者にとって、「小規模企業共済」は節税しながら退職金を準備できる有効な制度として知られています。掛金が全額所得控除になるという大きなメリットがある一方で、「20年加入しないと元本割れする」「受け取るときに税金がかかるなら意味がない」といったネガティブな情報や誤解から、加入をためらっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
確かに、小規模企業共済には注意すべき点やデメリットも存在します。しかし、制度を正しく理解し、ご自身の状況に合わせて活用すれば、非常に有利な資産形成手段となり得ます。
この記事では、小規模企業共済の基本的な仕組みを改めて確認するとともに、よくある誤解を解き明かし、メリットを最大限に活かしつつ、損をしないためのポイントを解説していきます。
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1. 小規模企業共済とは?制度の基本をおさらい
制度の目的と概要(国の退職金制度)
小規模企業共済制度は、国が全額出資する独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が運営する、小規模企業の経営者や役員、個人事業主などのための「退職金制度」です。現役時代に掛金を積み立て、事業をやめたり役員を退職したりした場合に、それまで積み立てた掛金に応じた共済金を受け取ることができます。
加入対象者と加入タイミング
加入できるのは、主に常時使用する従業員数が20人以下(商業・サービス業では5人以下)の個人事業主や会社の役員などです。重要なのは、加入資格があるうちに加入しておけば、その後、会社の規模が大きくなって従業員数が増えたとしても、加入資格を失うことなく掛金を継続できる点です。将来的な事業拡大を見据えるならば、早めの加入を検討する価値があります。
掛金の設定(月額、増減、払止め)
掛金は、月額1,000円から7万円までの範囲内で、500円単位で自由に設定できます。加入後も、経済状況に合わせて掛金の増額・減額が可能です。また、一時的に掛金の支払いが困難になった場合には、掛金の払い込みを一定期間(半年または1年)停止する「払止め」の手続きも可能です。非常に柔軟な制度設計になっています。
解約について(任意解約と解約手当金)
事業の廃止や役員の退職といった理由以外でも、いつでも任意に解約することが可能です。ただし、任意解約した場合に受け取れるのは「共済金」ではなく「解約手当金」となり、その金額は共済金よりも少なくなる、あるいはゼロになる場合があります。この点が、後述する「元本割れ」の誤解につながっています。
2. 小規模企業共済にありがちな誤解とその真相
小規模企業共済について、特に加入を検討する際に懸念されがちな誤解について、その真相を解説します。
誤解①:「20年未満だと元本割れする」は本当?
「加入期間が20年(240ヶ月)未満だと、支払った掛金よりも受け取る額が少なくなる(元本割れする)」という話を聞いたことがあるかもしれません。これは、半分正しく、半分誤解です。
共済金(A・B)と準共済金の場合
事業の廃業や会社の解散、役員の死亡、老齢給付(65歳以上で180ヶ月以上掛金を納付)などの理由で受け取る「共済金A」、あるいは、病気・ケガによる役員退任や65歳以上での退任などで受け取る「共済金B」の場合、掛金の納付月数が6ヶ月以上あれば受け取り可能です。
そして、納付期間が3年以上(36ヶ月以上)あれば、受け取れる共済金額は支払った掛金総額を上回ります。つまり、これらのケースでは20年を待たずとも元本割れはしません。また、65歳未満での役員退任などで受け取る「準共済金」も、納付期間12ヶ月以上で受け取り可能で、比較的早期から掛金総額に近い額を受け取れます。
任意解約の場合(解約手当金の仕組み)
一方で、「任意解約」をした場合に受け取る「解約手当金」は、その支給率が共済金よりも低く設定されています。任意解約の場合、掛金納付月数が240ヶ月(20年)未満だと、解約手当金は支払った掛金総額を下回り、元本割れします。 特に、納付月数が12ヶ月未満の場合は、解約手当金は全く支給されません(掛け捨て)。
結論:受け取り方によって異なる
つまり、「20年未満で元本割れ」というのは、あくまで「任意解約」した場合の話であり、事業の廃止や役員退職といった正規の理由で「共済金」として受け取るのであれば、もっと短い期間(3年以上)で元本割れは回避できる、というのが正しい理解です。
誤解②:「共済金にも税金がかかるから意味がない」は本当?
「掛金が全額所得控除になっても、受け取るときに税金がかかるなら、結局同じではないか」という声も聞かれます。共済金や解約手当金が課税対象となるのは事実ですが、だからといって「意味がない」というのは誤りです。なぜなら、受け取る際の税金は、通常の給与所得などと比べて、はるかに優遇されているからです。
一括受取(退職所得)の優遇措置
共済金を一括で受け取る場合、税法上「退職所得」として扱われます。退職所得には、勤続年数(掛金納付月数)に応じて計算される「退職所得控除」という非常に大きな控除額が適用されます。
例えば、納付期間が20年超であれば、最低でも800万円の控除があります。さらに、控除後の金額を半分にしてから税率を掛ける「2分の1課税」という措置もあります。 これにより、例えば納付期間21年で共済金1,000万円を一括で受け取ったとしても、課税対象となる所得は(1,000万円 – 870万円)× 1/2 = 65万円となり、所得税・住民税を合わせても10万円弱程度に抑えられる計算になります。通常の所得として1,000万円を受け取る場合に比べて、税負担は劇的に軽くなります。
分割受取(公的年金等雑所得)の優遇措置
共済金を分割(年金形式)で受け取る場合は、「公的年金等の雑所得」として扱われます。こちらにも「公的年金等控除」という控除があり、年齢や年金額に応じて一定額が所得から差し引かれます。
社会保険料の対象外(退職所得の場合)
さらに、一括で受け取る退職所得は、社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料など)の算定基礎に含まれません。これも大きなメリットです。
このように、受け取り時の税制優遇を考慮すれば、掛金の所得控除メリットと合わせて、小規模企業共済が非常に有利な制度であることがわかります。
誤解③:「掛金の支払いが続けられるか不安」への対応
毎月の掛金支払いが負担にならないか、将来的に払い続けられるか、という不安も加入をためらう一因かもしれません。しかし、前述の通り、掛金は月額1,000円から設定でき、途中で減額することも可能です。
さらに、どうしても支払いが厳しい場合は、一時的に支払いを停止(払止め)することもできます。加えて、後述する貸付制度を活用することで、掛金支払いの負担を実質的に軽減する方法もあります。
3. 小規模企業共済の大きなメリット
誤解が解けたところで、改めて小規模企業共済の主なメリットを確認しましょう。
メリット①:掛金全額が所得控除になる(節税効果)
最大のメリットは、支払った掛金の全額が「小規模企業共済等掛金控除」として、その年の課税所得から控除されることです。所得税・住民税は課税所得に税率を掛けて計算されるため、所得控除額が大きいほど納税額が少なくなります。
例えば、課税所得2,000万円の方が、掛金を上限の月7万円(年84万円)支払った場合、所得税・住民税合わせて年間約42万円もの節税効果が期待できます(税率は所得や他の控除により変動します)。これを30年間続ければ、単純計算で1,200万円以上の節税になる可能性があり、これは非常に大きなメリットです。
メリット②:低利な貸付制度が利用できる
加入者は、納付した掛金の範囲内で、事業資金などを借り入れできる「貸付制度」を利用できます。加入後1年以上経過していれば利用可能で、借入限度額は納付済掛金総額の7~9割程度、金利も低く設定されており、担保・保証人も不要です。
資金使途が自由な「一般貸付け」もあり、急な資金需要に対応できるだけでなく、少し工夫すれば掛金支払いの負担を軽減するためにも活用できます。
掛金支払いの負担軽減策としての活用(増額借換)
一般貸付けには「増額借換」という仕組みがあります。これは、既に借り入れがある状態で、掛金の積立が進んで借入可能額が増えた場合に、既存の借入額との差額を追加で借り入れできる仕組みです(手続き上は、既存借入の返済と新規借入を同時に行います)。
これを活用すると、例えば「貸付金で借りたお金を原資に掛金を支払い、掛金が増えたら、また増額借換で資金を調達して掛金を支払う」というサイクルを回すことも理論上は可能です。
共済金との相殺による実質的な前借り効果
さらに、この貸付制度の借入金は、将来共済金を受け取る際に、その共済金と相殺することができます。つまり、低利な利息を支払うことで、将来受け取る共済金の一部を実質的に前借りしているような状態を作れるのです。これにより、掛金を支払いながらも手元資金を確保しやすくなります。
4. 小規模企業共済で損をしてしまうケースとは?
メリットが大きい小規模企業共済ですが、加入の仕方や辞め方によっては、結果的に損をしてしまう可能性もゼロではありません。特に以下のケースには注意が必要です。
ケース①:20年(240ヶ月)未満での「任意」解約
繰り返しになりますが、最も注意すべきは「任意解約」です。自己都合で任意解約した場合、納付期間が240ヶ月(20年)未満だと、受け取れる解約手当金は支払った掛金総額を下回ります(元本割れ)。
特に納付期間が12ヶ月未満の場合は、解約手当金は一切受け取れません。 急にお金が必要になった場合でも、安易に任意解約を選択するのではなく、まずは掛金の「払止め」や「貸付制度」の利用を検討すべきです。
ケース②:掛金の増減を行った上での「任意」解約
掛金の額を途中で変更した場合、任意解約時の解約手当金は、変更前後のそれぞれの掛金額と納付期間に応じて計算されます。そのため、加入期間全体としては20年を超えていても、増額した部分の納付期間が20年未満であれば、その部分は元本割れとなり、結果として受け取る解約手当金の総額が、支払った掛金の総額を下回ってしまう可能性があります。 掛金の増減を行った場合は特に、任意解約は避けるべきと言えます。
まとめ
小規模企業共済は、掛金の全額所得控除という強力な節税効果と、将来の退職資金準備を両立できる、国が用意した有利な制度です。「20年未満だと元本割れする」という話は、あくまで「任意解約」の場合に限られ、事業の廃止や役員の退職といった正規の理由で共済金として受け取るのであれば、多くの場合、もっと短い期間で元本を上回る額を受け取れます。また、受け取り時の税金も各種控除により大幅に軽減されます。
ただし、任意解約、特に加入期間が短い場合や掛金を増減させた後の任意解約は、元本割れのリスクが非常に高いため注意が必要です。掛金の支払いが困難になった場合は、払止めや貸付制度といったセーフティネットを活用し、できる限り共済金として受け取ることを目指すのが賢明な活用法と言えるでしょう。
制度のメリット・デメリットを正しく理解し、ご自身の事業計画やライフプランに合わせて活用すれば、小規模企業共済は経営者の資産形成を力強くサポートしてくれるはずです。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な計算例などを知りたい場合に、参考にしてください。