個人事業主として事業が軌道に乗り、所得が増えてくると、多くの方が「法人化(法人成り)」を検討し始めます。特に、従業員を雇わず一人で事業を運営している「一人社長」というスタイルは、近年ますます増えています。
しかし、法人を設立するには登記費用などの初期コストがかかり、赤字でも発生する税金や社会保険料の負担、経理処理の複雑化といったデメリットもあるため、「コストをかけてまで法人化するメリットはあるのだろうか?」と二の足を踏む方も少なくありません。
結論から言うと、個人事業主と一人社長(法人)では、活用できる節税策の幅が大きく異なり、適切な知識を持って法人化すれば、手元に残るキャッシュを年間で数百万円単位で増やすことも可能です。
この記事では、まず一人社長がなぜ節税に向いているのか、その基本的な理由を解説し、その上で、個人事業主では使えない、あるいは使いにくい、一人社長だからこそ活用できる11個の具体的な節税テクニックについて、詳しくご紹介していきます。
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1.なぜ一人社長は節税に向いているのか?
個人事業主から一人社長へと法人化することで、税務上、主に3つの大きなメリットが生まれます。これが、一人社長が節税に向いていると言われる基本的な理由です。
①所得税と法人税の税率構造の違い
個人の所得税は、所得が多くなるほど税率が高くなる「超過累進課税」が採用されており、住民税と合わせると最高税率は約55%にも達します。
一方、資本金1億円以下の中小法人の場合、法人税の実効税率は、所得(利益)が年800万円以下の部分は約25%、それを超える部分でも約34%程度で、それ以上は上がりません。所得が高い方ほど、法人化して役員報酬を受け取る形にした方が、トータルの税負担を抑えられる可能性が高くなります。
②給与所得控除の適用
法人化すると、社長は会社から役員報酬という「給与」を受け取ることになります。給与所得者には、収入に応じて計算される「給与所得控除」という、みなし経費が適用されます。
この控除は、領収書などがなくても無条件で所得から差し引くことができ、最大で195万円にもなります。個人事業主の青色申告特別控除(最大65万円)と比較しても、大きなメリットと言えます。
③経費として認められる範囲の拡大
法人化することで、個人事業主では経費にしにくかった支出も、会社の経費(損金)として計上しやすくなります。これから解説する11の節税テクニックの多くは、この「経費範囲の拡大」を最大限に活用するものです。
2.一人社長が実践すべき11の節税対策
それでは、一人社長が活用できる具体的な節税テクニックを見ていきましょう。
①創立費・開業費を「繰延資産」として活用する
法人設立にかかった費用(創立費)や、設立後から営業開始までにかかった準備費用(開業費)は、全額を経費にできます。さらに、これらの費用は「繰延資産」として計上し、償却(経費化)するタイミングと金額を、将来の利益状況に合わせて自由に決めることができます。
例えば、事業が赤字のうちは償却せず、大きな利益が出た年にまとめて全額を償却する、といった柔軟な利益調整が可能です。これは、法人ならではの非常に使い勝手の良い節税策です。
②役員報酬を戦略的に設定する
役員報酬は、会社の経費の中で最も大きな割合を占めるものの一つです。その金額をいくらに設定するかで、法人税と社長個人の所得税・社会保険料のバランスが大きく変わります。
「法人と個人の手取り合計額」が最大になる最適な役員報酬額を、シミュレーションを通じて見つけ出すことが、節税の基本にして最も重要なポイントです。設定次第では、年間で200万円以上、手元に残るキャッシュが変わることもあります。
③役員賞与を活用して利益調整と社会保険料削減
役員への賞与は、原則として経費にできませんが、「事前確定届出給与」という手続きを税務署に行うことで、損金算入が可能になります。これを活用し、決算月の直前に支給日を設定しておけば、期末の利益状況に応じて支給するか否かを判断する、という決算対策のオプションとして使えます。
さらに、賞与にかかる社会保険料には上限があるため、毎月の役員報酬を低く抑え、その分を高額な役員賞与として支給することで、トータルの社会保険料負担を軽減するという「裏技」も存在します。(※ただし、この手法は将来的に制度改正のリスクもあります。)
④役員退職金を準備する
個人事業主にはない、法人ならではの最大のメリットの一つが「退職金」です。将来、社長が退任する際に支給する退職金は、法人にとっては多額の損金となり、受け取る社長個人にとっても、税制上非常に優遇された「退職所得」として、低い税負担で受け取ることができます。現役のうちから、生命保険などを活用して計画的に退職金を準備しておくことは、最強の出口戦略と言えるでしょう。
⑤各種共済制度をフル活用する
- 小規模企業共済:社長個人の退職金を準備する制度です。掛金(最大月7万円)は全額が個人の所得控除の対象となり、役員報酬に掛金分を上乗せすることで、実質的に法人の経費として扱うことも可能です。
- 経営セーフティ共済(倒産防止共済):取引先の倒産に備える制度ですが、掛金(最大月20万円)は全額が法人の損金となります。40ヶ月以上加入すれば解約時に全額が戻ってくるため、節税しながら簿外に資金をプールできる、非常に人気の高い制度です。
⑥出張手当で非課税所得を作る
「出張旅費規程」を整備すれば、社長自身に出張手当(日当)を支給できます。この手当は、会社の経費(損金)となり、消費税の節税にも繋がります。そして、受け取った社長個人にとっては、所得税・住民税がかからない非課税所得となります。出張が多い社長にとっては、合法的に、かつ非課税で会社から個人へ資金を移転できる、極めて有効な手段です。
⑦役員社宅制度で家賃を経費化する
社長の自宅を、会社名義で賃貸契約し、社宅として利用する制度です。社長は、会社に対して相場より低い家賃相当額を支払うだけで済み、会社が家主に支払う家賃との差額は、会社の経費となります。
役員報酬をその分引き下げれば、個人の税・社会保険料負担も軽減され、実質的な手取り額を増やす効果が期待できます。
⑧法人名義で車を購入・活用する
法人名義で車を購入すれば、その購入費用を減価償却費として経費計上できるほか、ガソリン代、保険料、税金、駐車場代といった維持費も全て経費にできます。
特に「4年落ち中古車」を活用すれば、購入初年度に全額を経費化できる可能性もあり、大きな節税効果が期待できます。
⑨自家用車を社用車として活用する
新たに車を購入しなくても、社長が個人で所有している自家用車を、法人で活用する方法もあります。例えば、法人と社長個人との間で「車両賃貸借契約」を結び、会社が社長にリース料を支払う形にすれば、そのリース料や、ガソリン代、駐車場代などを会社の経費として計上することが可能です。
⑩決算月を戦略的に変更する
個人事業主の事業年度は1月~12月に固定されていますが、法人は決算月を自由に設定・変更できます。例えば、会社の繁忙期が終わった直後の月を決算月に設定すれば、年間の利益予測が立てやすくなり、決算までの期間に余裕をもって、計画的な節税対策を実行することができます。
⑪消費税の納税義務が最大2年間免除される
個人事業主から法人成りした場合、一定の要件を満たせば、設立から最大2年間、消費税の納税が免除されます。消費税の納税義務は、原則として2期前の課税売上高で判定されるため、設立後1期目と2期目は、基準となる期間がなく、免税事業者となるためです。(※ただし、資本金1,000万円以上の場合や、特定期間の売上・給与が1,000万円を超えた場合などは、早期に課税事業者となります。)
まとめ
個人事業主から一人社長へと法人化することは、設立・維持コストというデメリットを上回る、多様な節税メリットを享受できる可能性があります。役員報酬の設計、社宅や出張手当といった制度の活用、そして各種共済制度や税制特例の適用など、個人事業主では使えなかった節税の選択肢が、劇的に広がります。
一般的には、個人の課税所得が900万円を超え、所得税・住民税の合計税率が法人税の実効税率を上回り始める頃が、法人化を検討する一つの目安とされています。
これらのメリットを正しく理解し、自社の利益状況や将来の事業計画と照らし合わせて、最適なタイミングで法人化を検討することが、事業の成長と資産防衛の両立につながるでしょう。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な事例やさらに詳しいメリットについて知りたい場合に、参考にしてください。