予想以上に利益が多く出た年度末、「何か効果的な節税策はないか?」と頭を悩ませる経営者の方は少なくないでしょう。
様々な節税手法がありますが、中でも中小企業や個人事業主にとって活用しやすく、即効性のある制度として「少額減価償却資産の特例」が挙げられます。
この特例をうまく使えば、パソコンやオフィス家具など、事業に必要な比較的高額な備品等の購入費用を、購入したその年の経費として一括で計上することが可能です。
しかし、この便利な特例も、適用要件や注意点を正しく理解していないと、思わぬ落とし穴にはまる可能性もあります。本記事では、まず減価償却の基本をおさらいした上で、少額減価償却資産の特例の詳細な内容、適用要件、注意点、さらにはより大きな金額を経費化できる関連制度について解説していきます。
The following two tabs change content below.
減価償却の基本:なぜ一括で経費にできないのか?
本題に入る前に、まず「減価償却」という会計処理の基本的な考え方について触れておきましょう。
企業が事業活動のために購入したパソコン、機械、車両、建物などの固定資産は、通常、長期間にわたって使用され、その価値は時間とともに減少していきます。そのため、購入した年にその全額を費用として計上するのではなく、その資産が使用できる期間(法定耐用年数)にわたって、費用を分割して計上していくルールになっています。これが減価償却です。
例えば、新品のパソコンの法定耐用年数は4年と定められているため、購入費用を4年間に分割して経費計上していくのが原則です。
では、どのようなものであれば購入した年に一括で費用計上できるのでしょうか。
原則として、 (1) 使用可能期間が1年未満のもの (2) 取得価額が10万円未満のもの のいずれかに該当する資産は、減価償却を行わず、購入した年の費用(消耗品費など)として処理することができます。つまり、取得価額が10万円以上の固定資産は、原則として減価償却が必要となり、一括での経費計上はできない、ということになります。
少額減価償却資産の特例とは?:30万円未満なら一括経費OK
ここで登場するのが「少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例」(以下、少額減価償却資産の特例)です。この特例を適用すると、取得価額が10万円以上30万円未満の減価償却資産について、その全額を購入・使用開始した事業年度の経費(損金)として一括で計上することが認められます。
特例の対象となる資産
この特例の対象となる資産は幅広く、以下のようなものが挙げられます。
- パソコン、サーバー、プリンター、コピー機、複合機
- エアコン、応接セット(テーブル・椅子)、キャビネット等の什器備品
- ソフトウェア(業務効率化ソフト、セキュリティソフトなど)
- 車両(事業用に使用するもの)
- 工具、器具、機械装置の一部など
重要な点として、この特例は新品だけでなく中古資産も対象となります。例えば、取得価額が30万円未満の中古車を購入した場合でも、この特例を適用して一括で経費計上することが可能です。
取得価額の考え方と年間上限
「取得価額」とは、単に資産本体の購入代金だけでなく、その資産を事業で使用するために直接かかった付随費用(引取運賃、荷役費、運送保険料、購入手数料、関税など)を含めた合計額を指します。これらの合計額が30万円未満である必要があります。
また、この特例を適用できる資産の取得価額の合計額には、年間で300万円までという上限が設けられています。例えば、1台20万円のパソコンであれば、年間15台(合計300万円)までが特例の対象となります。
単位ごとの判定に関する注意点
取得価額が30万円未満かどうかは、「通常1単位として取引されるその単位ごと」に判定します。
例えば、応接セットのようにテーブルと椅子がセットで機能するものは、個々の価格が30万円未満であっても、セット全体の取得価額で判定する必要があります。セットで30万円以上であれば、この特例は適用できません。
では、デスクトップパソコンのように、本体、モニター、キーボードなどを別々に購入し、合計額が30万円を超えた場合はどうでしょうか?
ノートパソコンのように一体となっているものは厳しいですが、デスクトップPCの場合、各部品を個別に購入し、それぞれが独立して価値を持つと説明できるのであれば、個々の部品ごとに30万円未満かどうかを判定し、特例を適用できる可能性はあります。
同様に、車両本体とは別にカーナビを購入した場合なども、購入時期や取り付け状況によっては車両本体とは別の資産として判断できるケースも考えられます。ただし、税務署に対して合理的な説明ができることが前提となりますので、判断に迷う場合は専門家にご相談ください。
特例を利用するための要件
この便利な特例を利用するには、以下の要件を満たす必要があります。
青色申告を行う中小企業者等であること
この特例は、青色申告法人である中小企業者または農業協同組合等、あるいは常時使用する従業員の数が500人以下の個人事業主(青色申告者に限る)が対象となります。
白色申告の法人や個人事業主は利用できません。 ※中小企業者とは、資本金または出資金の額が1億円以下の法人などを指しますが、大規模法人に支配されている場合などは対象外となるケースがあります。
確定申告書等に明細書を添付すること
特例の適用を受けるためには、法人税の確定申告書に「別表十六(七)少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例に関する明細書」を添付する必要があります。
個人事業主の場合は、所得税の青色申告決算書の「減価償却費の計算」欄に必要事項を記載し、別途「少額減価償却資産の取得価額に関する明細書」を提出します。これらの添付や記載が漏れていると、特例が適用されないため注意が必要です。
活用上の注意点
少額減価償却資産の特例を活用する際には、以下の点に注意しましょう。
(1) 取得価額の判定(税込・税抜経理方式の影響)
取得価額が30万円未満であるかの判定は、企業が採用している経理方式(税込経理方式か税抜経理方式か)によって異なります。
税込経理方式を採用している場合は、消費税を含んだ金額で30万円未満かどうかを判定します。
税抜経理方式を採用している場合は、消費税を含まない税抜きの金額で30万円未満かどうかを判定します。
例えば、税抜29万円(税込31万9千円 ※消費税10%の場合)のパソコンを購入した場合、税抜経理であれば特例を適用できますが、税込経理では30万円以上となるため適用できません。このように、取得価額によって適用が左右される税制においては、税抜経理方式の方が有利になるケースがあります。なお、経理方式の選択や変更に特段の届出は不要ですが、一度選択した方式は原則として全ての取引に継続して適用する必要があります。
(2) 償却資産税の申告対象となる
この特例を適用して購入年度に全額を経費計上した場合でも、その資産は固定資産税(償却資産)の課税対象となります。償却資産税は、土地・家屋以外の事業用資産に対して課される地方税です。毎年1月1日時点で所有している償却資産について、その資産が所在する市町村に申告する必要があります。課税標準額の合計が150万円未満の場合は免税となりますが、免税となる場合でも申告自体は必要ですので、忘れないようにしましょう。
(3) 事業供用のタイミング
特例の適用を受けるには、取得した資産をその事業年度中に事業の用に供している(実際に使い始めている)必要があります。例えば、決算間際にパソコンを購入しても、納品が翌期になり、実際に使い始めたのが翌期であれば、経費計上できるのは翌期となります。期末に駆け込みで設備投資を行う際には、納品や設置が間に合い、年度内に事業供用を開始できるかスケジュールをしっかり確認することが重要です。
さらに大きな節税効果を狙うなら:中小企業経営強化税制(即時償却)
少額減価償却資産の特例は年間300万円という上限がありますが、「もっと大きな設備投資で節税したい」という場合には、「中小企業経営強化税制」の活用を検討すると良いでしょう。 これは、中小企業が「経営力向上計画」の認定を受け、その計画に基づいて特定の設備投資を行った場合に、「即時償却」または「税額控除」のいずれかの税制優遇を受けられる制度です(2025年4月15日現在)。
「即時償却」とは、設備投資額の全額を、その設備を取得して事業供用した初年度に一括で経費計上できる仕組みです。例えば、500万円の機械(耐用年数5年)を導入した場合、通常なら5年間かけて減価償却しますが、即時償却なら初年度に500万円全額を経費にできます。これにより、投資初年度の法人税等の負担を大幅に軽減し、手元資金を確保することが可能になります。
対象となる設備は、生産性向上に資するもの(A類型)、収益力強化に資するもの(B類型)などに分類され、それぞれ最低取得価額(例:機械装置160万円以上、ソフトウェア70万円以上など)や要件が定められています。
ただし、注意点もあります。即時償却はあくまで課税の繰り延べであり、償却費の総額は通常の減価償却と同じです。また、経営力向上計画の認定には申請から1か月程度の期間がかかるため、計画的な準備が必要です。節税効果だけにとらわれず、本当に必要な投資かどうか、将来的に投資回収が見込めるかを慎重に判断することが重要です。
まとめ
少額減価償却資産の特例は、取得価額30万円未満の資産を年間合計300万円まで一括で経費計上できる、中小企業や個人事業主にとって非常に使い勝手の良い節税制度です。
期末の利益調整などにも有効活用できますが、適用を受けるためには青色申告者であること、明細書の添付が必要であること、そして税込・税抜判定や償却資産税の申告、事業供用のタイミングといった注意点を正しく理解しておく必要があります。
さらに大きな設備投資を検討する場合は、中小企業経営強化税制による即時償却も有効な選択肢となります。 これらの制度を効果的に活用するためには、自社の状況を正確に把握し、計画的に進めることが大切です。
判断に迷う場合や、より詳細なアドバイスが必要な場合は、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
この記事で解説した少額減価償却資産の特例について、税理士がより具体的に、会話形式でわかりやすく解説している動画もございます。さらに詳しく知りたい方は、ぜひ以下の動画もご覧ください。