会社経営をしていると、急な資金需要に対応するため、社長個人のポケットマネーを一時的に会社に入れたり、会社の経費を立て替えたりすることは、珍しいことではありません。金融機関の融資審査を待つことなく、スピーディーに資金を調達できるこの方法は、一見すると非常に便利で使い勝手の良い「社長の特権」のようにも思えます。
会計上、このように会社が役員からお金を借りている状態を「役員借入金」と呼びます。役員借入金は、銀行融資とは異なる多くのメリットを持つ一方で、適切に管理せず放置してしまうと、将来的に会社や社長個人の資産を脅かす、とんでもないリスクを抱え込むことにもなりかねません。特に、相続の場面では、この役員借入金が原因で、残されたご家族が相続税の支払いに苦しむ「負の遺産」となる可能性すらあるのです。
この記事では、役員借入金とは何かという基本から、その強力なメリット、そして放置することの恐ろしいリスクと、それを回避するための賢い解消方法について、詳しく解説していきます。
The following two tabs change content below.
1.役員借入金とは?貸付金との決定的な違い
役員借入金の正体
役員借入金とは、その名の通り、法人が役員(社長など)からお金を借り入れている状態を指します。会社にとっては「負債」であり、決算書(貸借対照表)の負債の部に計上されます。
具体的には、以下のようなケースで発生します。
- 創業期や資金繰り悪化時に、社長個人の預金を会社の口座に移した場合
- 社長が会社の経費(交際費や旅費など)を個人の財布から立て替え、精算していない場合
- 資金繰りの都合で、本来支払うべき役員報酬を未払いにしている場合
社長としては「会社にお金を入れただけ」という感覚かもしれませんが、会計上は「会社が社長に借金をしている」という状態になるのです。
役員貸付金との混同に注意
よく似た言葉に「役員貸付金」がありますが、これは全く逆の状態で、会社が役員にお金を貸している状態を指します。役員貸付金は、「会社の資金を私的に流用している」とみなされ、銀行融資の審査で極めてマイナスに評価されるため、早期の解消が求められる項目です。一方、今回解説する役員借入金は、会社にお金が入ってきている状態なので、銀行からの評価は異なります。
2.役員借入金が持つ3つの強力なメリット
役員借入金には、銀行融資にはない、オーナー社長ならではの大きなメリットが3つあります。
①利息・返済期限を自由に設定できる
銀行から融資を受ける場合、必ず利息が発生し、返済期限も厳格に定められます。しかし、役員借入金は、あくまで社長と会社の間の契約です。社長が同意すれば、「無利息」で貸し付けることも税務上問題ありません(逆に、不当に高い利息を設定すると問題になります)。また、「ある時払いの催促なし」として、返済期限を設けず、会社の資金繰りに余裕ができた時に返してもらう、という柔軟な対応も可能です。
②審査不要でスピーディーに資金調達できる
銀行融資のような審査や手続きは一切不要です。社長が決断すれば、その日のうちに会社へ資金を投入し、急場の支払いに充てることができます。この機動性の高さは、中小企業の経営において大きな武器となります。
③資本金が増えず、税制優遇を維持できる
会社に資金を入れる方法として「増資」もありますが、資本金が増えると、税務上の様々な優遇措置(中小企業の軽減税率や交際費の損金算入枠など)が受けられなくなる可能性があります。役員借入金であれば、いくら増えても資本金は変わらないため、中小企業としての税制メリットを維持したまま、財務基盤を強化することができます。また、銀行によっては、役員借入金を「実質的な自己資本」とみなして評価してくれるケースもあり、融資審査でプラスに働くこともあります。
3.放置厳禁!役員借入金に潜む「相続税」の罠
このようにメリットの多い役員借入金ですが、安易に増やし続け、そのまま放置してしまうと、将来、取り返しのつかない事態を招く可能性があります。その最大のリスクが、「相続税」の問題です。
会社への貸付金は「個人の財産」
役員借入金は、会社から見れば「負債」ですが、社長個人から見れば、会社に対する「貸付金(債権)」、つまり「お金を返してもらう権利」です。この権利は、社長個人の立派な財産とみなされます。
返済不能でも額面通りに課税されるリスク
もし、役員借入金が残ったまま社長が亡くなると、この貸付金は相続財産として遺族に引き継がれ、相続税の課税対象となります。ここで恐ろしいのは、たとえ会社が赤字や債務超過で、実質的に返済能力がゼロの状態であったとしても、税務上は原則として「額面通りの金額」で評価されるということです。
例えば、1億円の役員借入金がある状態で社長が亡くなったとします。会社には返済する現金が全くないにもかかわらず、遺族は「1億円の財産を相続した」とみなされ、それに対する多額の相続税を、自身の預貯金などから現金で納付しなければならなくなるのです。まさに「現金はないのに税金だけがかかる」という、最悪の事態です。
4.役員借入金を賢く解消する3つの方法
このようなリスクを避けるためには、役員借入金を放置せず、計画的に解消していく必要があります。
①債務免除(会社への債権放棄)
社長が「会社へ貸したお金は返さなくていいよ」と、債権を放棄する方法です。借入金が消滅するため、最もシンプルな解消法ですが、会社側には借金がなくなったことによる利益(債務免除益)が発生します。会社が黒字の場合、この利益に法人税が課税されてしまいます。そのため、会社に繰越欠損金(過去の赤字)があるタイミングで実施し、債務免除益と欠損金を相殺することで、税負担なく解消するのが定石です。
②役員報酬の減額と返済の組み合わせ
役員報酬を減額し、その減額分と同額を、借入金の返済として会社から受け取る方法です。例えば、月額100万円の報酬を50万円に減らし、残りの50万円を借入金の返済として受け取ります。社長の手取り額は変わりませんが、給与所得が減るため、個人の所得税・住民税・社会保険料が安くなるというメリットがあります。ただし、会社側は損金(役員報酬)が減るため、法人税が増える可能性があります。
③DES(デット・エクイティ・スワップ)
借入金(Debt)を株式(Equity)に交換(Swap)する方法です。社長が持つ貸付金を現物出資する形で、新たに株式を発行します。借入金が資本金に振り替わるため、会社の自己資本比率が改善し、財務体質が強化されます。ただし、資本金が増加することで税制優遇が受けられなくなるリスクや、手続きの複雑さがあるため、専門家との慎重な検討が必要です。
まとめ
役員借入金は、中小企業の資金繰りを支える柔軟で便利なツールですが、同時に、将来の相続税リスクを孕んだ「諸刃の剣」でもあります。「会社が苦しいから」と無計画に個人の資金を投入し続け、気づけば多額の借入金が積み上がっている、という状況は非常に危険です。
まずは自社の決算書を確認し、役員借入金がどの程度あるのかを把握しましょう。そして、もし多額になっている場合は、債務免除やDES、あるいは毎月の計画的な返済を通じて、出口戦略を立てることが重要です。会社の財務状況と社長個人の資産状況を総合的に判断し、最適な解消方法を選択するために、ぜひ税理士などの専門家にご相談ください。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な事例やさらに詳しい情報を知りたい場合に、参考にしてください。