「創業以来、無我夢中で会社を大きくしてきた。おかげで利益も積み上がり、財務内容は盤石だ」経営者として、これほど誇らしいことはありません。しかし、こと「事業承継」という局面においては、その優良な財務内容が、逆に会社を存続の危機に追い込む「凶器」となり得ることをご存知でしょうか。
非上場企業の自社株は、会社の利益や純資産が増加すればするほど、その評価額(株価)も天井知らずに上昇していきます。何も対策をしないまま、高騰した株価で事業承継や相続が発生するとどうなるか。後継者には、数千万円、場合によっては数億円単位の贈与税や相続税がのしかかります。納税資金が手元になければ、銀行から個人的に借金をするか、あるいは会社から資金を吸い上げて納税することになり、会社の資金繰りは一気に悪化します。最悪の場合、納税のために会社を身売りせざるを得なくなるケースさえあるのです。
円滑なバトンタッチを実現するためには、「意図的に株価を引き下げる」という高度な財務戦略が不可欠です。この記事では、非上場株式の評価が決まる複雑なメカニズムを解き明かし、合法的に株価を圧縮して資産を移転するための7つのスキームについて、そのリスクと対策を含めて徹底解説します。
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なぜ自社株は高くなる?評価が決まる「3つの急所」
上場企業であれば、株価は市場(株式市場)の需要と供給で決まりますが、非上場企業の株価は、国税庁が定めた計算ルール(財産評価基本通達)によって「理論上の価格」として算出されます。
会社の規模(大会社・中会社・小会社)によって評価方式は異なりますが、基本的には以下の「3つの要素」が株価を構成しています。これらは株価を引き下げるための「急所」でもあります。
1.利益(稼ぐ力)
会社が毎期どれだけの利益を出しているかです。利益が多い会社は価値が高いとみなされ、株価は跳ね上がります。特に「類似業種比準方式」という評価方法では、利益の額が株価に大きく影響します。
2.純資産(内部留保)
会社がこれまでに蓄積してきた資産から、負債を引いた正味の財産です。創業から長年黒字を続けてきた会社は、過去の利益が「利益剰余金」として純資産に積み上がっています。これが株価を押し上げる最大の要因となります。「純資産価額方式」では、この内部留保の厚さがダイレクトに評価額に直結します。
3.配当(株主還元)
株主にどれだけ配当を出しているかです。配当が多い会社ほど、株主にとっての価値が高いとみなされ、株価が高くなる傾向にあります。
つまり、株価対策の基本戦略は、「意図的かつ計画的に、一時的にこれらの数字(利益・純資産)を圧縮すること」に尽きます。会社を一時的にスリム化させたタイミング、いわば「株価の谷」を作って、その瞬間に後継者へ株式を移転させるのです。
株価を劇的に引き下げる具体的な方法7選
それでは、多くの企業で採用されている効果的な株価引き下げ対策を具体的に見ていきましょう。それぞれのスキームには、メリットだけでなく副作用(リスク)もあるため、自社の状況に合わせて慎重に選択する必要があります。
①役員退職金の支給(最強の切り札)
事業承継のタイミングで最も効果を発揮するのが「役員退職金」です。創業社長などが退任する際に、功績に見合った多額の退職金を支給します。
- 株価への効果:退職金は巨額の「損金(経費)」となります。これにより、その期の利益が大幅に圧縮(あるいは赤字化)されます。さらに、会社から数千万円〜数億円のキャッシュが流出するため、「純資産」も大きく減少します。「利益」と「純資産」をダブルで引き下げるため、株価の引き下げ効果は絶大です。このタイミングで株式を贈与・譲渡するのが王道のセオリーです。
- 個人の税金メリット:受け取る社長にとっても、退職金は「退職所得控除」や「2分の1課税」、「分離課税」などの優遇措置があり、さらに社会保険料もかかりません。役員報酬で受け取るよりも、手取り額を最大化できます。
②高収益部門の分社化・事業譲渡
会社の中に、飛び抜けて利益率の高い事業部門(エース部門)がある場合、その部門が会社全体の株価を不当に押し上げている可能性があります。
- スキームの概要:この高収益部門を「会社分割」によって別会社として切り離したり、他社へ「事業譲渡」したりします。これにより、本体の会社の収益力を適正水準まで下げ、株価を抑制することが可能です。後継者が引き継ぐ本体の株価を下げつつ、高収益部門は別の管理体制で運営するといった組織再編も同時に実現できます。
③不動産の購入(資産の組み換え)
現金で持っている資産を、不動産(自社ビルや賃貸マンションなど)に換えることで、評価額を引き下げる方法です。
- 評価減のメカニズム:現金1億円は、相続税評価額でもそのまま1億円です。しかし、不動産に変えると評価額が下がります。
- 土地:路線価評価(時価の約8割程度)
- 建物:固定資産税評価額(建築費の約5〜6割程度)さらに、賃貸用不動産であれば「貸家建付地」「貸家」としての評価減も適用され、現金のまま持つよりも大幅に評価額を圧縮できます。
- 【重要】3年ルールの罠:ただし、税制改正により「取得から3年以内」の賃貸用不動産などは、通常の時価(取得価額など)で評価されるルールがあります。「相続が起きそうだから慌てて不動産を買う」という駆け込み対策は封じられています。少なくとも事業承継の3年以上前から計画的に取得しておく必要があります。
④オペレーティング・リースの活用
航空機や船舶、コンテナなどを対象としたリース事業(匿名組合)に出資する方法です。
- 株価への効果:出資した初年度に、出資額の70〜80%といった大きな損金を一括計上できる商品が多くあります。これにより、会計上の大きな赤字を作り出し、「利益」と「純資産」を一時的に減少させ、株価を急落させることができます。
- 出口戦略とのセット運用:リース期間終了後(7〜10年後など)には資金が戻ってきて、逆に利益が発生します。そのため、資金が戻ってくるタイミングに合わせて「役員退職金を支給する」などの出口戦略を用意しておかなければ、単なる課税の先送りに終わってしまいます。
⑤含み損のある資産(不良資産)の売却
貸借対照表(バランスシート)の大掃除を兼ねた対策です。過去に購入して値下がりした「塩漬けの土地」、利用していない「ゴルフ会員権」、値下がりした「有価証券」などが眠っていませんか?
- スキームの概要:これらを売却し、含み損を「実現損(売却損)」として確定させます。また、不良在庫の廃棄処分や、回収不能な売掛金の貸倒処理なども同様に効果があります。これにより利益を圧縮し、純資産価額を引き下げることができます。会社の財務体質を健全化させつつ、株価も下げられる一石二鳥の方法です。
⑥配当金の増額・特別配当(純資産を削る)
「配当を出すと株価が上がるのでは?」と思われるかもしれませんが、評価方式によっては逆の効果があります。
- 純資産価額方式の場合:配当金を出すと、会社からキャッシュが流出し、「利益剰余金(純資産)」が減少します。中小企業の評価でよく使われる「純資産価額方式」の要素が強い場合、純資産を減らすことで株価を下げる効果が期待できます。ただし、「類似業種比準方式」の場合は、配当増加が株価上昇要因になることもあるため、自社がどの評価方式を採用しているかを税理士に確認し、慎重に行う必要があります。
⑦従業員持株会の設立
従業員持株会を設立し、オーナーが保有する株式の一部を持株会に譲渡する方法です。
- 配当還元方式の活用:同族株主以外の株主(従業員など)が保有する株式は、原則的評価方式ではなく、特例的な「配当還元方式」という評価方法が適用されます。この方式では、配当金の額に基づいて株価を算出するため、一般的に評価額が非常に低くなります(額面の数倍程度など)。オーナーの持株数を減らして相続財産を圧縮できるだけでなく、従業員の福利厚生やモチベーション向上、さらには安定株主の確保にもつながります。
まとめ
事業承継における株価対策は、単なる「節税」ではありません。会社という資産を、次世代に無傷で手渡すための「防衛策」です。何の対策もしなければ、税金というコストが会社の体力を奪い、最悪の場合は廃業へと追い込まれます。
- 退職金やオペレーティングリースで「利益」と「純資産」を削る。
- 不動産活用で「資産の評価」を下げる。
- 持株会で「持ち主」を変えて評価方式を変える。
これらのスキームを、自社の状況(利益水準、資産構成、後継者の有無など)に合わせて組み合わせることが成功の鍵です。株価対策は時間がかかります。「いつかやろう」ではなく、利益が出ている今こそ、専門家を交えて具体的なシミュレーションを始めてみてはいかがでしょうか。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士が詳しく解説しています。具体的な数字を使ったシミュレーションや、記事では触れられなかった細かな注意点についても紹介していますので、ぜひ参考にしてください。