税務調査について「真面目に経理をしているのに頻繁に調査が入る会社」と「いい加減なのに一度も来ない会社」があるのを見て、結局は運次第ではないかと感じている経営者の方は少なくないと思います。確かに従来は、調査官の経験や勘に頼った属人的な選定が行われており、ある種の「運ゲー」的な側面が存在していたのは事実です。
しかし、その時代は2026年で完全に終わりを迎えます。国税庁が本格稼働させる新システム、通称「KSK2(国税総合管理システム2)」によって、税務調査の対象選定は人間ではなくAIが担うようになるのです。本記事では、AIによる税務調査時代の全貌と、狙われやすい会社の特徴、そして経営者が今すぐ取るべき防衛策について詳しく解説します。
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税務調査は「属人」から「AI」の時代へ
KSK2の稼働により、税務調査の運用は根本から変わります。主な変化は次の4点に整理できます。
(1)調査官ごとのバラつきがなくなる
これまでは、管轄税務署の統括官が「今年は建設業を重点的に見よう」「この地域は景気がいい」といった経験則で調査先を選定していました。そのため、担当者の能力や繁忙状況によって、見逃されるケースもあったのです。
しかしKSK2導入後は、AIが全国統一の基準で全データを分析します。地域やベテラン・新人の違いに関係なく、AIが「異常値」を検知すれば自動的に調査リストに載るため、地域差や担当者差による「逃げ道」は実質的に消滅します。
(2)データが一元化される
これまで国税庁内部では、法人税、所得税、相続税といった税目ごとに担当部署が分かれており、情報連携が十分ではありませんでした。会社の経費に不審な点があっても、社長個人の確定申告までチェックが及ばないこともあったのです。
KSK2では、この縦割りが解消されます。法人の決算書、社長個人の確定申告、家族の相続税・贈与税申告、さらには金融機関の取引情報まで、横断的に紐付けられて分析されるようになります。たとえば会社の経費で家族のブランド品を購入した場合、家族のクレジット履歴や資産状況と照合され、「この経費は不自然」と即座に判定される可能性が出てきます。お金の流れにプライバシーはない、と考えるべき時代です。
(3)調査官がデータ武装してくる
これからの調査官はタブレット端末を携えて臨場します。現場でKSK2にリアルタイムでアクセスできるため、「この取引先は確かこうだったはず」といった曖昧な説明はその場で照合されます。相手企業の申告データや銀行取引情報を即座に検索し、「向こうの会社にはこの日の入金記録がありません」と突きつけられるため、その場しのぎの説明は通用しなくなります。
(4)引っ越し逃れの無効化
かつては税務調査を回避するため本店所在地を移転し、管轄税務署を変えるという手法が囁かれていました。管轄が変わるとデータの引き継ぎに時間がかかり、優先順位が下がることが実際にあったためです。
しかし全国一元管理のKSK2では、この手法は通用しません。むしろ不自然なタイミングで移転を繰り返すと、AIが「怪しい行動パターン」としてマークするため、逆に調査の呼び水になってしまいます。
AIに狙われる会社の判断基準
では、AIは具体的にどのような観点から「クロ」あるいは「グレー」と判定するのでしょうか。主に次の3つの観点があります。
| 判定観点 |
内容 |
検知される具体例 |
| 同業他社との比較 |
業種・規模別の平均値からの乖離 |
利益率が極端に低い、外注費が同規模他社の倍以上 |
| 自社内での変動 |
過年度との比較で不自然な動き |
売上増なのに利益横ばい、期末月だけ経費急増 |
| 取引先情報との照合 |
インボイスデータ等の突合 |
取引先の支払額と自社の売上計上額の不一致 |
同業他社との比較
1つ目は「同業他社との平均値との比較」です。国税庁は何万社という膨大なデータを保有しており、業種・規模ごとの平均値の精度は極めて高い水準にあります。「年商3億円の建設業なら、交際費はこの程度、粗利率はこの程度」といったベンチマークから外れる企業は、自動的に異常値として検知されます。
たとえば「同業他社に比べて利益率が異常に低い」「外注費が倍以上ある」といった数字上の違和感は、すぐにピックアップされます。特殊なビジネスモデルゆえに数値が他社と異なる場合もありますが、AIには「言葉による事情」は通じません。理由の有無にかかわらず、数字が標準から外れていれば調査候補リストに載ることになります。
自社内での不自然な変動
2つ目は「自社の過去データとの比較」です。とりわけ怪しまれるのは、売上が伸びているにもかかわらず利益が変わらない、あるいは減っているケースです。
また期末月だけ急激に経費が増えている、役員借入金や貸付金の残高が頻繁に変動しているといった動きも、「利益操作の疑いあり」として検知されやすい傾向があります。決算対策として行った支出であっても、説明なしには疑念を持たれるリスクがあるということです。
取引先情報との照合
3つ目が「取引先情報との突合」です。これはインボイス制度の本格運用と密接に関係しています。
これまでは反面調査として、調査官が相手先企業に赴いて帳簿を突き合わせなければ判明しなかった事実が、AIなら瞬時に照合可能となります。たとえば取引先A社が「貴社に100万円支払った」と申告しているにもかかわらず、貴社で「A社から100万円受領した」という売上計上がなければ、システム内でアラートが発生します。
自社の帳簿だけ完璧に辻褄を合わせても、取引相手側のデータから不整合が露呈する仕組みが完成しつつあるのです。
AI時代に社長が取るべき防衛策
ここまで読むと不安を感じる方も多いと思いますが、AIの特性を逆手に取った有効な対策が存在します。
書面添付制度の活用
最も強力な対策の一つが「書面添付制度」の活用です。これは申告書と一緒に、税理士が「決算内容の品質保証書」とも言える書面を提出する制度です。「ここの数字が大きく変動しているのは、こうした事情によるものです」「この部分は税理士として責任を持ってチェックしました」といった内容を具体的に記載します。
AIは「理由のない異常値」を検知する仕組みですから、異常値が発生した背景や根拠が事前に書面で説明されていれば、その数値は「怪しい」と判定されにくくなります。さらに、この書面を添付しておくと、いきなり実地調査に来るのではなく、まず税理士に対して「意見聴取」が行われます。そこで疑問点が解消されれば、実地調査そのものが省略されるケースもあるのです。
税理士側に手間と責任が発生するため、すべての税理士が積極的に対応しているわけではありませんが、2026年以降はこの制度の重要性が一層高まると考えられます。
法人事業概況説明書の摘要欄を活用する
次に有効なのが「法人事業概況説明書」の活用です。これは決算申告時に提出する書類ですが、その中の「摘要欄」や「営業成績の概要」欄を空白のまま提出している会社が非常に多いのが実情です。
ここを空白にしておくと、AIには変動の理由が伝わらず、数値だけが独り歩きしてしまいます。「売上が下がったのは、主要取引先のA社との契約終了によるもの」「外注費が増えたのは大型案件の受注に伴うもの」といった具合に、数値変動の理由を自ら積極的に記載しておくことが重要です。
現在のAIは自然言語処理の精度が向上しており、テキストデータも適切に読み込みます。「聞かれたら答える」のではなく、「聞かれる前に書いておく」という姿勢が、AI時代の申告では決定的に重要となります。
経理の完全デジタル化
調査官側がデジタル武装してくる以上、企業側もデジタルで対応できる体制を整える必要があります。調査官がタブレットで疑義を提示した瞬間に、こちらもPCで即座に領収書や証憑データを提示できれば、「管理が行き届いた会社」という印象を与えられ、それ自体が抑止力として機能します。
逆に、紙の領収書を一枚ずつ探し回るような体制では、それ自体が「ずさんな管理体制」と見なされ、追加の疑念を招きかねません。
適正申告という大前提
そして最も重要な大前提は、適正な申告を行うことです。AIの目を欺くために小手先の処理を施したり、二重帳簿を作成したりすることに労力を割くくらいなら、堂々と正しい申告を行い、本業で利益を伸ばすことに集中したほうが、長期的には圧倒的に合理的です。
経営の実態を正確に数字に反映させ、その背景にあるストーリーをきちんと言語化して伝えれば、AIは貴社を「優良な納税者」として認識します。常に税務調査を恐れて過ごすより、精神衛生上もはるかに健全な経営状態が実現できるはずです。
まとめ
2026年のKSK2本格稼働により、税務調査は「運」ではなく「データ」で対象が決まる時代へと移行します。調査官ごとのバラつきは消え、法人と個人、家族のデータまで横断的に分析され、取引先との突合も自動化されていきます。これまで通用していた「逃げの戦略」は、ほぼすべてが無効化されていくと考えるべきでしょう。
一方で、AIの特性を理解し、書面添付制度や法人事業概況説明書の摘要欄を活用して「数字の背景を言語化して伝える」ことができれば、AIは味方にもなり得ます。経理のデジタル化を進め、適正な申告を貫くことが、AI時代における最も確実な防衛策です。
恐れるのではなく、透明性の高い経営体制を整え、AIに「優良企業」と認識される会社をつくっていくこと。それこそが、これからの経営者に求められる新しい資産防衛のかたちと言えます。
なお、書面添付制度の具体的な運用方法や、KSK2時代の調査リスクへの備え方については、税理士が実務的な観点からさらに詳しく解説している動画もありますので、ぜひあわせてご覧ください。AI時代の税務調査対策をより深く理解する一助になるはずです。