会社経営において、取引先との会食や接待は、円滑な事業運営や新たなビジネスチャンスの創出に不可欠な活動です。これらの飲食にかかる費用を適切に経費として処理することは、節税の観点からも非常に重要となります。
ところで、2024年4月1日から、この交際費に関連する税務上のルールが一部変更されたことをご存知でしょうか?特に、経費として認められる飲食費の基準額が引き上げられ、多くの中小企業にとってメリットのある改正となっています。しかし、この新ルールを正確に理解し、正しく運用しなければ、本来経費にできるはずの飲食代が税務調査で否認されてしまう可能性も否定できません。
この記事では、法人における交際費の基本的な考え方から、2024年度の税制改正による飲食費の取り扱いの変更点、そして飲食代を交際費、会議費、福利厚生費として適切に経費計上するための具体的な要件や注意点について、詳しく解説していきます。
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1. 法人における「交際費」の基本ルール
交際費とは?(定義と範囲)
法人税法上の交際費とは、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出する費用を指します。
具体的には、取引先との会食費、ゴルフ接待の費用、お中元やお歳暮といった贈答品の購入費用、慶弔見舞金などが該当します。 個人事業主の場合は、事業収入を得るために「直接的に必要」な費用のみが交際費として認められるのに対し、法人の場合はより広い範囲の支出が交際費に該当する可能性があります。
原則「損金不算入」と中小企業の特例
法人税法では、交際費は原則として「損金不算入」、つまり経費として認められないのが基本的なルールです。これは、交際費が企業の利益操作に使われやすいという側面があるためです。 しかし、この原則には重要な特例があります。特に中小企業にとっては、この特例の活用が節税のポイントとなります。
- 資本金1億円以下の中小企業の場合: 以下のいずれか有利な方の金額を上限として、交際費を損金に算入できます。
- 年間800万円まで
- 接待飲食費(交際費のうち飲食のための支出)の50%まで 多くの場合、年間800万円の定額控除枠を選択する方が有利になります。
- 資本金1億円超の企業の場合: 接待飲食費の50%までしか損金に算入できません。
この中小企業に対する特例措置は、時限的なものとして設けられていますが、これまで何度も延長されており、現在の適用期限は2027年(令和9年)3月31日までとなっています。
交際費にできるのは飲食費だけではない
前述の通り、交際費として計上できるのは飲食費に限りません。取引先の事務所移転祝い、冠婚葬祭のご祝儀や香典、お中元・お歳暮などの贈答品、接待ゴルフのプレー代、接待時の取引先の送迎にかかる交通費なども、交際費に含まれます。
2. 【2024年4月改正】飲食費の新ルール:1人あたり1万円以下は交際費から除外
交際費の損金算入枠(特に中小企業の年間800万円)を有効に活用するためには、交際費に該当する支出をできるだけ抑えることが重要になります。
そこでポイントとなるのが、一定の要件を満たす飲食費を「交際費」から除外し、「会議費」などとして全額損金算入できる特例です。
改正の背景と内容(5,000円→1万円へ引き上げ)
従来、1人あたりの金額が5,000円以下の飲食費(社内飲食費を除く)は、交際費から除外できるとされていました。
しかし、近年の物価上昇などを背景に、この基準額が見直され、2024年(令和6年)4月1日以降に支出する飲食費については、1人あたりの金額が1万円以下であれば、交際費に含めなくてもよいことになりました。
「会議費」等として全額損金算入可能に
この「1人あたり1万円以下」の基準を満たす飲食費は、交際費から除外して、「会議費」などの科目で全額を損金として処理することができます。これにより、年間800万円の交際費枠を消費することなく、飲食費を経費化できるため、中小企業にとっては大きなメリットとなります。
「社内飲食費」はこの基準の対象外
注意点として、この1人あたり1万円以下の基準は、あくまで社外の者との飲食(接待飲食費)に適用されるものです。
役員や従業員、その親族など、専ら社内の者同士の飲食(いわゆる「社内飲食費」)については、この基準の対象外となり、1人あたり1万円以下であっても原則として交際費に該当します(ただし、福利厚生費に該当する場合などは除く)。
3. 「会議費」として計上できる飲食費とは?
「1人あたり1万円以下の接待飲食費は会議費として処理できる」と聞くと、すべての飲食費がこの基準で判断されるように誤解しがちですが、そうではありません。
「1万円基準」は接待飲食費の除外ルール
まず整理しておきたいのは、1人あたり1万円以下の基準は、あくまで「接待飲食費ではあるが、少額なものは交際費の範囲から除外して会議費等で処理してもよい」という特例ルールであるということです。
本来の「会議費」の定義(会議に通常要する費用)
一方で、そもそも「会議費」とは、社内または社外の者との会議、商談、打ち合わせなど、業務上必要な協議・情報交換に関連して通常要する費用を指します。これには、会議室の使用料、資料代、そして会議中に出されるお茶、コーヒー、お弁当、簡単な食事などの飲食代が含まれます。
この本来の会議費に該当するものであれば、1人あたりの金額が1万円を超える飲食であっても、その全額を会議費として損金算入することが可能です。重要なのは、その飲食が「会議や打ち合わせに通常伴う範囲内」であると客観的に認められるかどうかです。
- ランチミーティング、喫茶店での打ち合わせなど: 例えば、取引先との業務上の打ち合わせを兼ねてレストランでランチを取った場合や、喫茶店でコーヒーを飲みながら商談した場合の飲食代は、その実態が会議や打ち合わせであれば、会議費として処理できます。その際、会議に適した場所(例:静かな個室がある、資料を広げられるテーブルがあるなど)を選ぶことが望ましいでしょう。カウンター席しかないラーメン屋などでの食事は、通常、会議には適さないと判断される可能性が高いです。
- 1人カフェ代の扱い: 出張先で業務を行うためにカフェを利用した場合、そのコーヒー代などは会議費(または雑費等)として経費計上できることがあります。ただし、自社のオフィスが近くにあるにもかかわらずカフェを利用するなど、その必要性が低い場合は認められにくいでしょう。また、経費として認められるのは、あくまで場所を利用するための最小限の費用(例:コーヒー代)であり、同時に注文した豪華な食事代まで会議費とするのは難しい場合が多いです。しかし、これが複数人での打ち合わせであれば、その食事代も含めて会議費として認められる可能性が高まります。
会議費にできない飲食代
友人や家族との私的な食事や飲み会は、たとえ1人あたり1万円以下であっても、会議費としてはもちろん、交際費としても経費計上することはできません。ただし、友人が事業に関連する情報交換ができる相手であり、その目的で食事をしたのであれば、交際費または会議費として計上できる可能性はあります。
最終的には、飲食の相手との関係性や会食の目的が事業関連性を有するかどうかが重要になります。
従業員への食事提供と「福利厚生費」
会議以外の目的で従業員に食事を提供した場合、それは会議費ではなく、「福利厚生費」として経費計上できる場合があります。
- 残業食事代: 残業中の従業員に食事を提供する場合、(1)通常の勤務時間外であること、(2)残業する従業員全員が対象であること(希望者を除く)、(3)会社が全額を負担すること(現物支給または実費精算)、(4)社会通念上妥当な金額であること、といった要件を満たせば福利厚生費となります。
- 昼食代補助: 従業員全員を対象に昼食代を補助する場合、(1)従業員が食事代の半分以上を負担し、かつ、(2)会社の負担額が1人あたり月額3,500円(税抜)以下であれば、福利厚生費として処理でき、従業員側も給与として課税されません。これらの要件を満たさない場合は、会社負担分が給与として扱われます。
4. 飲食代を経費計上する際の重要注意点
飲食代を経費として正しく計上し、税務調査で指摘を受けないためには、以下の点に特に注意が必要です。
(1) 1万円基準の判定と消費税の経理処理(税込・税抜)
1人あたり1万円以下の接待飲食費を会議費として処理する場合、この「1万円」を税抜金額で判定するのか、税込金額で判定するのかは、自社が採用している消費税の経理処理方式によって異なります。
- 税込経理の場合: 飲食費の総額(税込)を参加人数で割った金額が1万円以下であればOKです。
- 税抜経理の場合: 原則として、飲食費の本体価格(税抜)を参加人数で割った金額で判定します。つまり、税込11,000円(うち消費税1,000円)の飲食であれば、税抜10,000円となるため、1人あたり1万円以下として会議費処理が可能です。ただし、仕入税額控除の適用を受けられない場合(例えば、相手先がインボイス発行事業者でない場合で、かつ経過措置の適用がない、または少ない場合など)は、控除できない消費税額が本体価格に含めて判定されるため、注意が必要です。このあたりは複雑なため、税理士に確認することをお勧めします。
(2) 領収書等の証拠書類の保存と記載事項
経費計上の大原則ですが、支出を証明する領収書やレシートは必ず保管してください。さらに、交際費や会議費として処理する飲食費については、税務調査でその内容を詳細に問われることが多いため、単に領収書があるだけでは不十分な場合があります。
以下の情報を領収書の裏面にメモしたり、経費精算書や会計帳簿に補足情報として記録したりしておくことが非常に重要です。
- 飲食年月日
- 参加者の氏名、会社名、自分との関係性
- 参加人数
- 飲食店の名称および所在地
- 支払った飲食代金の総額
- 飲食の目的(例:「〇〇株式会社 △△様他2名と新製品に関する打ち合わせのため」など具体的に)
特に「目的」を明確に記載することで、その飲食が事業に関連するものであったことを客観的に示すことができます。
(3) 税務調査でのチェックポイントとグレーゾーンへの対応
飲食代は、その性質上、私的な支出との境界線が曖昧になりやすいため、税務調査では重点的にチェックされる項目です。
「とりあえず経費で落とせるだろう」といった安易な判断は禁物です。事業との関連性が疑わしいものや、社会通念上不相当と見なされる可能性のある支出は、経費に計上しない方が賢明です。
まとめ
法人の交際費は、原則として損金不算入とされていますが、資本金1億円以下の中小企業には年間800万円までの損金算入枠などの特例が設けられています。
この枠を有効に活用するためにも、2024年4月1日から導入された「1人あたり1万円以下の接待飲食費を交際費から除外できる」という新ルールは非常に重要です。この基準を満たす飲食費は「会議費」などとして全額損金算入できます。
また、本来の「会議費」に該当するものであれば、1人あたり1万円を超える飲食であっても経費計上が可能ですし、従業員への食事提供が「福利厚生費」となるケースもあります。
そして何よりも、飲食代を経費計上する際には、消費税の経理処理方式を踏まえた1万円基準の判定や、誰と、何のために、いくら飲食したのかを詳細に記録した証拠書類を確実に保存しておくことが、税務リスクを回避する上で最も重要となります。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な事例や詳細な注意点などを知りたい場合に、参考にしてください。