近年、資産形成の手段として株式投資や投資信託が広く浸透しています。しかし、その利益に対して従来はかからなかった社会保険料が、今後は課される方向で制度改正が進められていることをご存じでしょうか。特に特定口座で運用している方にとっては、数年後に負担が数倍に跳ね上がる可能性もある大きな問題です。本記事では、これから訪れる制度改正の全体像と、経営者だからこそ取り得る具体的な防衛策について詳しく解説していきます。
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特定口座をめぐる制度改正の概要
まずは、今回の改正の中心となる「特定口座」について簡単におさらいしておきます。特定口座とは、株式や投資信託の取引における損益計算を証券会社が代行してくれる口座のことです。証券会社が年間取引報告書を作成してくれるため、投資家自身が複雑な損益計算を行う必要がありません。
さらに「源泉徴収あり」を選択している場合には、原則として確定申告も不要となります。証券会社が20.315%の税金を自動的に天引きし、その時点で課税関係が完結する仕組みです。
これまでは、市区町村が確定申告不要の特定口座の利益を正確に把握することが困難でした。そのため、源泉徴収ありの特定口座を選び確定申告をしなかった場合、たとえ大きな利益が出ていても、国民健康保険料などの社会保険料が増えることはありませんでした。近年、社会保険料の負担が重くなっている中で、これは投資家にとって非常に大きなメリットだったといえます。
ところが、現在検討されている改正では、この仕組みが根本から変わろうとしています。証券会社から税務署に提出されている金融所得の情報を、市区町村にも共有することで、確定申告をしていなくても特定口座の利益が社会保険料の算定に組み込まれるようになる、というものです。
技術的には、証券口座とマイナンバーの紐付けが2016年時点ですでに完了しています。今回の改正は、その仕組みをいよいよ本格的に稼働させるという話なのです。現時点の方針では、まず後期高齢者の方々が対象となる見込みですが、将来的に現役世代にも波及する可能性は十分に考えられます。
なぜ今、金融所得への課税強化が進むのか
そもそも、なぜ国はこのような改正を進めようとしているのでしょうか。背景には、後期高齢者医療制度の財政的な逼迫があります。
75歳以上の後期高齢者にかかる医療費のうち、本人が窓口で負担するのは全体の約1割にすぎません。残りの約5割は税金、約4割は現役世代が支払う保険料の一部で賄われている構造です。しかも、その現役世代からの支援金は過去20年間で約1.7倍に膨れ上がっています。会社員が支払う社会保険料は、会社負担分を合わせると給与の約30%に達しており、現役世代が実際に自由に使えるお金が減り続けているのが実情です。
そこで政府が打ち出しているのが、負担の基準を「年齢」から「支払い能力」へと転換する考え方です。年金収入は少なくても、株や投資信託から多額の利益を得ている高齢者にも、応分の保険料を負担してもらおうという方向性が固まりつつあります。「今の社会保険料の計算に金融所得が反映されていないのはおかしい」という議論が本格化してきた背景には、こうした事情があるわけです。
実施時期については、政府資料では「なるべく早期に」とされており、2028年頃までには制度の実施、または実施決定がなされる見込みです。ぼんやりしていると、あっという間にその時期が到来してしまいます。
影響を受ける人とNISAの位置づけ
では、具体的にどのような人が影響を受けるのでしょうか。現在の議論では、まずは後期高齢者を対象とする方向で進んでいますが、投資家として知っておくべき重要なポイントがいくつかあります。
まず、NISA口座で運用している資産については、現時点の議論では対象外とする方向で調整されています。政府が「貯蓄から投資へ」という流れを推進している以上、NISAにまで社会保険料をかけるのは制度の趣旨に反するという判断のようです。
新NISAでは、つみたて投資枠が年間120万円、成長投資枠が年間240万円、合わせて年間360万円の非課税枠が恒久的に設けられており、生涯投資枠は1,800万円まで用意されています。この枠を最大限活用することが、今回の改正に対する最もシンプルで効果的な対策となります。特定口座で運用している資産があり、NISAの枠に余裕があるなら、段階的に口座を移していくことも検討すべきでしょう。
負担増のシミュレーション
では実際、改正によってどの程度負担が増えるのでしょうか。過去に政府・与党の議論で示されたモデルケースを見てみましょう。
例えば、70代後半の単身者で、年金収入が270万円、特定口座から50万円の配当収入がある方の場合、この50万円が新たに社会保険料の算定対象に加わることで、年間で約6万6,000円の負担増となる試算が出ています。
さらに影響が大きくなるのは、現在の制度で保険料の軽減措置を受けている層です。配当収入が算定に加わることで所得基準を超え、軽減措置の対象から外れてしまうケースが出てきます。
| 項目 |
改正前 |
改正後 |
| 対象者 |
75歳単身、年金収入150万円、配当収入50万円 |
同左 |
| 軽減措置 |
適用あり |
適用外 |
| 年間社会保険料 |
約1.4万円 |
約8.3万円 |
| 負担増 |
― |
約6倍 |
上記のような極端なケースでは、年間の社会保険料が約1.4万円から約8.3万円へと、およそ6倍にまで膨れ上がる可能性があります。加えて、後期高齢者の医療費窓口負担割合が1割から2割へ引き上げられる可能性や、介護保険料の増加も見込まれており、老後の生活設計に大きな影響を与えかねません。
なお、社会保険料の計算に反映されるのは、特定口座内で確定した売却益や配当金など「実現した利益」のみで、含み益は現時点では対象外とされています。ただし、損益通算の扱いなど詳細な制度設計はまだ固まっておらず、想定より保険料が高くなる可能性もゼロではありません。制度がどう転んでも対応できるよう、早めに準備しておくことが重要です。
経営者が取り組むべき社会保険料対策
一般の個人投資家にとっては影響を避けにくい今回の改正ですが、会社を経営している方には「個人ではなく法人で投資する」という強力な選択肢があります。法人で得た投資利益は会社の利益となり、社長個人の社会保険料には直接影響しません。社長個人の社会保険料は、あくまで毎月の役員報酬をベースに算定されるからです。
ただし、法人で増やしたお金を役員報酬として引き出せば、そこで所得税と社会保険料がかかってしまいます。そこで活用したいのが「退職金」としての受け取りです。退職金は税制面で優遇されており、社会保険料も一切かかりません。会社という箱で運用して増やし、最後に退職金でまとめて受け取るというのが、これからの経営者にとっての鉄則といえます。
つまり、経営者が今後取るべき戦略は、「役員報酬(給料)はなるべく低く抑え、会社という箱を使い倒す」ということです。ただし、単に役員報酬を下げただけでは生活が苦しくなってしまいますから、手取りや生活レベルを維持しながら額面だけを下げる工夫が必要になります。代表的な方法として、次の3つが挙げられます。
(1)役員社宅制度の活用
会社が借り上げた物件に役員が住み、家賃の一部を会社が負担する仕組みです。例えば、家賃30万円の物件のうち15万円を会社負担とすれば、その分だけ役員報酬の額面を下げても、実質的な手取り生活レベルは維持できます。役員報酬の額面が下がれば、それに連動して社会保険料も安くなります。
ただし、国税庁が定める「賃貸料相当額」を役員から正しく徴収しなければ、税務調査で実質的な給与とみなされて否認されるリスクがあります。導入にあたっては、必ず税務の専門家に相談したうえで進める必要があります。
(2)はぐくみ基金の活用
はぐくみ基金は、確定給付年金の一種で、給与の一部を毎月積み立てて退職金を作る仕組みです。積み立てた掛金の分だけ給与の額面を下げることができ、結果として社会保険料も抑えられます。
掛金は月1,000円から始めることができ、最大で給与の20%、月40万円までを積み立てることが可能です。運用は大手保険会社に委託されるため、投資の知識がなくても安心して活用できます。また、退職時だけでなく、病気や出産による休職時にも受け取ることができるため、柔軟性が高い点も魅力です。iDeCoや企業型DCなどとの併用も可能で、既に他制度を活用している方でも導入できます。
事前確定届出給与の活用
3つ目として、役員賞与を活用する方法もあります。賞与に対する社会保険料には、健康保険料は年間573万円、厚生年金保険料は月額150万円という上限があり、これを超えた部分には保険料がかかりません。月々の給料を抑え、賞与でまとめて受け取ることで、トータルの年収は同じでも社会保険料を軽減できるという理屈です。
ただし、極端な設定は年金事務所の指導対象となるリスクがあるほか、スキームそのものが今後見直される可能性も指摘されています。導入にあたっては慎重な検討が必要でしょう。
まとめ
金融所得を社会保険料の算定に反映させる制度改正は、投資家にとって大きな影響をもたらすものです。まずは後期高齢者を対象に導入される見込みですが、将来的には現役世代にも波及する可能性が高く、決して他人事ではありません。
対策の柱となるのは、まずNISAの非課税枠を最大限に活用することです。生涯投資枠1,800万円までは、社会保険料の対象外として運用を続けられる見込みです。そのうえで、経営者であれば法人での運用と退職金による受け取り、役員社宅制度やはぐくみ基金といった仕組みを組み合わせることで、社会保険料の負担を大きく圧縮することが可能です。
制度が変わるからといって投資そのものをやめるのは得策ではありません。ルール変更を正しく理解し、活用できる制度を組み合わせることで、資産を守り、増やしていくことは十分に可能です。2028年に向けて、今のうちから戦略を練っておくことをおすすめします。
なお、本記事で紹介した制度改正の詳細や、経営者が取り得る社会保険料対策の具体的な進め方については、動画のなかで税理士がわかりやすく解説しています。図解やシミュレーションを交えて、より実践的な内容をお伝えしていますので、ぜひ動画も合わせてご覧ください。