逓増定期保険は、保険金が段階的に増えていくしくみの保険です。
かつては解約返戻金の返戻率が短期で立ち上がり100%前後にまで達すること、「全額損金」「1/2損金」など保険料の損金性が高かったことから、「節税商品」と言われ人気がありました。
しかし、2019年10月に国税庁の通達が改定され、そのような商品は認められなくなりました。
それによって、逓増定期保険も、活用法が大きく変わりました。
現時点で、逓増定期保険の効果的な活用法は2つに集約されます。「積立」と「名義変更」です。いずれも、選ぶべきプランと活用法のポイントが大きく異なります。
そこで、この記事ではそれぞれについて、具体例も紹介しながら、メリットと注意点を分かりやすく説明します。
なお、法人保険一般については「法人保険とは?会社の様々な問題解決に有益な最新6つの活用法」をご覧ください。
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保険の教科書 編集長。2級ファイナンシャルプランナー技能士。行政書士資格保有。保険や税金や法律といった分野から、自然科学の分野まで、幅広い知識を持つ。また、初めての人にも平易な言葉で分かりやすく説明する文章技術に定評がある。
1.逓増定期保険とは
逓増定期保険は、法人専用に設計された、保険金が当初の5倍にまで逓増、つまり段階的に増えていく生命保険です。
主な特徴は以下の2点です。
- 保険金額が逓増していく
- 解約返戻金の返戻率の立ち上がりが早い
それぞれについて説明します。
1.1.保険金額が逓増していく
そのように設計されている理由は、法人が将来成長していくのを想定しているからです。
法人が成長して大きくなっていくと、その分、経営者の方に万一があった時に必要な保険金の額も大きくなるというイメージです。

1.2.解約返戻金の立ち上がりが早い
もう1つの特徴は、解約した時に受け取れる解約返戻金の返戻率が、他の「〇〇定期保険」よりも早く立ち上がることです。
それは、逓増定期保険のしくみと密接に関連しています。
人の死亡のリスクは、ただでさえ年を取るごとに増加していきます。しかも、逓増定期保険は年を取るごとに保険金額が高く設定されます。
ところが、逓増定期保険の保険料は最初から最後まで値上がりせず一定です。
したがって、前半のうち、保険料を支払うと、死亡のリスクに対応した本来の意味での「保険料」は少しで、あとは、後年の分まで前もって保険会社に支払い、預かってもらっていることになります。
(イメージ)

なので、早期に解約すると、まだ死亡のリスクに充当されていない多くのお金が解約返戻金として戻ってくるのです。
1.3.かつては節税保険として人気も
逓増定期保険は、かつて、節税保険と呼ばれ重宝されました。それは、解約返戻金の返戻率が5~15年という比較的短い期間で90~110%にも達する上、保険料の全部または1/2、1/3を損金算入できたからです。
ところが、2019年10月に法人保険の損金処理のルールが改定されました。その新ルールでは、返戻率が高いと保険料の損金算入率が低くなりました。
それによって、逓増定期保険を始めとする法人保険の活用法は大きく変わりました。
現在、逓増定期保険の有効な活用法は、大きく以下の2通りだと言えます。
- 長期間かけてお得に退職金を積み立てる
- 計画的に大きな損失を作り出し、個人に資産移転を行う
それぞれについて説明します。
2.活用法1|長期間かけてお得に退職金等を積み立てる
1つ目の活用法は、ある程度長期間かけて、効率よく退職金等の資金を積み立てることです。
前提として、2019年10月以降、法人保険の損金算入ルールが改定され、解約返戻金の返戻率が高い商品は、ごく一部の特殊な例外を除き、損金算入割合が低く抑えられるしくみが採用されています(詳しくは「法人保険の損金算入ルールを分かりやすく解説します」をご覧ください)。
この状況下で、逓増定期保険を退職金等の積み立てに活用する場合、最もおすすめなのは、解約返戻金のピーク時の返戻率が80%~85%以下で、かつピークが長く続くものです。
以下、A生命の逓増定期保険の契約例をもとに説明します。
【契約例】
- 被保険者:社長(50歳男性)
- 保険金額:1億円
- 保険期間:78歳まで
- 保険料:4,712,056円/年
- 最高返戻率:84.6%(8年後)
このプランは、法人保険の損金算入ルールのうち、以下の通り、ピーク時の解約返戻率70%~85%のルールが適用されます。
【損金算入割合】
- 11年2ヶ月目まで:40%損金
- 11年3ヶ月目~21年目:全額損金
- 22年目~満期:196%損金
そして、保険料の損金算入割合、解約返戻金の金額・返戻率は以下のように推移します。

このように、解約返戻金のピーク、つまり、返戻率が84%前後のタイミングが、5年後~24年後までと、20年間継続します。したがって、退職金を受け取る時期に幅を持たせることができます。
また、その間、保険料の損金算入割合も高くなっていきます。
したがって、ある程度長期間かけて、退職金を効率よく積み立てる活用法に向いています。
3.活用法2|一気に大きな損金を作るとともに、法人の資産を個人に移転する
2つ目の活用法は、オーナー企業で、法人の側で計画的に大きな損金(損失)を計上でき、かつ、経営者個人の側で実質的な手取りを増やすことができるとされている方法です。
以前からよく「名義変更プラン」と呼ばれてきたものです。
3.1.基本のしくみ|ピーク直前に個人へ名義変更
名義変更プランに用いられる逓増定期保険は、返戻率がピークの直前まで低く抑えられており、ピークになって急激に上がるものです。「低解約返戻金型」と言われるタイプです。
返戻率が低い期間を「低解約返戻金期間」と言います。
【低解約返戻金型の逓増定期保険(イメージ)】

名義変更プランは、低解約返戻金期間の最後、つまり、返戻率が跳ね上がる直前に、会社から経営者・役員個人へと名義変更、つまり保険契約自体を個人に譲り渡したり払い下げたりするのです。
保険の評価額は、法令・通達ではその時点の解約返戻金の額とされています。したがって、低解約返戻金期間の最後に会社から個人へ名義変更すると、その時の保険の評価額は大変低い額になります。
ここがポイントです。
では、逓増定期保険の名義変更プランを実行するとどのような効果があるのか、以下の契約例を用いて、個人と法人のそれぞれのメリットを説明します。
【契約例】
- 被保険者:40歳男性
- 年間保険料2,966,200円
- 解約返戻金の返戻率のピーク到来:5年後(94.5%(14,029,000円))
- 低解約返戻金期間:4年間
- 4年後の返戻率:17.5%(2,087,000円)
手順は以下の通りです。
まず、加入4年後に経営者個人が、保険契約を会社から時価2,087,000円(その時の解約返戻金額)で買い取ります(①)。
そして、個人で翌年に1年分の保険料2,966,200円を支払い(②)、その後で解約します(③)。この時の返戻率は94.5%で、解約返戻金は14,029,000円です。

こうすると、個人で支払ったお金は、会社からの買取金額2,087,000円と名義変更後1年分の保険料2,966,200円の計5,053,200円だけです。
それなのに、14,029,000円のお金を受け取れて、差し引き8,975,800円の利益を受けたことになります。
3.1.1.法人のメリット|一気に大きな損金を作れる
まず、法人の側では、名義変更の際に、一気に大きな額の損金を計上できるというメリットがあります。
どういうことかというと、この契約例のプランでは、法人が年2,966,200円の保険料を支払うと、そのうち427,132円(14.3%)が損金算入され、残りの2,539,068円(85.6%)が資産計上されます(保険料の損金処理については詳しくは「法人保険の損金算入ルールを分かりやすく解説します」をご覧ください)。
これが4年間資産計上されていくと、合計10,156,272円になります。そして、4年後に会社が経営者個人に対して保険を名義変更する際、その時の評価額(解約返戻金額2,087,000円)で売り渡すことになるので、10,156,272円の資産を2,087,000円で払い下げる計算になります。
これにより、会社には差し引き8,069,272円の損失が発生し、大きな損金が計上されます。
したがって、近い将来に計画的に大きな損金を計上したい場合に、名義変更プランが役に立つのです。
3.1.2.個人のメリット|法人の資産を効率よく自分に移せる
次に、個人の側では、法人の資産を自分に移すことができ、所得税の負担も抑えられるという効果があります。
どういうことかというと、名義変更後に個人が保険を解約して解約返戻金14,029,000円を受け取ると、一時所得と扱われ、所得税の負担が軽くなります。なぜなら、一時所得金額の計算は、
(収入金額-必要経費-50万円)×1/2
で、いわゆる「1/2課税」の扱いがされるため、所得税が大幅に抑えられるのです。
上の事例では、個人が2,087,000円で保険を買い取り、翌年分の保険料2,966,200円だけを支払っているので、必要経費は計5,053,200円です。したがって、一時所得の金額は
(14,029,000円-5,053,200円-50万円)×1/2=4,237,900円
です。
つまり、自分が支払ったお金よりも8,975,800円多い解約返戻金を受け取れる上、一時所得と扱われるので税金も「1/2課税」で4,237,900円にしかかからないという効果があります。
これにより、ケースバイケースではありますが、逓増定期保険の名義変更プランを活用すると、法人から役員報酬として受け取るよりも、所得税の負担が低くて済むことがあるのです。
3.2.名義変更プランが効果的な2つの例
このように、逓増定期保険の名義変更プランは、
- 法人:大きな損金を計上できる
- 個人:法人の資産を効率よく個人に移転できる
という効果があります。
ただし、個人の側のメリットはケースバイケースですので(後ほど説明します)、重要なのは、法人の側で大きな損金を計上できるという点です。
このメリットに着目して、名義変更プランが効果的な2つの例を紹介します。
- 事業承継・相続税対策(自社株価値引き下げ)
- 確実に大きな益金の発生が見込まれる場合の法人税対策
いずれも、名義変更のタイミングを見越して計画的にプランを組む必要があります。
3.2.1.事業承継・相続税対策(自社株価値引き下げ)
まず、事業承継・相続税対策としての活用です。
経営者が退任して、後継者に法人代表者の地位を引き継ぐ場合、自社株式(合同会社等であれば「持分」)を移転させることになります。
その場合、後継者には贈与税がかかります。贈与税を抑えるには、自社株式の評価額を抑える必要があります。
逓増定期保険の名義変更プランを活用すると、名義変更の際に大きな損金を作れるので、それによって自社株式の評価額を抑えることができます。
なお、退任する経営者個人の側でも、逓増定期保険の契約を退職金の一部として受け取ることにより、実質的な手取りが大きくなる可能性があります。
すなわち、個人が法人から名義変更を受ける時は保険契約の評価額(解約返戻金額)が低いのに対し、翌年に個人で解約する時には解約返戻金額が大きく立ち上がります。しかも、一時所得として税負担が軽くなります。

3.2.2.確実に大きな益金の発生が見込まれる場合の法人税対策
もう1つの活用法は、近い将来、確実に大きな益金が発生するタイミングに合わせて名義変更を行う方法です。
その時に大きな損金を作れる見込みがなければ、多額の法人税を支払わなければなりません。
そこで、そのタイミングに名義変更のタイミングをぶつけるようにプランを組むことが考えられます。
このように、逓増定期保険の名義変更プランは、4~5年後の近い将来に発生することが明確なイベントに備え、用意周到に計画を立てたうえで活用するべきものといえます。
3.3.名義変更プランの注意点
最後に、名義変更プランの以下の2つの注意点についてお伝えします。
- 総合的な判断が必要
- 否認されるリスクがゼロではない
3.3.1.総合的な判断が必要
また、具体的なプランを選ぶ場合、以下のように、法人と個人のそれぞれの視点から、さまざまな数値を総合的に見る必要があります。ただ「保険料の損金算入割合が高いから」「ピーク時(個人での解約時)の返戻率が高いから」「解約返戻金は一時所得なので税金が得だから」というだけで安易に保険加入することはおすすめしません。
トータルで見たらそれほどのメリットがないこともあり得るのです。
【法人の視点】
- 保険料の損金算入割合
- 加入中の法人実効税率
- 名義変更時に法人に計上される損失(損金)の額
【個人の視点】
- 名義変更時の解約返戻金の額
- 個人で支払う保険料の額
- 名義変更後、解約する時の解約返戻金の返戻率・金額
- 現在の役員報酬にかかる所得税の税率・金額
3.3.2.否認されるリスクがゼロではない
さらに、「名義変更プラン」が「租税回避」として税務当局から否認されるリスクがゼロとは断言できません。
現在のところ、実際に租税回避として否認された事例はありません。
しかし、法令や裁判例により、目的が税金を免れるためとしか考えられない経済合理性のない行為は否認の対象となるという扱いがされています。逓増定期保険の名義変更プランは、これに抵触する可能性が否定できません。
なぜなら、返戻率が低いタイミングで個人に名義変更をするため、会社に損失を与えてしまうことになるからです。もし税務当局から「なぜそんなことをしたのか」と突っ込まれたら、合理的な説明をするのはきわめて難しいでしょう。
その意味で、否認のリスクがゼロとまでは断言できないのです。
まとめ
現状、逓増定期保険の活用法は大きく分けて2つあります。
1つは、長期間かけて退職金等の資金を効率よく積み立てる活用法です。解約返戻金のピークの返戻率が80%~85%以下で、かつピークが長く続くものを選ぶのがおすすめです。
もう1つは、「低解約返戻金型」の逓増定期保険を利用して、法人の側で計画的に一気に大きな損金を計上するとともに、個人の実質的な所得を増やせる可能性がある「名義変更プラン」です。こちらは、事業承継・相続税対策や、4~5年後に確実に大きな益金が発生する場合の税金対策に有効です。ただし、プランを組むのに様々な要素を考慮した総合的な判断が必要な上、税務否認のリスクが完全にゼロとまでは断言できません。
逓増定期保険に限らず、法人保険は、法人の現在と将来の両方を見据えて慎重にプランを組む必要があります。この記事が、少しでもその役に立つことを願ってやみません。