決算月が近づいてきたタイミングで、予想外の大きな利益が計上されることがあります。例えば、大型案件の入金が期末に集中したり、保有していた不動産が想定より高く売却できたりといったケースです。「もう決算まで時間がないから、今期の納税額が増えるのは仕方ない…」と諦めてしまう経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、実は「決算期の変更」という合法的な手段を用いることで、その突発的な利益の一部または全部を翌期の利益として扱い、当期の納税負担を軽減しつつ、翌期に向けてじっくりと節税対策を練る時間を確保できる可能性があります。この記事では、あまり知られていない決算期変更の仕組み、メリット・デメリット、具体的な手続き、そして変更後に活用したい節税策について解説します。
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決算期変更とは?合法性と概要
決算期は変更できる
会社の決算期(事業年度の末日)は、定款で定められていますが、これは変更することが可能です。決算期を変更してはならないという法律上のルールはなく、実際に上場企業を含め多くの会社が決算期を変更しています。特別なことではありません。
なぜ節税対策になるのか?(利益の繰り延べ効果)
決算期を変更することが、なぜ節税対策につながるのでしょうか。具体例で見てみましょう。 3月決算の会社で、期首の4月から翌年2月までの11ヶ月間の利益が300万円の見込みだとします。ところが、決算月である3月に突発的に1,000万円の利益が上がりそうです。このままでは、当期の利益は合計1,300万円となります。
ここで、決算期を3月末から2月末に変更したと仮定します。すると、当期の事業年度は4月から翌年2月までの11ヶ月間となり、利益は300万円で確定します。3月に発生する1,000万円の利益は、新しい事業年度(翌期)の利益として扱われることになります。
簡易的に法人税率を30%とすると、
- 3月決算のままの場合:利益1,300万円 → 税額 約390万円
- 2月決算に変更した場合:利益300万円 → 税額 約90万円
となり、直近の納税額を大幅に(この例では300万円)減らすことができます。中間納税額も考慮すると、1年以内に支払う税金のキャッシュアウトをさらに抑える効果も期待できます。
ただし、これはあくまで「利益の繰り延べ」である点に注意が必要です。3月の利益1,000万円は翌期に持ち越されるため、翌期に何もしなければ、結局その利益に対して課税されることになります。決算期変更の真のメリットは、繰り越された利益に対して、翌期の1年間をかけて計画的に節税対策を講じる「時間を稼げる」点にあるのです。
軽減税率適用によるメリット
もう一つのメリットとして、法人税の軽減税率の活用が挙げられます。資本金1億円以下の中小法人の場合、法人税率は所得(利益)のうち年800万円以下の部分には軽減税率(約23% ※実効税率ベース)が適用され、800万円を超える部分には本則税率(約34% ※同)が適用されます。
例えば、4月~2月の利益が700万円、3月の利益が300万円の見込みで、合計1,000万円の利益が見込まれるケースを考えます。3月決算のままだと、800万円を超える200万円部分には高い税率が課せられます。 ここで決算期を2月末に変更すると、当期の利益は700万円となります。この場合、注意点として、事業年度が1年未満の場合は、800万円の軽減税率適用枠も月割りで計算されます。11ヶ月決算なら、800万円 × (11ヶ月 / 12ヶ月) ≒ 733万円までが軽減税率の対象です。当期利益700万円はこの枠内に収まるため、全額に軽減税率が適用されます。 そして、翌期に繰り越される300万円の利益と、翌期の通常の利益(仮に700万円とします)を合わせて1,000万円となっても、1年間かけて節税対策を行い、利益を800万円(あるいは月割り後の金額)以下に抑えることができれば、2期連続で低い税率の恩恵を受けることも可能になるのです。
決算期変更の手続き
変更の流れ(臨時株主総会、定款変更、届出)
決算期の変更手続きは、比較的簡単です。
- 臨時株主総会の開催: 事業年度(決算期)は定款の記載事項であるため、株主総会で定款変更の特別決議(通常、議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上の賛成)を得る必要があります。
- 異動届出書の提出: 決算期を変更したら、納税地の税務署長、都道府県税事務所、市町村役場へ「異動届出書」を提出します。定款変更を証明する株主総会議事録のコピーなどを添付することが一般的です。
これだけで手続きは完了です。法務局への登記変更は不要です。
手続きの注意点(期間は短縮のみ、12ヶ月超は不可)
変更後の事業年度は、変更前の決算期の翌日からスタートします。例えば、3月決算を2月決算に変更した場合、新しい事業年度は3月1日から翌年2月末までとなります。 事業年度の期間は、1年(12ヶ月)を超えることはできません。決算期を遅らせて事業年度を1年より長くすることはできないため、変更は常に期間を短縮する形になります。
決算期変更を検討する際のポイント
突発的な利益への対応以外にも、会社の状況に合わせて決算期を見直すことでメリットが得られる場合があります。
決算期の決め方(3つの視点)
(1) 売上のピーク時期を考慮する 年間の売上が特定の時期に集中する業種の場合、そのピーク時期を期首(事業年度の開始月)に設定することを検討します。例えば、12月が繁忙期であれば、決算期を11月に設定(12月開始の事業年度)すれば、大きな売上が計上された後、翌年の11月まで約1年間の猶予をもって利益予測と節税対策を進めることができます。決算直前に利益が集中するのを避けるのがポイントです。
(2) 納税・資金繰りのスケジュールを考慮する 法人税等の納税は、原則として決算日から2ヶ月以内に行う必要があります。会社のキャッシュフローが潤沢な時期に納税期限が来るように決算期を設定すると、資金繰りが楽になります。例えば、売掛金の回収が集中する時期の少し後に納税期限が来るように設定する、などが考えられます。
(3) 繁忙期を避ける 決算業務には、棚卸(在庫確認)や各種資料作成など、通常業務に加えて多くの作業が発生します。会社の最も忙しい時期と決算期が重なると、現場の負担が増大し、ミスも起こりやすくなります。また、繁忙期は業績変動も大きくなりがちで、期末ギリギリまで正確な利益予測が難しい場合もあります。比較的業務が落ち着いている時期を決算期とすることも有効です。
税理士・監査法人の繁忙期との関係
一般的に3月決算の会社が多いため、税理士事務所や監査法人は春先(4月~5月)が非常に忙しくなります。12月決算も同様です。あえてこれらの時期を避けて7月や10月などを決算期に設定することで、税理士等とのコミュニケーションが密に取りやすくなったり、より丁寧な対応を期待できたりする可能性も考えられます。特に上場を目指す場合、監査法人を見つけやすくするために、3月や12月以外の決算期を選択する企業もあります。
決算期変更の注意点・デメリット
決算期変更はメリットばかりではありません。以下の点に注意が必要です。
決算業務・納税の頻度増加
決算期を変更すると、変更した初年度の事業年度は1年未満となります。決算業務や税務申告、納税のサイクルが一時的に早まるため、経理部門の負担増や、納税資金の準備期間短縮につながる可能性があります。
各種計算への影響(軽減税率、交際費枠、償却費等)
前述の通り、事業年度が1年未満の場合、法人税の軽減税率の適用枠(年800万円)は月割り計算されます。同様に、交際費の損金算入限度額や減価償却費の計算なども、事業年度の月数に応じて調整が必要になる場合があります。
税理士費用、許認可手続き等
決算・申告の都度、税理士報酬が発生するため、事業年度が短縮されるとその分、費用負担が増える可能性があります。また、建設業の許可など、特定の許認可を受けている事業の場合、決算期変更に伴う手続きが必要になることもあります。
役員任期への影響
定款で役員の任期を「選任後●年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」のように定めている場合、決算期を変更すると役員の任期満了時期が変わる可能性があるため、確認が必要です。
決算期変更と組み合わせたい節税策
決算期を変更して時間を確保したら、計画的に節税策を実行することが重要です。繰り越された利益に対して有効な対策の例をいくつか紹介します。
経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)
多くの企業で活用されている制度です。掛金は月額最大20万円(年額240万円)、総額800万円まで全額損金に算入できます。解約時には掛金が戻ってくる(40ヶ月以上納付で全額返還)ため、実質的に利益を将来に繰り延べながら簿外に資金を積み立てることができます。
少額減価償却資産の特例
取得価額が30万円未満の資産(パソコン、コピー機、エアコン、ソフトウェアなど、中古も可)は、年間合計300万円まで、購入・使用開始した年度に一括で経費計上できる特例です(青色申告を行う中小企業者等が対象)。必要な備品の購入や更新を計画的に行うことで活用できます。
オペレーティング・リース
航空機や船舶などを対象としたリース取引を活用し、出資額の大部分を初年度に損金算入できるスキームです。比較的多額の利益(数千万円単位~)が出た場合の繰り延べ策として利用されることがあります。投資期間終了後に出資金が戻ってきますが、為替リスクや元本割れリスクも存在します。
まとめ
決算期の変更は、決算間際に発生する突発的な利益に対する有効な「時間稼ぎ」の手段となり得ます。単に納税を先送りするだけでなく、利益を翌期に分散させることで法人税の軽減税率の適用を有利にしたり、確保した時間で経営セーフティ共済、少額減価償却資産の特例、オペレーティング・リースなどの節税策を計画的に実行したりする機会を生み出します。
手続き自体は比較的容易ですが、決算・納税サイクルの短期化や各種計算への影響といったデメリットも存在します。実行にあたっては、自社の状況をよく分析し、メリットとデメリットを比較検討した上で、顧問税理士などの専門家と十分に連携しながら進めることが重要です。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な事例などを知りたい場合に、参考にしてください。