多くの経営者にとって、節税対策は重要な経営課題の一つです。しかし、有効な節税策の多くは、実行にあたってまとまったキャッシュアウトを伴うため、会社の資金繰りとのバランスに頭を悩ませるケースも少なくありません。「できるだけキャッシュフローへの影響を抑えつつ、効果的に節税できる方法はないだろうか…」そうお考えの方に、ぜひ知っていただきたいのが「経営セーフティ共済(正式名称:中小企業倒産防止共済制度)」です。
この制度は、掛金が全額損金として認められるだけでなく、万が一取引先が倒産した際には無利子・無担保で借入れができ、さらにデメリットが非常に少ない独自の「一時貸付金制度」も備わっています。
この記事では、経営セーフティ共済の基本的な仕組みから、節税効果を最大限に高める活用法、解約時の注意点、そしていざという時に役立つ借入制度について詳しく解説していきます。
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1. 経営セーフティ共済(倒産防止共済)とは?
制度の目的と概要(連鎖倒産防止、国の機関運営)
経営セーフティ共済は、独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)という国の機関が運営している共済制度です。その主な目的は、取引先の予期せぬ倒産によって中小企業が連鎖的に倒産したり、経営難に陥ったりすることを防ぐことです。
具体的には、加入者が取引先の倒産により売掛金債権等の回収が困難になった場合に、積み立てた掛金総額の最大10倍(上限8,000万円)までの範囲で、無利子・無担保・保証人不要で共済金の借入れを受けることができます。国が運営しているため、制度としての信頼性が非常に高いのが特徴です。
掛金の損金算入と解約返戻金(実質的な簿外貯蓄)
経営セーフティ共済が節税策として注目される最大の理由は、支払った掛金の全額を、その事業年度の損金(法人の場合)または必要経費(個人事業主の場合)に算入できる点です。
掛金は月額5,000円から20万円までの範囲で自由に設定でき、年間最大で240万円(20万円×12ヶ月)を損金にできます。掛金の積立総額の上限は800万円です。
さらに重要なのは、掛金を40ヶ月(3年4ヶ月)以上納付していれば、共済契約を任意解約した場合でも、支払った掛金のほぼ全額(100%)が解約手当金として戻ってくることです。つまり、実質的には、税法上経費として認められながら、会社(または個人事業)の外部に資金を積み立てておける「簿外貯蓄」のような効果が期待できるのです。
2. 加入対象となる企業・個人事業主
加入条件(事業継続期間、資本金・従業員数基準)
経営セーフティ共済に加入できるのは、事業を1年以上継続している中小企業者または個人事業主で、業種ごとに定められた「資本金の額または出資の総額」または「常時使用する従業員数」のいずれかの基準を満たす必要があります。
例えば、製造業であれば資本金3億円以下または従業員300人以下、小売業であれば資本金5,000万円以下または従業員50人以下であれば加入できます。多くの中小企業や個人事業主が対象となる制度です。
加入できないケース
ただし、以下のような場合は加入できません。
- 事業開始後1年未満の場合
- 住所または主たる事業の変更を繰り返し行い、事業の実態把握が困難な場合
- 事業にかかる経理内容が不明な場合
- 納付すべき所得税や法人税を滞納している場合 また、加入後に掛金の納付を12ヶ月分以上怠ったり、不正な行為によって共済金や一時貸付金の貸付けを受けようとしたりした場合は、中小機構から契約を解除されることがあります。この場合、一定期間再加入できなくなるため注意が必要です。
3. 【裏技】1年間で最大460万円を損金算入する方法
掛金の支払い方法(月払いと年払い)
掛金の払い込み方法は、毎月払い(月掛)のほかに、掛金をまとめて前納(年払いや半年払いなど)することも可能です。この前納制度をうまく活用することで、1事業年度で損金算入できる金額を、通常の上限である240万円よりも大幅に増やすことができます。
月払い+期末に翌年分前納の組み合わせ
具体的には、事業年度の期首から毎月20万円(上限額)を月払いで納付し、事業年度の最後の月に、その月から翌事業年度の1年分(20万円×12ヶ月=240万円)を前納(年払い)するという方法です。 この場合、
- 期首からの月払い分:20万円 × 11ヶ月(最後の月は前納に含めるため)= 220万円
- 期末の前納分:20万円 × 12ヶ月 = 240万円 となり、合計で1事業年度に最大460万円を損金として計上することが可能になります。これは、突発的に大きな利益が出た年度の利益圧縮策として非常に有効な裏技です。
4. 解約手当金(返戻金)の受け取り方と注意点
解約金の税務処理と最適な解約タイミング
経営セーフティ共済を解約して受け取る解約手当金は、法人の場合は「雑収入」(益金)、個人事業主の場合は「事業所得に係る収入金額」または「一時所得」として課税対象になります。
そのため、何も考えずに解約してしまうと、一度に大きな利益(収入)が計上され、その年の税負担が重くなってしまう可能性があります。 節税効果を最大限に活かすためには、解約のタイミングが重要です。具体的には、
- 会社や事業が大きな赤字を出した年度に解約し、赤字と解約金を相殺する。
- 役員退職金の支払いなど、多額の損金が発生する年度に解約し、損金と解約金を相殺する。 といった方法が考えられます。特に、解約手当金を役員退職金の原資に充てれば、法人側では退職金が損金となり、個人側では退職所得控除という大きな税制優遇が受けられるため、効果的な出口戦略となります。
解約事由と解約手当金の支給率
解約手当金の支給率は、掛金を納付した期間と解約の理由(解約事由)によって異なります。主な解約事由は以下の3つです。
- 任意解約: 契約者の都合による解約。
- みなし解約: 個人事業主の死亡、法人の解散・会社分割・事業の全部譲渡など。
- 機構解約: 掛金を12ヶ月分以上滞納した場合や不正行為があった場合など、中小機構側からの契約解除。
任意解約の場合、掛金納付月数が12ヶ月未満だと解約手当金は0円(掛け捨て)ですが、12ヶ月以上で80%、24ヶ月以上で85%、30ヶ月以上で90%、36ヶ月以上で95%、そして40ヶ月(3年4ヶ月)以上で100%の支給率となります。みなし解約の場合も、40ヶ月以上の納付で100%となります。したがって、基本的には40ヶ月以上の加入を前提として考えるのが良いでしょう。
【重要】解約後2年間の再加入時の損金算入制限(2024年10月~)
以前は、節税目的で経営セーフティ共済の加入と解約(任意解約で返戻率100%)を繰り返すケースがありましたが、制度の本来の趣旨から逸脱するとの指摘がありました。そのため、2024年10月1日以降に共済契約を解約した場合、その解約日から2年を経過する日までの間に新たに共済契約を締結しても、その新契約に基づいて支出する掛金は損金(または必要経費)に算入できなくなりました。
この改正により、解約後の再加入による短期的な節税効果は得にくくなりました。もし、解約後に再度節税メリットを享受したい場合は、解約日から2年が経過した後に再加入するか、損金不算入期間中は最低掛金(月5,000円)で加入を継続し、2年経過後に掛金を増額するといった対応が考えられます(この場合、損金不算入期間中の掛金分は将来の解約手当金には反映されますが、節税効果はありません)。
5. メリット大!経営セーフティ共済の「一時貸付金制度」
解約手当金の返戻率を考えると、40ヶ月以内にまとまった資金が必要になった場合に解約するのは得策ではありません。そのような場合に活用したいのが、経営セーフティ共済独自の「一時貸付金制度」です。これは、取引先の倒産時に利用できる「共済金の借入れ」とは別の制度です。
利用条件と借入限度額
加入後12ヶ月以上が経過し、掛金をきちんと納付していれば、担保・保証人不要で、事業経営上必要な運転資金や設備資金として一時的な借入れができます。借入限度額は、その時点での解約手当金相当額の95%の範囲内で、掛金の納付月数と月額掛金額に応じて決まります。
例えば、月額20万円の掛金を40ヶ月以上納付し、掛金総額が800万円に達していれば、最大で760万円の借入れが可能です。
低金利と資金繰り対策としての有効性
借入利率は年0.9%(2025年5月現在)と非常に低く設定されています。返済期間は借入額に応じて定められ、据置期間も設けられています。急な資金需要が発生した場合でも、共済契約を解約せずに資金を調達できるため、キャッシュフローの安定化に大きく貢献します。デメリットらしいデメリットがほとんど見当たらない、非常に使い勝手の良い制度と言えるでしょう。
6. 経営セーフティ共済への加入手続き
手続きの流れ
加入手続きは、概ね以下の流れで進みます。
- 必要書類を入手する(中小機構のウェブサイトからダウンロード、または窓口で入手)。
- 申込書等に必要事項を記入する。
- 申込窓口(中小機構が委託した団体である商工会・商工会議所、または取引のある一定の金融機関)に書類を提出する。
- 審査後、中小機構から契約締結に関する書類が送られてくるので、大切に保管する。
必要書類(法人・個人)
法人企業の場合、主に以下の書類の「提示」が必要となります(提出ではありません)。
- 登記簿謄本(履歴事項全部証明書)
- 直近の確定申告書(法人税申告書別表一など)
- 直近の法人税の納税証明書(その1) 個人事業主の場合は、直近の確定申告書(所得税申告書第一表など)や所得税の納税証明書(その1)などが必要です。詳細は中小機構のウェブサイトや申込窓口でご確認ください。
まとめ
経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済制度)は、掛金の全額損金算入による節税効果、40ヶ月以上の加入で解約時に掛金がほぼ全額戻ってくる貯蓄性、万が一の取引先倒産時の無利子・無担保での共済金借入れ、そして低利で利用しやすい一時貸付金制度と、中小企業の経営者や個人事業主にとって多くのメリットを兼ね備えた制度です。
特に、掛金の支払い方を工夫することで初年度に大きな損金を計上できる「裏技」や、資金繰りに困った際に活用できる一時貸付金制度は、知っていると知らないとでは大きな差が出ます。ただし、2024年10月からの解約後再加入時の損金不算入ルールなど、制度改正にも注意が必要です。
これらの特徴を正しく理解し、自社の状況に合わせて計画的に活用すれば、経営セーフティ共済は節税と資金繰りの両面で、会社経営の強力な味方となるでしょう。
この記事で解説した内容は、以下の動画で税理士がより詳しく解説しています。具体的な事例や最新情報について知りたい場合に、参考にしてください。