個人事業主として事業を営み、売上が順調に伸びてくると、多くの経営者が「法人化(法人成り)」を検討し始めます。法人化には、社会的信用の向上や、所得税と法人税の税率差を利用した節税など、様々なメリットがありますが、その中でも特に大きな金銭的メリットとして知られているのが「消費税の納税義務の免除」です。
適切なタイミングで法人化を行うことで、本来であれば課税事業者として消費税を納めなければならない期間においても、最大で2年間、消費税の納税が免除される可能性があるのです。これは、特に売上が1,000万円を超えた個人事業主にとって、非常に大きなインパクトを持つ制度です。
しかし、この免税メリットは、誰でも、どのような状況でも受けられるわけではありません。設立時の資本金の額や、事業年度開始後の売上・給与の状況によっては、設立初年度から課税事業者となってしまうケースもあります。
この記事では、なぜ会社を設立すると消費税が最大2年間免除されるのか、その基本的な仕組みから、免税が適用されない例外的なケース、あえて課税事業者を選択した方が有利になる場合、そして消費税の観点から見た最適な法人化のタイミングについて、詳しく解説していきます。
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1.消費税の納税義務と免除の仕組み
課税事業者と免税事業者の違い
まず、消費税の基本的なルールとして、事業者は「課税事業者」と「免税事業者」に分けられます。
- 課税事業者:消費者から受け取った消費税を国に納める義務がある事業者。
- 免税事業者:消費税の納税義務が免除されている事業者。
このどちらに該当するかは、原則として「基準期間」における「課税売上高」が1,000万円を超えているかどうかで判定されます。
基準期間と課税売上高
- 基準期間:個人事業主の場合は前々年、法人の場合は前々事業年度を指します。つまり、2年前の売上を基準に、今年の納税義務が決まる、ということです。
- 課税売上高:消費税の課税対象となる取引の売上高のことです。国内での商品販売やサービス提供のほとんどが該当しますが、土地の売却代金や住宅家賃、社会保険診療報酬などは非課税取引となり、課税売上高には含まれません。
なぜ会社設立から最大2年間、消費税が免除されるのか?
この「2年前の売上を基準にする」というルールが、法人化による消費税免除の鍵となります。新しく設立された法人の場合、
- 設立1期目:判定の基準となるべき2年前(前々事業年度)が存在しません。
- 設立2期目:判定の基準となるべき2年前(前々事業年度)は、まだ存在しない設立前の期間です。
このように、設立1期目と2期目は、納税義務を判定するための基準期間における課税売上高がゼロ(存在しない)とみなされるため、原則として免税事業者となるのです。そして、設立3期目からは、その2年前である「設立1期目」の課税売上高が1,000万円を超えていたかどうかで、納税義務が判定されることになります。
2.【要注意】設立1・2期目から消費税が発生する例外ケース
この原則には、重要な例外規定が2つ存在します。これらに該当してしまうと、設立初年度や2期目から課税事業者となってしまうため、法人化を検討する際には必ず確認が必要です。
①設立時の資本金が1,000万円以上の場合
これが最も分かりやすい例外です。事業年度の開始時点(設立時)において、資本金の額または出資の総額が1,000万円以上である法人は、その事業年度から自動的に課税事業者となり、消費税の納税義務が発生します。設立1期目からの消費税免除メリットを最大限に活用したいのであれば、資本金は1,000万円未満に設定する必要があります。
②「特定期間」の特例に該当する場合
これは、主に設立2期目の納税義務を判定するためのルールです。
- 特定期間とは?原則として、その事業年度の前事業年度の開始の日から6ヶ月間を指します。例えば、4月1日~翌年3月31日が事業年度の法人の場合、設立1期目のうち、4月1日~9月30日の半年間が「特定期間」となります。
- 判定基準:この特定期間における課税売上高が1,000万円を超えた場合、設立2期目から課税事業者となります。
つまり、設立1期目の前半6ヶ月だけで、課税売上高が1,000万円を超えてしまうと、2期目から消費税を納めなければならなくなる、ということです。
特定期間の判定における救済措置
ただし、この特定期間の判定には救済措置があります。特定期間中の課税売上高が1,000万円を超えてしまった場合でも、課税売上高の代わりに、特定期間中に支払った給与等の金額で判定することができるのです。特定期間中の給与支払総額が1,000万円以下であれば、課税売上高が1,000万円を超えていても、2期目は免税事業者のままでいることができます。
設立当初から大きな売上が見込まれる場合は、この給与支払額の基準も意識して、役員報酬などの設定を行う必要があります。
3.あえて「課税事業者」になった方が有利なケース
ここまで聞くと、「できるだけ免税事業者でいた方が得だ」と感じるかもしれません。しかし、事業内容によっては、あえて「課税事業者」を選択した方が、金銭的に有利になるケースも存在します。
消費税還付の仕組み
消費税は、売上時に受け取った消費税から、仕入れや経費の支払いで払った消費税を差し引いた差額を納付します(仕入税額控除)。もし、支払った消費税の方が、受け取った消費税よりも多い場合、その差額は国から還付されます。しかし、この消費税の還付を受けられるのは、課税事業者だけです。免税事業者は、消費税を納める義務がない代わりに、還付を受ける権利もありません。
課税事業者を選択すべき主なケース
- 多額の設備投資を行う場合:事業開始初年度に、高額な機械や内装設備、車両などを購入する場合、その購入時に支払う消費税額が、その期の売上で預かる消費税額を上回ることがあります。この場合、課税事業者を選択していれば、その差額の還付を受けることができます。
- 輸出取引がメインの場合:海外への輸出売上は、消費税が免除されます。つまり、売上時に消費税を預かることはありません。一方で、輸出する商品を国内で仕入れる際には、消費税を支払っています。この場合、預かる消費税は0円、支払う消費税はプラスとなるため、支払った消費税の全額が還付されることになります。輸出業を営む場合は、課税事業者を選択することが必須と言えるでしょう。
課税事業者になるためには、「消費税課税事業者選択届出書」を、適用を受けたい課税期間の初日の前日までに税務署へ提出する必要があります。
インボイス制度との関係
なお、インボイス制度(適格請求書等保存方式)に登録すると、その登録日をもって自動的に課税事業者となります。
基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても、インボイス発行事業者となることを選択した時点で、消費税の納税義務が発生します。法人化による免税メリットと、インボイス登録の必要性を天秤にかけて判断する必要があります。
4.消費税から見た最適な法人化のタイミングとポイント
①個人事業主として課税事業者になるタイミングで法人化
消費税の免税メリットを最大限に享受するための、最も効果的な法人化のタイミングは、「個人事業主のままだと、翌年から課税事業者になってしまう」という年のうちです。
個人事業主は、2年前の課税売上高が1,000万円を超えると、その年から課税事業者になります。
例えば、2024年の売上が1,200万円だった場合、2026年から課税事業者となります。しかし、この2026年の初め(例えば1月)に法人を設立すれば、その法人として、2026年、2027年の最大2年間、再び免税事業者でいることが可能になるのです。
個人事業主としての免税期間2年+法人としての免税期間2年で、合計最大4年近く、消費税の納税を免れることができる計算になります。
②事業年度(決算期)の設定
法人の事業年度は、1年以内であれば自由に設定できます。免税期間を1日でも長くするためには、設立日からできるだけ離れた月を決算月に設定するのが有効です。例えば、1月1日に会社を設立した場合、決算月を12月に設定すれば、設立1期目が丸々12ヶ月間となり、免税期間を最大限に活用できます。
③株式会社か、合同会社か?
最後に、設立する会社の形態についてです。株式会社と合同会社、どちらを選ぶべきか迷う方も多いでしょう。費用面だけで見れば、設立費用が安い合同会社の方がお得です。株式会社の設立には最低でも約24万円かかりますが、合同会社であれば約10万円(電子定款なら約6万円)で設立可能です。
しかし、一般的には株式会社の方が社会的信用度が高いと見なされる傾向があり、取引先との契約や、人材採用、金融機関からの融資などにおいて有利に働く場合があります。経営の自由度は合同会社の方が高い側面もあります。
設立コスト、社会的信用、経営の自由度といった要素を総合的に比較し、自社の事業内容や将来の展望に合った形態を選択することが重要です。
まとめ
個人事業主から法人化することは、消費税の納税義務が最大2年間免除されるという、非常に大きな節税メリットをもたらします。特に、課税売上高が1,000万円を超え、課税事業者になるタイミングでの法人化は、このメリットを最大限に享受するための鉄則と言えるでしょう。
しかし、設立時の資本金を1,000万円未満に抑えることや、設立初年度の売上・給与の状況(特定期間の特例)など、免税事業者でいるためにはクリアすべき条件があります。また、輸出業や多額の設備投資を行う場合など、あえて課税事業者を選択した方が有利になるケースも存在します。
消費税の仕組みは複雑であり、インボイス制度の導入によって、その判断はさらに難しくなっています。法人化を検討する際には、これらのルールを正しく理解し、ご自身の事業内容や将来計画に照らし合わせて、最適なタイミングと方法を選択することが不可欠です。判断に迷う場合は、必ず税理士などの専門家に相談し、シミュレーションを行った上で、後悔のない選択をしてください。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な事例やさらに詳しい情報を知りたい場合に、参考にしてください。