会社経営において、法人税をいかに抑えるかという節税策は常に重要なテーマです。しかしそれと同時に、「会社で得た利益を、できるだけ税金や社会保険料の負担なく社長個人に移転できないか」と考える経営者の方も少なくないでしょう。通常、役員報酬や賞与として個人に資金を移せば、所得税・住民税・社会保険料が差し引かれてしまいます。
しかし、実は「出張手当」という制度を賢く活用することで、これらの負担なしに会社から社長個人にお金を移し、さらに会社の法人税や消費税の節税にも繋げることができる、一石二鳥とも言える方法が存在します。実際、多くの企業がこの制度を導入しており、そのメリットを享受しています。
この記事では、出張手当の基本的な仕組みから、具体的な節税効果、導入に必要な「出張旅費規程」の作成ポイント、そして適正な手当額や運用上の注意点について詳しく解説していきます。
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1. 「出張手当(日当)」とは何か?
出張手当の基本的な定義と目的
出張手当(一般に「日当」とも呼ばれます)とは、役員や従業員が、通常の勤務地を離れて遠隔地へ出張する際に、会社から支給される手当のことです。出張中は、普段の勤務では発生しないような細々とした経費(例えば、出張先での食事代の一部、飲み物代、通信費、取引先へのお土産代など)がかさむことがあります。
出張手当は、これらの実費弁償的な意味合いに加え、出張に伴う精神的・肉体的な負担を慰労する目的も含まれて支給されるものです。交通費や宿泊費といった実費とは別に支給されます。
「出張」とみなされる範囲
どの程度の移動から「出張」とみなすかについては、法律で明確な基準が定められているわけではありませんが、一般的には、通常の勤務地からの移動距離がおおむね片道100kmを超える場合や、日帰りではなく宿泊を伴う場合などが目安とされています。これらは、会社ごとに出張旅費規程で定めることになります。
2. 出張手当を導入する多大なメリット
出張手当制度を適切に導入・運用することで、会社側と受け取る役員・従業員側の双方に大きなメリットが生まれます。
(1) 社長・従業員個人の税金・社会保険料を抑えられる
出張手当の最大のメリットは、受け取った個人にとって非課税所得となる点です(所得税法上、給与所得とはみなされません)。
- 所得税・住民税が非課税: 出張旅費規程に基づいて支給される、社会通念上妥当な金額の出張手当は、給与とは異なり所得税や住民税の課税対象となりません。
- 社会保険料の対象外: 同様に、社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料など)の算定基礎からも除外されます。
例えば、社長が1泊2日の出張に行き、規程に基づいて日当・宿泊費(実費とは別の日当部分)として合計2万円の出張手当を受け取ったとします。仮に、その出張で実際に個人的に支出した雑費が1万円だったとしても、差額の1万円は社長の手元に残り、これには税金も社会保険料もかかりません。これが「無税で会社から社長にお金を移転する」と言われる所以です。
もし同じ金額を「業務手当」などの名目で給与に上乗せして支給した場合は、その全額が課税・社会保険料の対象となり、手取り額は少なくなってしまいます。
(2) 法人の税金(法人税・消費税)も節税できる
会社側にとっても、出張手当の支給は税務上のメリットがあります。
- 全額損金算入による法人税軽減: 出張旅費規程に基づいて支給される出張手当は、全額を「旅費交通費」などの経費として損金算入できます。出張の多い会社であれば、年間の出張手当の総額は相当な金額になり、法人税の負担軽減に大きく貢献します。
- 消費税の課税仕入れ扱いによる消費税軽減: 出張手当は、消費税の計算上「課税仕入れ」として扱われます。これは、出張手当が交通費や宿泊費、食事代といった課税取引の対価を補填するものと解釈されるためです。課税仕入れが増えれば、納付すべき消費税額(売上にかかる消費税額 - 仕入れにかかる消費税額)が減少し、消費税の節税につながります。
(3) 経理処理が簡略化できる
出張の都度、細かな領収書を集めて実費精算するのは、出張者にとっても経理担当者にとっても手間がかかります。出張手当(日当)や、場合によっては宿泊費も一定額を定額で支給するように規程で定めておけば、精算業務が大幅に簡略化され、経理処理の効率化が図れます。交通費についても、飛行機や新幹線は正規運賃で支給する、といったルールを設けることで、ある程度の定額化が可能です。
3. 出張手当支給の必須条件:「出張旅費規程」の作成
これらのメリットを享受するためには、必ず「出張旅費規程」を社内で作成し、その規程に基づいて出張手当を支給する必要があります。この規程がない場合、支給した手当が給与として扱われ、課税対象となるリスクがあります。
出張旅費規程の重要性
出張旅費規程は、どのような場合に、誰に、いくらの手当を支給するのかを明確に定める社内ルールであり、税務署に対して出張手当の支給が恣意的なものではなく、客観的な基準に基づいていることを示す重要な証拠となります。
規程に盛り込むべき主要項目
出張旅費規程には、少なくとも以下の項目を具体的に定める必要があります。
- 目的: 規程の目的を明記します。
- 適用範囲: 役員、正社員、契約社員など、誰に適用されるのかを定めます。
- 出張の定義: 「出張」とみなす移動距離や宿泊の有無などを具体的に定めます。
- 出張の種類: 日帰り出張、宿泊出張、海外出張などの区分を設けます。
- 旅費の種類と金額:
- 出張手当(日当): 日帰り出張の場合と宿泊出張の場合で金額を分けて設定することが一般的です。役職によって差を設けることも可能です。
- 宿泊費: 宿泊費の上限額を定めてその範囲内で実費精算する方法と、実際の宿泊費にかかわらず一定額を支給する方法があります。こちらも役職に応じた差を設けることができます。
- 交通費: 原則として実費精算とし、利用できる交通機関や経路(例:最も経済的かつ合理的な経路)を定めます。新幹線や飛行機の座席クラス(普通席、グリーン車など)を役職に応じて定めることも可能です。
- 出張の手続き: 出張申請や旅費精算の手続きについて定めます。
インターネット上には出張旅費規程のひな形も多く存在しますが、自社の実情に合わせてカスタマイズすることが重要です。
役職による差の設定は可能か?
社長や役員、管理職、一般社員といった役職に応じて、出張手当(日当)や宿泊費の上限額、利用できる交通機関のクラスに差を設けることは、社会通念上妥当な範囲内であれば問題ありません。
4. 出張手当の適正額はいくらまで?
経営者が最も気になるのは、「出張手当(日当)は、いったいいくらまでなら税務上問題なく支給できるのか?」という点でしょう。
明確な上限規定はなし、社会通念上の妥当性が重要
実は、出張手当の金額について、税法上「いくらまでならOK」という明確な上限額は定められていません。重要なのは、その金額が「社会通念上妥当な範囲内」であるかどうかです。これは、同業他社や同規模の会社の支給水準、会社の規模や収益状況、出張の内容などを総合的に勘案して判断されます。
一般企業の社長の日当としては、様々な調査データや実務上の感覚から、1日あたり5,000円~10,000円程度であれば、比較的妥当な範囲と見なされることが多いようです。ただし、これはあくまで一般的な目安であり、会社の状況によって適正額は異なります。
高額設定のリスク
あまりにも高額な日当や宿泊費を設定していると、税務調査で「実質的な給与ではないか」と指摘され、否認されるリスクがあります。否認された場合、その超過部分は役員賞与などとして扱われ、所得税・住民税・社会保険料の対象となり、法人側も損金算入が認められなくなる可能性があります。
5. 出張手当を運用する上での重要注意点
出張手当制度を適切に運用し、税務リスクを避けるためには、以下の点に注意が必要です。
注意点①:経費の支払いは個人カードで行う
出張手当は、あくまで役員や従業員が「個人として」出張中に支出するであろう経費を補填するものです。そのため、宿泊費や交通費などを会社の法人カードで決済してしまうと、会社が直接経費を支払ったことになり、別途個人に出張手当を定額支給する根拠が薄れてしまいます。原則として、出張にかかる費用(特に宿泊費や日当でカバーされるべき雑費)は、個人の現金や個人名義のクレジットカードで支払い、後日会社に旅費規程に基づいて精算・手当支給を受けるという形が望ましいです。
注意点②:二重計上は絶対に避ける
例えば、宿泊費を規程に基づき定額で支給しているにもかかわらず、別途ホテルから発行された領収書に基づいて実費精算も行ってしまうと、二重計上(二重払い)となります。これは絶対にあってはなりません。税務調査で発覚した場合、否認されるだけでなく、悪質と判断されれば重加算税などのペナルティが課される可能性もあります。
注意点③:出張の記録(報告書・精算書・領収書)を必ず残す
出張手当が有効な節税手段である一方、その実態や金額の妥当性が厳しくチェックされるポイントでもあります。「本当に出張に行ったのか」「規程通りに支給されているか」といった点を客観的に証明できるように、以下の書類は必ず作成・保管しておきましょう。
- 出張旅費規程: 制度の根拠となります。
- 出張報告書: 出張の目的、日時、訪問先、業務内容などを記録します。
- 旅費精算書: 交通費や宿泊費の実費、日当などを規程に基づいて計算し精算します。
- 領収書等: 交通費や宿泊費の実費精算に必要な領収書、航空券の半券などを添付します。
まとめ
出張手当制度は、出張旅費規程を適切に整備し、社会通念上妥当な金額で運用すれば、社長や従業員にとっては所得税・住民税・社会保険料の負担なく手当を受け取ることができ、会社にとっては法人税・消費税の節税と経理処理の効率化が図れるという、非常にメリットの大きい制度です。 特に、出張が多い経営者にとっては、実質的に「無税で会社から社長個人にお金を移転する」ための有効な手段となり得ます。
ただし、その導入と運用には、規程の整備、適正な金額設定、そして何よりも「出張の実態」と「それに関する記録の保存」が不可欠です。これらの点を軽視すると、思わぬ指摘を受けることになりかねません。
出張手当制度の導入や金額設定に迷った場合は、必ず税理士などの専門家に相談し、自社の状況に合わせた最適な運用方法を検討することをお勧めします。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な規程の作り方や金額の相場などを知りたい場合に、参考にしてください。