個人で賃貸アパートやマンション、駐車場などの収益不動産を所有している方から、「不動産は個人よりも法人で所有した方が節税になるって本当?」「もし法人に移すなら、どうやって移せばいいの?」といったご質問をよく受けます。
確かに、不動産を法人(いわゆる不動産管理会社や資産管理会社)に移転・所有することで、所得税・法人税の税率差や相続対策など、様々な税務上のメリットが期待できる場合があります。
しかし、その一方で、法人の設立・維持にはコストがかかりますし、不動産を個人から法人へ移転する際には、その方法によって思わぬ税金が発生する可能性もあります。メリットだけを見て安易に進めてしまうと、かえって損をしてしまうことにもなりかねません。
この記事では、不動産管理会社を設立して個人所有の不動産を法人に移すことの具体的な意味(メリット)、そして注意すべきデメリット、さらには実際に不動産を移転する際の主な3つの方法とそれぞれの税務上のポイント、最後に「土地は個人所有のまま法人に貸す」という賢い選択肢についても詳しく解説していきます。
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1. なぜ不動産管理会社を設立するのか?そのメリット
個人で所有している不動産を、わざわざ法人(不動産管理会社)を設立してそこに移すことには、主に以下のようなメリットが考えられます。
所得税と法人税の税率差による節税
個人の不動産所得(家賃収入など)は、給与所得など他の所得と合算され、所得税が課税されます。所得税は超過累進課税であり、所得が多いほど税率が高くなり、住民税と合わせると最高で約55%にも達します。
一方、法人税の実効税率は、資本金1億円以下の中小企業の場合、所得(利益)が年800万円以下の部分は約25%、それを超える部分でも約34%程度で、それ以上税率が上がることはありません。 したがって、個人の不動産所得が非常に多く、高い所得税率が適用されている場合、不動産管理会社を設立し、法人として家賃収入等を受け取る形にすれば、適用される税率が下がり、結果として税負担を軽減できる可能性があります。
所得分散による節税効果(家族役員)
法人化すれば、生計を同一にする配偶者や子などを役員とし、その業務実態に応じて役員報酬を支払うことができます。これにより、オーナー個人に集中しがちな不動産所得を家族に分散させ、一人ひとりの所得にかかる税率を引き下げ、世帯全体での手取り収入を増やす効果が期待できます。
法人ならではの節税策の活用
法人になると、個人事業主では利用できない、あるいは利用しにくい様々な節税策を活用できるようになります。
例えば、役員社宅制度、出張手当の支給、生命保険料の損金算入、役員退職金の準備(将来の損金算入と個人の退職所得控除)、赤字(欠損金)の10年間繰越控除(個人は3年)など、節税の選択肢が大きく広がります。
相続対策としての有効性(財産移転、遺産分割の円滑化)
不動産管理会社を活用することは、相続対策としても有効です。
- 計画的な財産移転: 会社から親族役員へ報酬を支払うことは、実質的に生前に財産を移転することにつながり、将来の相続財産を減らす効果があります。多くの場合、贈与税よりも低い所得税・住民税の負担で済みます。また、移転した資金を相続税の納税資金として準備することも可能です。
- 遺産分割の円滑化: 不動産そのものを相続財産として残すと、分割が難しく相続人間で争いが生じやすい(いわゆる「争族」)という問題があります。不動産を法人所有にしておけば、相続の対象は「会社の株式」となります。株式であれば、不動産よりも比較的容易に分割できるため、円満な遺産分割を促す効果が期待できます。
2. 不動産管理会社設立のデメリットと注意点
多くのメリットがある一方で、不動産管理会社の設立・運営には以下のようなデメリットや注意点も存在します。
設立・維持コストの発生
法人を設立するには、定款認証手数料や登録免許税などの初期費用がかかります。株式会社であれば約20数万円、合同会社でも最低6万円程度は必要です。
また、設立後も、法人住民税の均等割(赤字でも最低年約7万円)、税理士への顧問料や決算申告料、社会保険料の会社負担分など、様々なランニングコストが発生します。
社会保険料負担の増加可能性
個人事業主から法人成りする場合、社長一人であっても原則として社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が義務付けられます。国民健康保険や国民年金に比べて保険料負担が増加するケースが一般的です。
不動産移転時の税負担
個人所有の不動産を法人名義に変更する際には、不動産取得税や登録免許税(所有権移転登記)といった税金・費用が発生します。
【注意】移転後3年以内の相続と不動産評価
相続税対策として法人化する場合、特に注意したいのが、相続開始前3年以内に取得(法人へ移転)した土地や建物等の評価です。
これらの財産は、相続税評価額の計算上、通常の取引価額(時価)で評価されるため、小規模宅地等の特例の適用が制限されたり、法人の株価が想定より高くなったりして、期待した相続税の節税効果が得られない可能性があります。特に高齢の方が法人化を検討する際は、この点に留意が必要です。
3. 個人から法人へ不動産を移す3つの方法と税務
個人名義の不動産を設立した不動産管理会社へ移転する主な方法としては、「贈与」「売却」「現物出資」の3つが考えられます。どの方法を選択するかによって、発生する税金や手続きが異なります。
なお、いずれの方法も、会社とその取締役との間の取引(利益相反取引)に該当する可能性があるため、事前に取締役会(設置会社の場合)または株主総会(非設置会社の場合)の承認決議を得ておくことが一般的です。
方法①:法人へ不動産を「贈与」する
個人が法人に対して不動産を無償で贈与する方法です。
- 税務上の取り扱い:
- 法人側: 贈与を受けた不動産の時価相当額が「受贈益」として法人の益金に算入され、法人税の課税対象となります。
- 個人側: 法人への贈与の場合、贈与税はかかりませんが、その不動産を時価で譲渡したものとみなされ(みなし譲渡所得課税)、取得価額よりも時価が高い場合には、その差額(譲渡益)に対して所得税・住民税が課税される可能性があります。
- あまり選択されない理由: 上記のように、法人側で受贈益課税、個人側でも含み益があれば譲渡所得課税と、二重に課税されるリスクがあるため、個人から法人への不動産移転で「贈与」が選択されるケースは稀です。
方法②:法人へ不動産を「売却」する
個人が法人に対して不動産を売却する方法です。
- 税務上の取り扱い:
- 個人側: 法人から受け取った売却代金に対して、不動産の取得費や譲渡費用を差し引いた譲渡所得に所得税・住民税が課税されます。
- 法人側: 購入した不動産は資産として計上されます。
- 【注意】低額譲渡の問題: 個人が法人(特に同族会社)に対して、時価よりも著しく低い価額(目安として時価の2分の1未満)で不動産を売却した場合、税務上は時価で売却したものとみなされ、時価を基準に個人の譲渡所得が計算されます。さらに、法人側も、時価と実際の売買価額との差額が、個人から贈与を受けたとみなされて「受贈益」として益金算入されるリスクがあります。
- 時価取引の重要性: このような問題を避けるため、個人から法人への不動産売却は、適正な時価(第三者間取引における通常の取引価額)で行うことが極めて重要です。時価で取引すれば、法人側に受贈益課税は発生せず、個人は譲渡所得に対する納税のみで済みます。そのため、3つの方法の中では比較的選択されやすい方法と言えます。ただし、法人側には不動産の購入資金が必要となります。
方法③:法人へ不動産を「現物出資」する
個人が法人に対して、金銭の代わりに不動産そのものを出資し、その対価として法人の株式等を受け取る方法です。
- 現物出資の仕組みとメリット: 手元に現金がなくても、不動産を使って会社の資本金を増やすことができます。
- 税務上の取り扱い: 原則として、現物出資も「資産の売却」とみなされます。出資した不動産の時価が、その不動産の取得費を上回る場合、その差額(譲渡益)に対して個人に所得税・住民税が課税されます(一定の税制適格要件を満たせば課税繰延べも可能ですが、ハードルは高いです)。対価として株式等を受け取らなかったとしても、時価で譲渡したものとして扱われます。
- 手続きの煩雑さ: 出資する財産の価額が500万円を超える場合、その価額の妥当性を証明するために、裁判所が選任する検査役による調査が必要になるなど、手続きが煩雑で時間もかかることがあります。
- あまり選択されない理由: 上記の課税リスクや手続きの煩雑さから、不動産管理会社設立の際の不動産移転方法として、現物出資が積極的に選ばれるケースは多くありません。
4. 「土地を貸す」という賢い選択肢:建物のみ法人へ
個人から法人へ不動産を移転する際には、どうしても税金やコストがネックになりがちです。そこで有効な手段の一つとして考えられるのが、「建物だけを法人に売却(または贈与)し、土地は個人所有のまま法人に有償または無償で貸す」という方法です。
土地を法人に移転するメリットの薄さ
そもそも土地は、建物と異なり使用によって価値が減少しないため、減価償却ができず、法人に移転しても償却による節税効果はありません。
一方で、家賃収入を生み出すのは主に建物部分です。そのため、多額の移転コストをかけてまで土地を法人に移すメリットは、建物に比べて小さいと言えます。
建物のみ売却し、土地は個人所有のまま法人に貸す方法
この方法であれば、法人は建物の購入資金だけで済み、土地の取得にかかる不動産取得税や登録免許税も不要です。個人も、土地の売却に伴う譲渡所得税を心配する必要がありません。
個人側のメリット(小規模宅地等の特例適用の可能性)
さらに、個人が所有する土地を法人に貸し付け、その法人が事業(例えば賃貸業)を行っている場合、将来、その土地の相続が発生した際に「小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)」の適用を受け、土地の相続税評価額を大幅に減額できる可能性があります。
【注意】借地権の権利金と認定課税
ただし、法人が個人(特に同族関係者)から土地を無償または低い地代で借りると、税務上、法人が個人から借地権という権利を無償で得たとみなされ、その借地権相当額(一般的には土地の更地評価額の数割)が「受贈益」として法人に課税される「借地権の認定課税」という問題が生じる可能性があります。
「土地の無償返還に関する届出書」による認定課税の回避
この認定課税を回避するためには、土地の賃貸借契約を結ぶ際に、将来、借地契約が終了して法人が土地を個人に返還する際には権利金等の金銭を一切要求しない旨を定めた「土地の無償返還に関する届出書」を、法人と個人が連名で税務署に提出します。これにより、権利金の授受がない代わりに、借地権の価値もゼロとみなされ、認定課税は行われないことになります。
まとめ
個人所有の不動産を法人(不動産管理会社)へ移転することは、所得税・法人税の負担軽減、計画的な所得分散、そして将来の相続対策など、多くのメリットをもたらす可能性があります。
移転方法としては、贈与、売却、現物出資がありますが、税負担や手続きの観点からは、専門家と相談の上で「適正な時価による売却」が比較的選択されやすいと言えるでしょう。
特に、「建物のみを法人へ売却し、土地は個人が所有したまま法人へ貸し付ける(無償返還の届出を提出)」という方法は、土地の移転コストや認定課税リスクを避けつつ、相続税対策(小規模宅地等の特例)の恩恵も受けられる可能性があるため、有効な選択肢となります。
しかし、不動産管理会社の設立・運営にはコストがかかり、社会保険料負担や不動産移転時の各種税金、そして3年以内の相続における不動産評価の問題など、デメリットや注意すべき点も少なくありません。
これらのメリット・デメリットを総合的に比較し、ご自身の状況や目的に照らして本当に効果があるのかを慎重に見極めることが不可欠です。不動産の法人化は複雑な税務判断を伴うため、必ず税理士などの専門家と十分に相談しながら進めることを強くお勧めします。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な事例やさらに詳しいポイントを知りたい場合に、参考にしてください。