多くの中小企業にとって、事業承継は避けて通れない重要な経営課題です。後継者の育成や選定と並んで、大きなハードルとなるのが、先代経営者から後継者へ自社株式を引き継ぐ際に発生する「相続税」や「贈与税」の負担です。
特に、長年かけて成長させてきた会社の株式評価額が高額になっている場合、承継時の税負担が重すぎて、円滑な事業承継を阻む要因となるケースも少なくありません。
この問題を解決するために国が設けている制度が「事業承継税制(正式名称:非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例)」です。この制度を活用することで、事業承継に伴う税負担を実質的にゼロにできる可能性があります。
この記事では、事業承継税制の基本的な仕組み、現在利用できる非常に有利な「特例措置」の内容、適用を受けるための要件、そして利用する上での注意点について詳しく解説します。
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1. 事業承継税制とは?~納税猶予から免除へ~
制度の概要(自社株承継時の贈与税・相続税を猶予)
事業承継税制は、会社の経営権を後継者に引き継ぐために、先代経営者から後継者へ非上場の自社株式を贈与または相続により移転した場合に、その後継者が納付すべき贈与税や相続税の「納税が猶予される」制度です。
例えば、評価額5億円の自社株式を生前贈与した場合、通常であれば約2億7千万円もの贈与税が発生しますが、事業承継税制の適用を受ければ、この納税が猶予され、すぐに納付する必要がなくなります。
猶予された税金が免除される条件(次世代への承継等)
重要なのは、この制度が単なる「納税猶予」だけでなく、一定の要件を満たせば、最終的に猶予されていた税額が「免除」される点です。主な免除事由としては、以下のような場合があります。
- 猶予を受けている後継者が死亡した場合
- 猶予を受けている後継者が、さらに次の後継者に対して、この事業承継税制を使って株式を贈与した場合
つまり、後継者が事業を継続し、さらに次世代へとこの制度を活用して承継していく限り、実質的に贈与税や相続税の負担なく事業を引き継いでいくことが可能になるのです。
注意点:あくまで「猶予」であり、打ち切りリスクも存在
ただし、「猶予」期間中に一定の事由(後述)が発生した場合は、猶予されていた税額の全額または一部と、さらに利子税を合わせて納付しなければならなくなります。事業承継税制は、税負担を将来に先送りする制度であり、免除が確定するまでは打ち切りのリスクが伴うことを理解しておく必要があります。
2. 【2027年末まで】期間限定の「特例措置」を活用しよう
事業承継税制には、もともと存在する「一般措置」と、現在期間限定で設けられている「特例措置」があります。この特例措置は、一般措置に比べて要件が大幅に緩和されており、非常に使いやすい制度となっています。
特例措置とは?(一般措置との比較)
一般措置と比較した特例措置の主なメリットは以下の通りです。
- 対象株数の拡大: 一般措置では猶予対象となる株式は総株式数の「3分の2」までですが、特例措置では上限がなく「全株式」が対象となります。
- 納税猶予割合の拡大: 一般措置では贈与税は100%猶予ですが、相続税は「80%」までしか猶予されません。特例措置では贈与税・相続税ともに「100%」が猶予されます。これにより、特例措置を使えば、自社株にかかる税金の全額が猶予対象となります。
- 対象後継者数の拡大: 一般措置では対象となる後継者は原則1人のみですが、特例措置では最大3人までの後継者(共同経営など)に対して適用できます。
- 雇用維持要件の実質免除: 一般措置では、承継後5年間、平均で従業員数を8割以上維持するという厳しい要件がありますが、特例措置では、これを下回った場合でも、理由を記載した書類を提出すれば猶予が継続されるため、実質的にこの要件は免除されています。これは中小企業にとって大きなメリットです。
特例措置の適用期限
このように非常に有利な特例措置ですが、利用できる期間には限りがあります。
- 特例承継計画の提出期限:【重要】2026年(令和8年)3月31日
- 贈与・相続の実行(承継)期限:2027年(令和9年)12月31日
特例措置の適用を受けるためには、まず2026年3月31日までに、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて作成した「特例承継計画」を都道府県に提出し、確認を受ける必要があります。
計画の提出期限が迫っているため、利用を検討している場合は早急な対応が必要です。その上で、2027年12月31日までに実際に株式の贈与または相続を行う必要があります。
3. 事業承継税制(特例措置)の適用要件
事業承継税制の適用を受けるためには、会社、先代経営者、後継者のそれぞれが一定の要件を満たす必要があります。特例措置の場合の主な要件は以下の通りです。
(1) 会社に関する要件
- 中小企業であること: 中小企業基本法上の「中小企業者」に該当する必要があります(業種ごとに資本金や従業員数の基準あり)。
- 非上場企業であること: 上場企業は対象外です。
- 対象外業種でないこと: 風俗営業会社などは対象外です。
- 資産管理会社でないこと: 不動産保有型や株式保有型などの資産管理会社は原則対象外ですが、一定の事業実態(従業員数、事務所、事業継続期間など)があれば対象となる場合があります。
(2) 先代経営者(贈与者・被相続人)に関する要件
- 会社の代表者であった経験があること。
- 贈与・相続の直前において、会社の代表者でなく(贈与の場合)、かつ、後継者と合わせて総議決権数の過半数を保有し、後継者を除いた中で筆頭株主であったこと。
(3) 後継者(受贈者・相続人)に関する要件
- 贈与時に18歳以上であること。
- 贈与・相続の直前において役員であり(相続の場合は相続開始時に役員であること)、贈与・相続後に代表者であること。
- 贈与・相続により、会社の総議決権数の過半数を保有し、かつ、他の株主の中で筆頭株主となること。
(4) 承継後5年間の主な要件(継続要件)
納税猶予を受けた後、最低5年間は以下の要件を満たし続ける必要があります。
- 後継者が会社の代表者であり続けること。
- 後継者が猶予対象となった株式を継続して保有し続けること。
- (特例措置では実質免除ですが)原則として、承継時の従業員数を平均で8割以上維持すること。
特に「代表者であり続ける」という要件は、万が一、後継者が不祥事などで代表者を辞任せざるを得なくなった場合に、納税猶予が打ち切られるリスクがある点に留意が必要です。
4. 事業承継税制を利用する上での注意点・デメリット
事業承継税制は大きなメリットがある一方で、利用にあたっては以下のような注意点やデメリットも理解しておく必要があります。
注意点①:承継後に廃業すると納税+利子が発生する場合も
納税猶予期間中に会社が解散・廃業した場合、猶予されていた税額全額と、猶予期間に応じた利子税を合わせて納付しなければなりません。ただし、承継後5年を経過した後のやむを得ない理由による廃業など、一定の条件下では利子税が免除される場合もあります。
注意点②:M&A(株式譲渡)で納税猶予が打ち切りに
後継者が、納税猶予の対象となっている株式の全部または一部を譲渡した場合(M&Aなど)、その時点で納税猶予は打ち切られ、猶予されていた税額と利子税を納付する必要があります。
事業承継税制を利用すると、将来的なM&Aによるイグジット戦略が取りにくくなる可能性があります。ただし、株式の売却代金を納税資金に充てることは可能です。
注意点③:手続きが煩雑で専門家のサポートが不可欠
適用を受けるための「特例承継計画」の作成・提出、贈与・相続後の税務署への申告手続き、さらに承継後5年間は毎年、その後も後継者が変わるまで定期的に都道府県と税務署へ「継続届出書」を提出する必要があります。
これらの手続きは非常に複雑であり、事業承継に詳しい税理士などの専門家のサポートなしに進めることは困難です。また、対応できる専門家が限られているという現状もあります。
注意点④:その他、納税猶予の打切事由が多い
上記以外にも、会社の業種変更、資産管理会社への該当、継続届出書の未提出など、納税猶予が打ち切られる事由(打切事由)が細かく定められています。制度を利用する限り、これらのリスクと向き合い続ける必要があります。
検討ポイント:納税額試算と比較検討
事業承継税制は、適用できれば税負担を大きく軽減できる可能性がある一方で、長期にわたる制約やリスクも伴います。
そのため、まずは自社株の評価額を試算し、仮に事業承継税制を使わずに贈与・相続した場合の税額がどの程度になるのかを把握することが重要です。もし納税額が十分に準備できる範囲内であれば、あえてリスクのある納税猶予制度を利用しない、という選択肢も十分に考えられます。
まとめ
事業承継税制、特に現在利用可能な「特例措置」は、後継者への自社株式承継に伴う贈与税・相続税の負担を実質的にゼロにできる可能性がある、非常に強力な制度です。会社の株価が高く、承継時の税負担がネックとなっている場合には、活用を検討する価値は十分にあります。
ただし、特例措置の適用を受けるためには、提出期限が迫っています。利用を検討する場合は、早急に専門家へ相談し、準備を進める必要があります。 また、適用要件が複雑であること、承継後も長期にわたる義務や納税猶予の打ち切りリスクが存在することも忘れてはなりません。メリットとデメリット、リスクを十分に理解し、自社の状況や将来計画を踏まえた上で、慎重に利用を判断することが肝要です。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な手続きや要件について知りたい場合に、参考にしてください。