「役員報酬を月10万円にすれば所得税がほぼゼロで、最強の節税になるのではないか」——こうした発想を持たれる経営者の方は少なくありません。しかし、この考え方には大きな落とし穴があります。役員報酬を極端に低く設定すると、確かに個人の所得税は下がりますが、その分だけ法人の利益が膨らみ、法人税負担が跳ね上がる可能性があります。さらに、社長個人の与信が下がり、住宅ローンが希望通りに組めなくなる、いざという時のセーフティネットが機能しない、といった深刻な問題も生じます。
そこで本記事では、役員報酬を高く設定する場合と低く設定する場合、それぞれのメリットを整理したうえで、現実的にどのラインを目指すべきなのか、その最適解を解説していきます。
The following two tabs change content below.
役員報酬を高く設定するメリット
一般的に「役員報酬を高くすると税金や社会保険料の負担が増える」と考えられがちですが、実は高めに設定することにも重要なメリットがあります。ここでは大きく二つに分けて紹介します。
(1)社長個人の可処分所得と生活の質の向上
まず一つ目は、社長個人の手元に残る現金が増え、生活の質を向上させられることです。これはシンプルで直接的なメリットですが、経営を長期的に安定させるうえで極めて重要な意味を持ちます。
もし社長自身が、自宅のローン返済や子どもの教育費の支払いに不安を抱えていたら、会社の経営において長期的で大胆な意思決定を下すことが難しくなります。日々リスクを背負い、全力で事業を展開している経営者だからこそ、その対価として豊かな生活を送り、金銭的なストレスから解放されることは重要です。
さらに見落とされがちなのが、金融機関からの評価、つまり「与信」への影響です。社長個人の役員報酬が低いと、銀行からの評価が低くなります。その結果、自宅を購入しようとしても住宅ローンが希望額通りに組めないというケースは少なくありません。個人としての信用力を確保する意味でも、一定水準の役員報酬は必要となります。
(2)会社の万が一に備える資金の確保
二つ目は、社長個人に資産を移しておくことで、会社の経営危機に対するセーフティネットを構築できるという点です。
たとえば、会社の業績が急に悪化して資金繰りが厳しくなった場合、金融機関は業績の悪い会社に対して、まずお金を貸してくれません。「銀行は晴れの日に傘を貸して、雨の日に取り上げる」と言われる通りです。しかし、社長個人に十分な預金があれば、その資金を会社に貸し付ける「役員借入金」という形で、当面の危機を乗り越えることが可能となります。役員借入金は銀行融資と違って審査がなく、利息や返済期限も自由に設定できます。
また、多くの経営者は会社の連帯保証人になっています。万が一会社が倒れた場合、社長個人が全責任を負うことになります。その時に備えて、日頃から役員報酬として個人に資金を移し、現金を確保しておくことは、社長本人と家族を守る最後の「保険」でもあるのです。
役員報酬を低く設定するメリット
続いて、多くの経営者が実践している「役員報酬を低く設定するメリット」について整理していきます。こちらは主に、税金と社会保険料という二つの観点から考えることができます。
法人と個人のトータル税額の最適化
まず押さえておきたいのが、個人と法人の税率構造の違いです。
個人にかかる所得税は超過累進課税で、住民税の10%と合わせると最大約55%にまで達します。一方、法人税は資本金1億円以下の中小企業の場合、年800万円までの利益には15%、800万円を超える部分には23.2%の税率が適用され、実効税率でみてもおおむね25%~34%程度で頭打ちになります。
つまり、社長個人の役員報酬をどんどん引き上げていくと、ある地点から個人の税率のほうが法人の税率を上回るようになり、支払う税金の総額が増えてしまいます。したがって、どこかで個人で受け取る金額をストップし、法人側に利益を残したほうが、トータルで手元に残るお金は多くなるのです。加えて、法人のほうが節税策の選択肢が広いという点でも有利に働きます。
社会保険料の負担軽減という大きな効果
税金以上に見過ごせないのが、社会保険料の負担軽減効果です。健康保険や厚生年金といった社会保険料は、役員報酬の金額(標準報酬月額)を基に計算され、報酬額が高くなるにつれて上がっていきます。
現在の社会保険料率は給与に対して約30%。建前上は会社と個人が半分ずつ負担することになっていますが、経営者にとってはどちらも自分の財布から出ているのと同じです。仮に月給100万円なら、毎月およそ30万円もの金額が社会保険料として消えていく計算になります。消費税の約3倍という重い負担です。
そこで役立つのが「役員賞与」を活用した設計です。実は役員賞与にかかる社会保険料には、国が定めた上限額が存在します。
| 保険の種類 |
社会保険料の上限 |
| 健康保険料 |
年間573万円まで |
| 厚生年金保険料 |
1ヶ月あたり150万円まで |
つまり、毎月の役員報酬は低めに設定し、この上限を超える金額をボーナスとして支給することで、上限を超えた部分にかかるはずだった社会保険料を合法的に削減できるのです。
ただし、注意点があります。役員賞与を法人の経費として認めてもらうためには、「事前確定届出給与」として、事前に税務署へ支給日と支給額を届け出て、その通りに支給する必要があります。業績悪化などを理由に勝手に金額を減額してしまうと、全額が経費として認められなくなるので注意が必要です。また、この手法は厚生労働省でも問題視され始めており、今後制度が変更される可能性がある点も押さえておくべきでしょう。
役員報酬の最適解はいくらなのか
ここまで役員報酬を高くする場合と低くする場合、それぞれのメリットを見てきました。では実際、いくらに設定するのが最も合理的なのでしょうか。ほとんどの経営者にとって意識すべき重要な「分岐点」が二つあります。
税率の壁となる「課税所得900万円」
一つ目の分岐点が、個人の課税所得900万円のラインです。所得税の税率は課税所得が900万円を超えると23%から33%へと跳ね上がり、住民税の10%と合わせた税率は43%に達します。これは法人税の実効税率(約25%~34%)を大きく上回る水準です。
つまり、このラインを超えると個人の税率が法人の税率よりも高くなり、個人で受け取るほど税負担が重くなっていきます。役員報酬の年額に換算すると、各種控除額にもよりますが、おおむね1,200万円程度が課税所得900万円に相当します。まずはこのあたりが、税率の観点からの一つの目安となります。
実質負担率から見る上限「年収2,000万円」
もう一つ意識したいのが、社会保険料も含めた実質的な負担率を踏まえた「年収2,000万円」というラインです。
役員報酬の年収別に、税金と社会保険料を合わせた実質的な負担率を試算すると、おおむね以下のようになります。
| 役員報酬(年収) |
税・社会保険料の実質負担率 |
| 1,500万円 |
約31% |
| 2,000万円 |
約35% |
| 3,000万円 |
約40% |
| 5,000万円 |
約44% |
年収2,000万円のときの負担率は約35%と、ちょうど法人の実効税率と同程度になります。しかし、年収3,000万円では約40%、5,000万円になると約44%と、収入の半分近くを税金と社会保険料で失うことになります。
多くの成功している経営者が、役員報酬を年収2,000万円程度までに抑えているのは、こうした負担率の観点からも合理的な判断だと言えます。
2,000万円以上必要な場合の考え方
「では、それ以上の資金を個人で確保したい場合はどうすればいいのか」という疑問が出てくるはずです。この場合は、役員報酬として受け取るのではなく、非課税もしくは税制上有利な形で会社から個人へ利益を移す方法を活用します。
代表的なのが「役員社宅制度」や「出張旅費規程」です。これらを適切に運用すれば、社長個人の可処分所得を実質的に大きく増やすことができます。そして最終的には、法人内に残った利益を、税制上優遇されている「役員退職金」の形で個人に移転する——これが資産防衛における王道の出口戦略です。
なお、役員報酬を変更できるのは、事業年度が始まってから3ヶ月以内という重要なルールがあります。次の決算のタイミングに合わせて、翌年度以降の設計をじっくりと検討することが大切です。
まとめ
役員報酬の設定は、単なる「節税」の観点だけで決めるべきものではありません。個人の税負担、社会保険料、金融機関からの与信、そして万一の際のセーフティネット確保まで、多面的な視点から総合的に判断する必要があります。
ポイントを整理すると、まず税率だけで見た場合の目安は、個人の課税所得900万円(役員報酬でおおむね年収1,200万円)のラインです。ここを超えると個人の税率が法人の税率を上回り始めます。次に、社会保険料も含めた実質負担率で考えると、年収2,000万円あたりが法人実効税率と同水準となり、これを超えると急速に負担率が高まっていきます。それ以上の資金を個人に残したい場合は、役員社宅制度・出張旅費規程・役員退職金といった、税制上有利な仕組みをフル活用していくことが重要です。
利益が出ている会社ほど、役員報酬の設計次第で最終的に手元に残る金額は大きく変わります。ぜひこの機会に、自社と自身のライフプランを踏まえた最適な報酬設計を検討してみてください。
なお、今回解説した役員報酬の設定方法や、役員賞与を活用した社会保険料削減の具体的なポイント、退職金を使った出口戦略などについては、税理士がより詳しく動画内で解説しています。文章では伝えきれない実践的なノウハウも紹介しているので、あわせてご覧いただくと理解が深まるはずです。ぜひ元動画もチェックしてみてください。