人材不足が深刻化する中、社員の定着率向上や採用力強化のために「退職金制度」の導入や見直しを検討する経営者が増えています。退職金制度は、従業員の将来への安心感につながるだけでなく、掛金を損金算入できることによる法人税の節税効果など、会社側にも大きなメリットをもたらす施策です。
しかし、「とりあえず国の制度だから安心だろう」という理由だけで「中小企業退職金共済(中退共)」を選んでしまうと、後になって思わぬデメリットに直面し、後悔することになりかねません。実は、中退共には経営者にとって看過できない「構造的な欠陥」とも言える落とし穴が存在するのです。
本記事では、中小企業が導入できる主要な退職金制度である「中退共」、「企業型確定拠出年金(企業型DC)」、「はぐくみ基金(確定給付企業年金)」の3つを徹底比較します。それぞれの仕組みやメリットだけでなく、導入前に知っておくべきデメリットやリスクについても詳しく解説し、自社に最適な制度を選ぶための判断基準を提示します。
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中小企業が検討すべき3つの主要な退職金制度
中小企業が退職金制度を導入する際、主に選択肢となるのが「中小企業退職金共済(中退共)」、「企業型確定拠出年金(企業型DC)」、そして近年注目を集めている「はぐくみ基金」の3つです。まずは、それぞれの制度の基本的な仕組みと特徴を理解しましょう。
中小企業退職金共済(中退共)の仕組み
中退共は、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する、中小企業のための国の退職金制度です。従業員数が300人以下(業種により異なる)の中小企業が利用できます。
最大の特徴は、掛金を「全額会社が負担する」という点です。掛金は月額5,000円から30,000円までの16種類から従業員ごとに選択でき、全額を法人の損金(個人事業主の場合は必要経費)として計上できます。従業員の給与所得とはみなされないため、従業員個人の税金や社会保険料の負担が増えることもありません。
また、国の制度であるため、掛金の一部助成措置があります。新規加入時には加入後4ヶ月目から1年間、掛金の2分の1(上限5,000円)が助成され、掛金月額を増額する場合にも1年間、増額分の3分の1が助成されます。導入のハードルが低く、管理の手間が比較的少ないのが特徴です。
企業型確定拠出年金(企業型DC)の仕組み
企業型DCは、会社が掛金を拠出し、従業員自身がその資金を運用する制度です。将来受け取る退職金の額は、積み立てた掛金と運用益の合計となるため、運用成績によって受取額が変動します。
従業員1名の企業から導入可能で、掛金の上限は月額55,000円(他の企業年金がない場合)と、中退共よりも高く設定されています。会社が負担する掛金は全額損金算入でき、従業員の給与とはみなされません。さらに大きなメリットとして、運用して得た利益(運用益)が全額非課税になる点が挙げられます。通常、投資の運用益には約20%の税金がかかりますが、企業型DCではこれが免除されるため、複利効果を活かした効率的な資産形成が可能です。
また、「選択制DC」という設計にすれば、従業員が給与の一部を掛金として拠出するか、給与として受け取るかを選択できるようになります。これにより、会社側の追加負担を抑えつつ制度を導入することも可能です。
はぐくみ基金(確定給付企業年金)の仕組み
「はぐくみ基金」は、福祉はぐくみ企業年金基金という確定給付企業年金(DB)の一種です。比較的新しい制度ですが、その柔軟性の高さから導入企業が急増しています。
基本的な仕組みは、従業員が自身の給与や賞与の一部を掛金として積み立て、将来退職金として受け取るというものです(選択制)。掛金は月額1,000円から給与の20%(上限40万円など規定による)までと、非常に大きな枠を設定できるのが特徴です。
この掛金は給与所得とはみなされないため、所得税・住民税の対象外となるだけでなく、社会保険料の算定基礎からも除外されます。つまり、従業員にとっては手取りを増やしながら資産形成ができ、会社にとっては会社負担分の社会保険料を削減できるというメリットがあります。また、確定給付型であるため、元本割れのリスクを避けたい従業員にも適しています。
多くの経営者が知らない「中退共」の致命的なデメリット
「国の制度だから安心」と思われがちな中退共ですが、経営者の視点から見ると、他の制度と比較して無視できないデメリットがいくつか存在します。導入してから「こんなはずじゃなかった」と後悔しないために、以下のリスクを把握しておく必要があります。
経営者や役員が加入できない
中退共の加入対象者は「従業員」に限られています。経営者や役員は、原則として加入することができません。中小企業のオーナー経営者は、会社の債務保証など多くのリスクを背負って事業を行っています。しかし、中退共では会社のお金(利益)を使って掛金を積み立てても、それが経営者自身の退職金や資産形成には一切還元されないのです。福利厚生として従業員のためだけに行うのであれば問題ありませんが、経営者自身の老後資金準備も兼ねたいと考える場合には、中退共は不向きです。
早期退職者への「掛け捨て」リスクがない
中退共では、掛金の納付期間が12ヶ月以上あれば、退職時に退職金が従業員に直接支払われます。これは従業員にとっては権利が守られていると言えますが、会社側からすると「早期退職者への支給」という問題が生じます。
例えば、採用コストと教育コストをかけて育てた社員が、わずか1年ちょっとで競合他社に転職してしまったとします。この場合でも、会社が積み立てた中退共の掛金は、その辞めた社員に退職金として支払われてしまいます。会社への貢献度が低い段階で辞めた社員にも、会社のお金が渡ってしまうことに納得がいかない経営者は少なくありません。企業型DCなど他の制度では、加入期間が短い場合の返還規定などを設けられる場合がありますが、中退共にはそうした柔軟性がありません。
掛金減額のハードルと運用利回りの低さ
経営状況が悪化し、資金繰りが厳しくなった際、固定費の削減は急務です。しかし、中退共の掛金を減額するには、原則として「従業員の同意」が必要です。同意が得られない場合は厚生労働大臣の認定が必要になるなど、手続きが非常に煩雑でハードルが高いのが現実です。会社の存続がかかっている局面で、退職金の掛金が重荷になり、経営を圧迫するリスクがあります。
また、運用利回りの低さも懸念点です。中退共の退職金は「基本退職金」と「付加退職金」で構成されますが、近年の低金利環境下では、運用実績に応じて加算される付加退職金はほとんど期待できません。長期間資金を拘束されるにもかかわらず、インフレリスクに対応できず、実質的な資産価値が目減りしてしまう可能性があります。
企業型DCとはぐくみ基金のメリット・デメリット比較
中退共のデメリットを解消できる選択肢として、企業型DCとはぐくみ基金があります。それぞれの特徴を比較し、どちらが自社に適しているかを見ていきましょう。
企業型DC:運用益非課税だが60歳までロックされる
企業型DCの最大のメリットは、経営者自身も加入できる点です。役員報酬の一部を掛金とすることで、個人の所得税・住民税・社会保険料を抑えながら、全額損金で会社の経費として自分自身の退職金を積み立てることができます。運用益が非課税であるため、投資信託などで積極的に運用し、資産を大きく増やせる可能性があります。
一方、デメリットとしては「60歳まで引き出せない」という資金拘束があります。これは老後資金の確実な確保という点ではメリットですが、住宅購入や子供の教育費など、現役時代のまとまった出費には充てられません。また、従業員自身が運用商品を選ばなければならないため、投資教育の実施が必要です。「投資は怖い」「元本割れしたくない」と考える従業員にとっては、心理的なハードルになることもあります。さらに、導入時や維持管理に一定の手数料(口座管理手数料など)がかかる点も考慮が必要です。
はぐくみ基金:受給の柔軟性と社会保険料適正化が魅力
はぐくみ基金の大きな特徴は、退職金の受取時期が柔軟であることです。原則として加入後1ヶ月以上経過していれば、老後や定年退職時に限らず、自己都合退職や、育児・介護休業時、病気による休職時などにも積み立てた資金を受け取ることができます。これは、ライフステージの変化が激しい若い世代の従業員にとって非常に魅力的なポイントです。
また、選択制(給与の一部を掛金にする方式)で導入した場合、掛金分だけ標準報酬月額が下がるため、会社と従業員双方の社会保険料負担を軽減できる効果があります。この削減効果は、中退共にはない大きな経済的メリットです。運用は大手生命保険会社に委託されるため、従業員が個別に運用指図をする必要がなく、元本割れのリスクも極めて低く抑えられています。
ただし、デメリットとして「事務費」がかかる点が挙げられます。1人あたり月額数百円程度の手数料が発生するため、従業員数が多い場合はコスト試算が必要です(手数料は全額損金算入可能)。また、制度導入時にはコンサルティング費用などがかかる場合があります。
自社に最適な退職金制度の選び方
3つの制度にはそれぞれ一長一短があります。自社に最適な制度を選ぶためには、以下の視点で検討することをおすすめします。
1.経営者自身の加入意向
「社長である自分も退職金を積み立てたいか?」という点が最初の分岐点です。経営者自身の節税と資産形成も兼ねたいのであれば、中退共は選択肢から外れ、役員加入が可能な「企業型DC」か「はぐくみ基金」が候補になります。
2.資金繰りとコスト負担
会社が掛金を全額負担する体力が十分にあるなら、企業型DC(会社拠出型)や中退共も選択肢に入ります。しかし、固定費を抑えたい、あるいは従業員の給与原資の中でやり繰りしたい場合は、選択制の「企業型DC」や「はぐくみ基金」が適しています。これらは実質的に会社の実質負担を増やさずに制度を導入できます。
3.従業員の属性とニーズ
従業員の年齢層が若く、離職率が一定程度ある業界であれば、早期退職者への支給リスクがない制度や、退職時に持ち運び(ポータビリティ)ができる企業型DCが好まれるかもしれません。一方で、休職時の生活資金など、老後よりも手前のライフイベントでの資金需要に応えたい場合は、受給要件が柔軟な「はぐくみ基金」が喜ばれるでしょう。また、投資リテラシーが高い社員が多ければ企業型DC、安定志向が強ければはぐくみ基金といった判断も有効です。
4.社会保険料の削減効果
会社と個人の社会保険料負担を軽減したいというニーズが強ければ、「はぐくみ基金」や「選択制企業型DC」が強力なソリューションになります。特に給与水準が高い企業では、削減効果が制度運営コストを上回るケースも多くあります。
まとめ
退職金制度は、一度導入すると簡単には変更や廃止ができないため、慎重な選定が必要です。「中退共」は手軽ですが、経営者が加入できず、制度の硬直性や利回りの低さといったデメリットがあります。「企業型DC」は運用益非課税や経営者加入のメリットがありますが、60歳までの資金拘束と投資教育の必要性があります。「はぐくみ基金」は受給の柔軟性と社会保険料削減効果が高いですが、事務手数料がかかります。
それぞれの制度の特性を正しく理解し、自社の財務状況、経営者のビジョン、そして従業員のニーズに最も合致する制度を組み合わせることで、会社と個人の資産を最大化することができます。単なる福利厚生としてだけでなく、経営戦略の一環として退職金制度を見直してみてはいかがでしょうか。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的なシミュレーションや制度比較の図解もありますので、ぜひ参考にしてください。