個人事業主やフリーランスとして活動されている方にとって、毎年の国民健康保険料(以下、国保料)の納付は、家計における大きな負担の一つではないでしょうか。
会社員が加入する社会保険(健康保険)と比較して割高に感じられることも多く、特に確定申告の内容によっては、翌年度の国保料が予想以上に高額になり、驚いた経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
「なぜ確定申告をすると国保料が上がってしまうのか?」「この負担を少しでも安く抑える方法はないのだろうか?」こうした疑問や悩みは、多くの個人事業主の方に共通するものです。
この記事では、まず国民健康保険と会社員などが加入する社会保険との基本的な違い、国保料がどのように計算されるのかという算定方法を解説します。その上で、確定申告によって国保料が高くなってしまう具体的なケースと、実践可能な4つの節約・対策方法について詳しくご紹介していきます。
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1. 国民健康保険と社会保険(会社員等の健康保険)の違い
日本の公的医療保険制度は、大きく分けて、主に会社員とその家族が加入する「健康保険(いわゆる社会保険の一つ)」と、自営業者や年金生活者、非正規雇用者などが加入する「国民健康保険」があります。両者にはいくつかの重要な違いがあります。
運営主体と保険料の違い
国民健康保険の運営主体は、各市区町村および国民健康保険組合です。そのため、保険料率や算定方法は、お住まいの市区町村によって異なります。一方、社会保険の健康保険は、主に全国健康保険協会(協会けんぽ)や各企業・業界が設立する健康保険組合が運営しています。
保険料の負担割合
国民健康保険の保険料は、加入者が全額を自己負担します。これに対し、社会保険の健康保険料は、被保険者(従業員)と事業主(会社)が半分ずつ負担する「労使折半」が原則です。この点が、国保料が割高に感じられる大きな理由の一つです。
ただし、年金保険料まで含めた社会保険料全体で見ると、国民年金が定額であるのに対し、厚生年金は給与額に応じて変動するため、一概にどちらの総負担が軽いとは言えません。
扶養制度の有無
社会保険の健康保険には「扶養」の制度があり、被保険者の収入で生計を立てている一定範囲内の家族(配偶者、子、父母など)は、追加の保険料負担なしで被扶養者として健康保険に加入できます。
一方、国民健康保険には扶養の概念がなく、世帯の加入者一人ひとりについて保険料が計算されます(未成年者など所得のない加入者については均等割額のみなど、軽減措置はあります)。そのため、扶養家族が多い世帯の場合、社会保険の方が世帯全体の保険料負担は少なくなる傾向があります。
加入対象者の違い
社会保険の健康保険は、原則として会社等に雇用されている正社員や、一定の条件を満たすパートタイマー・アルバイトなどの短時間労働者が加入対象です。これらに該当しない自営業者、フリーランス、無職の方、退職された方などが国民健康保険の主な加入者となります。
2. 国民健康保険料はどうやって決まる?算定方法の基本
国保料が高くなるケースや対策を理解するためには、まず国保料がどのように計算されるのかを知っておく必要があります。
保険料の構成
国保料は、主に以下の3つの区分で構成され、それぞれについて保険料が計算され、その合計額を納付します。
- 医療分: 加入者の医療費に充てられる基本的な保険料。
- 後期高齢者支援金分(支援金分): 後期高齢者医療制度を支えるための保険料。
- 介護分: 40歳から64歳までの方が納める、介護保険制度のための保険料。
賦課方式(均等割、所得割など)
各区分(医療分、支援金分、介護分)の保険料は、さらに複数の賦課方式を組み合わせて計算されます。主なものに以下の4つがあり、市区町村によって採用する方式の数(2~4方式)や組み合わせが異なります。
- 所得割: 加入者の前年の所得に応じて計算されます。
- 均等割: 世帯の加入者数に応じて計算されます(一人あたり定額)。
- 平等割: 一世帯あたり定額で計算されます(世帯割とも呼ばれます)。
- 資産割: 加入者の固定資産税額などに応じて計算されます(導入していない市区町村も多い)。
【重要】所得割の算定基礎となる「総所得金額等」とは
これらのうち、特に保険料額の変動に大きく影響するのが「所得割」です。所得割額は、「(前年の総所得金額等 - 住民税基礎控除額43万円)× 所得割率」といった形で計算されます。
ここで重要なのが「総所得金額等」の中身です。これには、事業所得、不動産所得、給与所得、雑所得といった総合課税の対象となる所得だけでなく、株式等の譲渡所得、土地・建物等の譲渡所得、配当所得といった申告分離課税の対象となる所得も原則として含まれます。これが、確定申告の内容によって国保料が大きく変動する主な理由です。
3. 確定申告で国民健康保険料が高くなる主なケース
前述の通り、国保料の所得割は「総所得金額等」に基づいて計算されます。そのため、確定申告によってこの「総所得金額等」が増加すると、翌年度の国保料も高くなることになります。具体的に注意すべきケースを見ていきましょう。
ケース①:事業所得や雑所得(FX、暗号資産等)が増加した場合
これは最も基本的なケースです。個人事業の業績が好調で事業所得が増えたり、FX取引や暗号資産(仮想通貨)取引、あるいは副業の原稿料などで雑所得が大きく増えたりすると、その分「総所得金額等」が増加し、国保料も上がります。
一時的な収入(例えば、生命保険の一時金や満期返戻金なども一時所得として総所得金額等に含まれる場合があります)や、不動産売却による譲渡所得があった場合も同様です。
ケース②:「源泉徴収ありの特定口座」で株式等の譲渡損失を損益通算した場合
株式投資を行う際、多くの方が「特定口座(源泉徴収あり)」を利用しています。この口座では、株式等の売買益に対して税金が源泉徴収されるため、原則として確定申告は不要です。そして、申告不要を選択した場合、その口座内の利益は国保料の算定基礎となる「総所得金額等」には含まれません。
しかし、複数の証券口座を持っていて、ある特定口座では利益が出ているが、別の(特定口座または一般口座の)株式取引で損失が出ている場合、確定申告を行うことでこれらの損益を通算し、源泉徴収された税金の還付を受けることができます。
この損益通算自体は節税上有利な行為ですが、確定申告をすると、それまで国保料の算定対象外だった「源泉徴収ありの特定口座」の利益も「総所得金額等」に含まれてしまうのです。
その結果、還付される所得税額よりも、翌年度に増加する国保料の方が大きくなり、トータルで損をしてしまう可能性があります。
ケース③:「源泉徴収ありの特定口座」で株式等の譲渡損失の繰越控除を利用した場合
株式等の取引で年間の損失額が大きく、損益通算してもなお損失が残る場合、確定申告をすることでその損失を翌年以降3年間にわたって繰り越し、将来の利益と相殺することができます(繰越控除)。
この繰越控除の適用を受けるためには、損失が発生した年だけでなく、その後利益が出て損失と相殺する年においても連続して確定申告が必要です。 この場合も、ケース②と同様に、「源泉徴収ありの特定口座」で利益が出ている年に繰越控除を利用するために確定申告をすると、その口座の利益が国保料の算定基礎に含まれてしまい、保険料が増加するリスクがあります。
ケース④:配当控除を受けるために総合課税で配当所得を申告した場合
上場株式等の配当金は、受け取る際に所得税等が源泉徴収されており、確定申告不要を選択できます(申告不要の場合、国保料算定にも影響しません)。しかし、配当所得をあえて総合課税として確定申告することで、配当控除という税額控除を受けられる場合があります。
配当控除は、配当所得の金額の最大10%(所得税)+2.8%(住民税)が税額から直接差し引かれるもので、所得金額によっては有利になることがあります。
ただし、この場合も、総合課税で申告した配当所得は「総所得金額等」に含まれるため、国保料が増加する可能性があります。
4. 国民健康保険料を合法的に安く抑える方法4選
では、高くなりがちな国保料を少しでも安く抑えるためには、どのような対策が考えられるでしょうか。
(1) 経費を漏れなく計上し、課税所得を圧縮する
個人事業主の場合、国保料の所得割は事業所得などの所得金額に基づいて計算されます。したがって、事業に必要な経費を漏れなく、かつ正確に計上し、課税対象となる所得金額をできるだけ低く抑えることが、国保料節約の最も基本的な対策となります。
特に、自宅兼事務所の家賃や水道光熱費、通信費、自家用車を事業でも使用している場合の車両関連費など、プライベートな支出と事業用の支出が混在している「家事関連費」については、事業で使用した割合を合理的に計算(家事按分)し、忘れずに経費計上しましょう。また、経営セーフティ共済(倒産防止共済)の掛金は全額必要経費に算入できるため、これも所得圧縮に有効です。
(2) 国民健康保険組合(国保組合)への加入を検討する
特定の業種(例:建設業、医師、歯科医師、薬剤師、税理士、弁護士、デザイナー、文芸美術家など)に従事している個人事業主やフリーランスの方は、その業種ごとの「国民健康保険組合(国保組合)」に加入できる場合があります。
多くの国保組合では、所得に関わらず保険料が一定額(定額保険料)となっているため、所得が高い方にとっては、市区町村の国民健康保険よりも保険料が大幅に安くなる可能性があります。
ただし、加入には一定の条件があり、また、市区町村の国保とは保障内容(給付の種類や付加給付など)が異なる場合もあるため、加入条件や保障内容をよく確認する必要があります。
(3) 青色申告を行い、各種控除を活用する
個人事業主の方が確定申告をする際、「白色申告」ではなく「青色申告」を選択することで、様々な税制上の特典を受けることができますが、その一つである「青色申告特別控除(最大65万円)」は、国保料の算定基礎となる「総所得金額等」の計算上も控除対象となります。
つまり、青色申告をするだけで、課税所得が最大65万円減り、その結果として国保料も安くなるのです。青色申告には他にも、赤字の3年間繰越控除や少額減価償却資産の特例などのメリットがあるため、事業所得がある方は積極的に活用すべきです。
(4) 法人化(マイクロ法人含む)を検討する
個人事業主としての所得が非常に高くなり、国保料の負担も上限近くになっているような場合は、法人を設立し(いわゆる法人成り)、自身はその法人の役員となって役員報酬を受け取る形にすることで、トータルの税・社会保険料負担を軽減できる可能性があります。
法人化すると社会保険(健康保険・厚生年金)に加入することになりますが、役員報酬の額を調整することで、社会保険料をコントロールしやすくなります。例えば、役員報酬を社会保険料が低く抑えられる水準(例:月額6万3千円未満で最低等級)に設定し、利益の大部分は法人に残す(そして法人税を納める)といった形です。
ただし、近年は社会保険の適用範囲が拡大する傾向にあり、この方法の有効性が将来的に変わる可能性も考慮に入れる必要があります。法人化は、設立・維持コストもかかるため、慎重な検討が必要です。
まとめ
国民健康保険料は、前年の「総所得金額等」を基に計算されるため、確定申告の内容、特に株式譲渡益や配当所得の申告方法によって、大きく変動する可能性があります。「源泉徴収ありの特定口座」だから安心とは限らず、節税目的の確定申告が結果的に国保料の負担増を招くケースには十分な注意が必要です。
国保料の負担を軽減するためには、まず経費を正確に計上し所得を圧縮すること、そしてご自身の業種や所得状況に応じて、国保組合への加入や青色申告の活用、さらには法人化といった選択肢を検討することが有効です。
各対策にはそれぞれメリット・デメリットがあり、また税法や社会保険制度は頻繁に改正されます。ご自身の状況をよく把握した上で、必要であれば税理士や社会保険労務士などの専門家と相談しながら、最適な方法を選択していくことが、賢明な資産防衛につながります。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な計算例や最新の情報を知りたい場合に、参考にしてください。