事業が軌道に乗り、大きな成功を収めた経営者。その姿は多くの人の目に輝かしく映ります。しかし、その成功の頂点から一転、築き上げたものすべてを失ってしまう…そんなケースは、残念ながら後を絶ちません。なぜ、彼らは転落してしまったのでしょうか。
成功は、時として経営者から冷静な判断力を奪い、足元に様々な「罠」を仕掛けてきます。これは、決して他人事ではありません。
本記事では、これまで多くの経営者の栄光と挫折を見てきた経験から、成功者が陥りがちな8つの典型的な失敗パターンを分析し、そうならないための心構えと具体的な対策を解説します。
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【事業戦略の罠】足元を揺るがす3つのリスク
まず、会社の根幹である事業戦略そのものに潜む、見過ごされがちなリスクから見ていきましょう。
(1)特定取引先への過度な依存
特定の元請けや大口顧客との関係が良好で、そこからの受注だけで安定した売上が確保できている状態は、一見すると安泰に思えます。しかし、これは非常に危険な状態です。
売上の大部分を1〜2社に依存していると、その取引先の方針転換や業績悪化、担当者の変更といった不測の事態で取引が打ち切られた瞬間に、自社の売上はほぼゼロになってしまいます。
対策として、常に「最大手の取引先からの売上を、全体の20%以内に抑える」という意識を持つことが重要です。常に新規顧客を開拓し続け、リスクを分散させる努力を怠らないこと。それが、外部環境の変化に耐えうる強い経営基盤を築く第一歩です。
(2)後継者・ナンバー2の不在
多くの中小企業は、社長個人の能力やカリスマ性によって支えられています。しかし、その社長が万が一、事故や病気で長期離脱してしまったら、会社はどうなるでしょうか。社長の代わりを務められる人材がいなければ、事業は一瞬にして停滞し、最悪の場合、廃業に追い込まれます。
これは、会社の未来を左右する極めて重大なリスクです。元気なうちから、自分の「分身」とも言えるナンバー2や、事業を託せる後継者の育成に計画的に取り組まなければなりません。誰に会社の株式を引き継がせるのか、その意思を遺言書という形で明確にしておくことも、残された社員や家族を守るための経営者の責任です。
(3)幹部やキーマンの離脱
事業の核となる、優秀な幹部やトップ営業マンの離脱も、会社の存続を脅かす大きなリスクです。特に、社長自身に営業力がなく、特定の営業担当者の売上に頼っている場合、その社員が独立したり、競合に引き抜かれたりした時点で、会社の生命線が断たれてしまいます。
「彼らはずっと自社にいてくれるはずだ」という期待は禁物です。実力のある人材ほど、より良い条件や新たな挑戦の場を求めるのは自然なことです。社員はいつか離れるもの、という前提に立ち、社長自身が会社の「最高の営業マン」であること、そして特定の個人に依存しない組織体制を構築しておくことが不可欠です。
【経営者個人の罠】成功がもたらす心の隙
次に、事業の成功が経営者自身の心にもたらす、より根深く、危険な罠について解説します。
(1)傲慢な態度とコンプライアンス意識の欠如
成功体験を重ね、周囲から「すごい」とちやほやされるようになると、人間は誰しも万能感を抱き、知らず知らずのうちに謙虚さを失いがちです。「俺がいないとこの会社は回らない」「俺の言うことは絶対だ」といったワンマン経営に陥り、社員に対して横柄な態度を取るようになると、組織の空気は一気に淀みます。
その先にあるのが、パワハラやセクハラといったコンプライアンス違反です。近年、世間を騒がせている不祥事の多くも、根源をたどれば経営者の「驕り」に行き着くケースが少なくありません。驕りは、社員の心を離れさせ、一斉退職といった形で、手痛いしっぺ返しを食らう原因となります。
常に「自分は調子に乗っていないか」と自問自答し、謙虚な姿勢を保ち続ける。簡単なようで、これほど難しい自己規律はありません。
(2)「美味しい話」への安易な投資
経営者として成功し、会社に資金的な余裕が生まれると、不思議なほど多くの「美味しい話」が舞い込んでくるようになります。「この新規事業に投資しませんか」「絶対に儲かる投資話があるのですが」といった誘惑です。
しかし、こういった話のほとんどは、失敗に終わるか、悪質な詐欺であるケースが大半です。特に、自社の本業とは全く異なる畑違いの事業、例えば「儲かっているから飲食店でもやってみようか」といった安易な考えで始めた事業は、その道一筋で人生を懸けているプロたちに勝てるはずがありません。
成功によって得た資金は、自社の本業をさらに強化・深耕するために使うのが鉄則です。未知の領域への投資は、それ自体が大きなリスクであることを肝に銘じるべきです。
(3)私生活の乱れと見栄
成功は、時に私生活をも蝕みます。夜のお店で派手に散財し、周囲からの賞賛を得ることに快感を覚えたり、成功の証として高級車を乗り回し、タワーマンションに住んだり。もちろん、努力の対価として豊かな生活を送ることは何ら悪いことではありません。
問題なのは、「見栄」によって、一度上げた生活レベルを下げられなくなることです。事業の波は必ず上下します。業績が少し悪化しても、「周囲から落ちぶれたと思われたくない」という一心で、借金をしてまで派手な生活を維持しようとする。やがて会社の資金に手を付け始め、公私混同が常態化し、破滅への道を突き進んでいくのです。
「酒、女性、金(借金)」は、古来より成功者を破滅させてきた3大要因です。成功した時こそ、足るを知り、身の丈に合った生活を心掛ける冷静さが求められます。
【法と倫理の罠】一瞬ですべてを失う過ち
最後に、経営者が絶対に越えてはならない一線についてです。
利益と引き換えに手を染める「脱税」
会社に多額の利益が出ると、それに応じて多額の税金を納めることになります。その納税額の大きさに、「なんとかして払う税金を減らせないか」という気持ちが芽生えるのは、経営者として自然な心理かもしれません。
しかし、合法的な「節税」のラインを越え、「脱税」という犯罪に手を染めた瞬間に、すべてを失うリスクを背負うことになります。架空経費の計上や売上の除外といった手法は、税務調査で必ず見抜かれます。追徴課税や延滞税といった金銭的なペナルティはもちろん、社会的な信用も完全に失墜し、事業の継続そのものが不可能になります。
納税は、国民の義務であると同時に、事業を成功させた「証」でもあります。その誇りを忘れ、目先の利益のために道を踏み外すことほど、愚かで割に合わない行為はありません。
まとめ
企業の寿命は、外部の事業環境の変化だけでなく、経営者自身の「心」の変化によっても大きく左右されます。成功は経営者に自信を与えますが、同時に驕りや油断、そして新たな誘惑をもたらします。
今回ご紹介した8つの失敗パターンは、すべてこの「心の隙」から生まれると言っても過言ではありません。
- 特定取引先への依存
- 後継者の不在
- 幹部の離脱
- 傲慢な態度
- 美味しい話に乗る
- 急拡大による内部崩壊
- 脱税
- 私生活の乱れ
これらの罠に陥らないためには、成功している時こそ、常に最悪の事態を想定してリスクを管理し、謙虚に周囲の声に耳を傾け、学び続ける姿勢を忘れないこと。その地道な自己規律こそが、一過性ではない、持続的な成功を掴むための唯一の道なのです。