事業承継は多くの企業にとって重要な経営課題ですが、特に後継者への株式承継に伴う納税資金の確保や、株式分散による経営権の不安定化は、頭を悩ませる問題です。もし後継者が見つかっても、高額な相続税負担により円滑な承継が妨げられるケースも少なくありません。このような課題に対する有効な解決策の一つとして、「金庫株(自社株買い)」の活用が挙げられます。本記事では、金庫株の基本的な仕組みから、事業承継で活用するメリット、そして注意すべき点について解説していきます。
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金庫株(自社株買い)とは?
金庫株とは、企業が自ら発行した株式を市場や株主から買い戻して保有する株式のことを指します。「自社株買い」とも呼ばれ、買い戻した株式を会社の金庫で保管するイメージから「金庫株」と呼ばれるようになりました。
かつては、株式の消却(発行済み株式を消滅させること)やストックオプション(役員や従業員に自社株を購入できる権利を与える制度)など、特定の目的でのみ自社株買いが認められていました。しかし、2001年の商法改正や2006年の会社法改正により規制が緩和され、現在では取得目的や時期、数量などに大きな制限なく、より柔軟に自社株買い(金庫株の取得)を行えるようになりました。これにより、経営の安定化、敵対的買収への防衛策、そして本題である事業承継対策など、様々な場面で活用されるようになっています。
事業承継で金庫株を活用するメリット
事業承継において金庫株を活用することには、主に以下の2つの大きなメリットがあります。
(1)納税資金を準備できる
事業承継、特に相続によって後継者が先代経営者から自社株式を引き継ぐ際には、株式の評価額に応じた相続税が発生します。非上場株式は評価額が高額になりやすく、相続税も数千万から数億円に上るケースも珍しくありません。相続税は、原則として相続開始の翌日から10ヶ月以内に現金で一括納付する必要があり、後継者にとってこの納税資金の準備は非常に大きな負担となります。
そこで有効なのが金庫株の活用です。後継者が相続によって取得した自社株式の一部を会社に買い取ってもらう(=会社が金庫株として取得する)ことで、後継者は売却代金を現金で得ることができます。非上場株式は一般的に市場での売却が困難ですが、発行会社自身が買い手となるため、比較的容易に現金化でき、相続税の納税資金に充てることが可能になります。
みなし配当課税と税制特例
ただし、注意点があります。後継者が会社に自社株を売却して得た代金のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として扱われ、原則として所得税の課税対象となります。非上場株式の場合、このみなし配当は総合課税の対象となり、他の所得と合算されて超過累進税率(所得が多いほど税率が高くなる)が適用されるため、税負担が非常に重くなる可能性があります。
例えば、資本金1,000万円、純資産1億円(100株発行)の会社の全株式を相続した後継者が、納税資金のために半分の50株を会社に売却したとします。売却代金は5,000万円(純資産1億円 × 50/100株)となります。この場合、売却した50株に対応する資本金等の額は500万円(資本金1,000万円 × 50/100株)となり、差額の4,500万円がみなし配当となります。この4,500万円に高い所得税率がかかると、手元に残る現金は大幅に減少してしまいます。
この問題を緩和するために、以下の2つの税制特例が設けられています(2025年4月15日現在、有効な制度です)。これらを活用することで、納税資金準備における税負担を大幅に軽減できる可能性があります。
- 金庫株特例(相続により取得した非上場株式を発行会社に譲渡した場合の課税の特例)
相続または遺贈により株式を取得した相続人が、相続税の納税義務がある場合に限り、相続開始の翌日から3年10ヶ月以内にその株式を発行会社に売却したときは、みなし配当部分について総合課税ではなく、20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%、住民税5%)の申告分離課税が適用される特例です。総合課税に比べて税率が大幅に低くなるため、税負担を大きく軽減できます。 注意点として、相続税の申告義務があっても、配偶者控除などを適用した結果、最終的に納付すべき相続税額がゼロになった場合は、この特例は適用できません。特に配偶者が株式を相続するケースでは、相続税が発生しない場合が多いため注意が必要です。
相続により取得した財産を、相続開始の翌日から3年10ヶ月以内に譲渡した場合、その譲渡所得の計算上、支払った相続税額の一部を譲渡資産の取得費に加算できる特例です。金庫株として会社に株式を売却した場合も、この特例の対象となります。取得費が増えることで、課税対象となる譲渡所得が減少し、結果的に所得税・住民税が軽減されます。 取得費に加算できる相続税額の計算は複雑ですので、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
これら2つの特例は併用が可能であり、事業承継時の納税資金対策として金庫株を活用する上で非常に重要です。
(2)株式の分散を防ぎ、経営権を安定させる
事業承継では、相続人が複数いる場合に株式が分散してしまうリスクがあります。先代経営者が保有していた株式が法定相続分に応じて複数の相続人に相続されると、後継者に十分な議決権が集まらず、経営権が不安定になる可能性があります。他の相続人から経営方針について意見されたり、対立が生じたりすることも考えられます。
このような事態を防ぐためにも金庫株は有効です。後継者以外の相続人が相続した株式を会社が金庫株として買い取ることで、その相続人は換金性の低い非上場株式を現金化でき、一方で会社(ひいては後継者)は株式を集約することができます。これにより、後継者への経営権集中を図り、経営の安定化に繋げることが可能です。相続人間での遺産分割協議も円滑に進めやすくなるでしょう。
株式の売渡請求制度
もし、後継者以外の相続人が株式の売却に応じてくれない場合でも、「株式の売渡請求制度」を活用できる可能性があります。これは、相続によって会社の株式(譲渡制限株式に限る)を取得した者に対し、会社がその株式の売渡しを請求できる制度です。利用するには、定款にその旨の定めがあることや、後述する「財源規制」の範囲内であることなどの要件がありますが、強制的に株式を買い取ることが可能になります。
金庫株を活用する際の注意点
メリットの大きい金庫株活用ですが、実行にあたっては以下の点に注意が必要です。
財源規制(分配可能額の制限)
会社が自社株買い(金庫株の取得)を行える金額には、会社法上の制限があります。これを「財源規制」といい、原則として、会社が株主に分配できる利益(剰余金)の範囲内でしか自社株買いはできません。この分配可能額は、大まかには純資産額から資本金や準備金などを差し引いた額となりますが、計算方法は複雑です。
もし財源規制を超えて自社株買いを行ってしまうと、その取引は無効となり、株式を売却した株主は受け取った代金を会社に返還しなければならなくなる可能性があります。したがって、事前に自社の分配可能額を正確に把握しておくことが極めて重要です。
会社の資金準備の必要性
金庫株を取得するということは、会社が株主に対して現金を支払うということです。当然ながら、会社に十分な資金がなければ自社株買いは実行できません。事業承継対策として金庫株の活用を検討していても、会社の資金繰りが厳しい状況では利用できません。
特に、相続税対策として役員退職金の支給などを活用し、意図的に会社の純資産や現金を減らしている場合、いざ金庫株を活用しようとしても財源規制や手元資金不足で実行できない可能性があります。金庫株の活用を見据えるのであれば、早期から計画的に会社に資金を準備しておく必要があります。
他の株主への通知義務
特定の株主から合意によって金庫株を取得する場合、会社は他の株主全員に対して、取得する株式の種類や数、取得価額などを通知する義務があります(会社法第160条第2項、第3項)。
もし、相続人間の事情などにより、特定の相続人から他の相続人よりも高い価格で株式を買い取るようなケースがあれば、その価格差が他の株主に知られることになります。これが原因で株主間の不公平感を生み、トラブルに発展する可能性も否定できません。そのため、金庫株を取得する際の買取価格は、原則として全株主共通とするか、価格差を設ける場合は事前に十分な説明を行い、他の株主の理解を得ておくことが望ましいでしょう。
純資産額の要件
会社法では、剰余金の配当(金庫株の取得もこれに含まれる)を行った結果、会社の純資産額が300万円を下回ることは認められていません。したがって、自社株買いを行う前の純資産額が低い場合や、自社株買いによって純資産額が300万円を下回ってしまう場合には、そもそも金庫株の取得ができない点にも注意が必要です。
まとめ
金庫株(自社株買い)は、事業承継における納税資金の確保や株式分散の防止に有効な手段となり得ます。特に、税制上の特例措置を活用することで、税負担を軽減しながら円滑な承継を実現できる可能性があります。
しかし一方で、財源規制や会社の資金状況、他の株主との関係など、実行にあたっては慎重に検討すべき注意点も多く存在します。金庫株の活用を検討する際は、そのメリットとデメリット、法規制や税制を十分に理解した上で、早期から計画的に準備を進めることが重要です。複雑な手続きや判断が伴うため、税理士や弁護士などの専門家に相談しながら進めることを強くおすすめします。
この記事で解説した金庫株を活用した事業承継について、税理士がより具体的に、会話形式でわかりやすく解説している動画もございます。より深く理解したい方は、ぜひ以下の動画もご覧ください。