個人事業主の医師として、居を構えて日々患者の治療にあたる開業医の中には、事業規模が大きくなっていった結果、運営や税金対策について、大きな悩みを持っている方もいるでしょう。
厚生労働省の調査によると、平成27年度における一般的な開業医の平均年収は2,887万円にもなるそうです。
個人事業主として事業を行っている場合、所得税の計算には「超過累進課税」が使われます。
年収が2,000万円を超えるともなると、所得税率は40%にもなり、多額の税金を支払わなければなりません。
対して法人であれば、税率には「法定実効税率」が使われることとなり、多くとも30%程度の税率で済みます。
これだけでも医療法人を設立するメリットがありますね。
ただし、医療法人は一般的な会社とは違う部分が多く、注意する必要があります。
今回は、そんな医療法人の基礎知識と、設立時の注意点についてお話しします。
The following two tabs change content below.
私たちは、お客様のお金の問題を解決し、将来の安心を確保する方法を追求する集団です。メンバーは公認会計士、税理士、MBA、CFP、相続診断士、住宅ローンアドバイザー、行政書士等の資格を持っており、いずれも現場を3年以上経験している者のみで運営しています。
1.医療法人とは
医療法人とは、病院や診療所、老人介護施設などを開くという目的で、医療法のルールに乗っ取って設立された法人のことです。
簡単にいうと、会社の医師・歯科医師バージョンですね。
「社団法人」と「財団法人」がありますが、現在設立されている医療法人のほとんどは、「社団法人」です。
現在、医療法人は「出資持分がない」ため、自身が退社した時や法人自体が解散した場合、出資したお金を取り戻すことが出来ません。
どういうことかというと、元々、社団の医療法人には「出資持分」という考え方がありました。
これは、株式会社の「株主」が持つ権利のようなもので、「出資者=社員」が退社する際に、出資した分の金額の払い戻しが受けられるというものです。
また、医療法人が解散した際にも、出資した割合に応じて残った財産を受け取ることが出来ました。
しかし、平成19年に医療法が変わり、現在は「出資持分がある医療法人」を、新たに設立することは出来なくなっているのです。
1.1.医療法人は「非営利法人」
医療法人は、医療という人の命に関わる商売をしているため、非営利団体であるとされています。
医療という使命を掲げ、それに関係するような事業しか行ってはいけません。
また、得た収益を出資者に配当金として分け与えることも禁止されています。
基本的に医療法人の場合は、法人化したい医師自身が出資することが多いですが、自身が出資しているからといって、配当金という形ではお金を受け取ることが出来ないということです。
1.2.社団医療法人の構造について
社団医療法人の構造は株式会社によく似ています。
大きく違う点は、業務内容が限定されているということです。
社団医療法人が行うことのできる業務は、以下の2つに限られます。
ただし、上記でも述べたように、営利目的で事業を行うことは出来ませんので、注意しましょう。
では、それぞれについて見てみましょう。
①医療施設の経営
医療法人の主な業務は、病院や診療所、介護施設の経営です。
開業医と違うところは、医療関係の業務であれば、複数にわたって展開できるということです。
いくつもクリニックを建てたり、診療所と介護施設を同時経営したりできるようになります。
②医療に附帯する業務の実施
医療関係者の養成や、研究所の設置などが該当します。
直接医療行為が行われるような業務ではありませんが、確実に医療に関係している事業ですね。
法人でないと行うことのできない事業にも着手することができ、フィットネス施設など、一見医療に関係ないような事業でも、リハビリ目的など医療関係であれば経営することが可能です。
2.開業医との違いについて
医療法人について基本的な部分が分かったところで、開業医との違いについて見ていきましょう。
2.1.税負担の面での違い
冒頭でも述べた通り、個人である開業医の場合、所得税の計算には「超過累進課税」が使われます。
開業医の所得に対して発生する税率と控除額は以下の通りです。
対して医療法人の場合、所得にかかる税率は最大でも30%となっています。
仮に、所得が2,000万円だった場合、開業医と医療法人では、所得税率に10%もの違いがあるわけです。
数ある職種の中でも収入が多いとされる医師の場合、この恩恵は大きいですね。
加えて法人の場合、「法人事業税において、社会保険診療報酬が非課税になる」という恩恵もあります。
一般企業の法人事業税は、以下のように計算されます。
対して、医療法人の法人事業税の計算方法は、以下の通りです。
上記のルールにより、医療法人が開業医よりも税負担の面で有利なのが分かりますね。
また、経費についても一般の法人と同じように処理することが可能です。
なので、節税・決算対策のバリエーションが個人よりも広がります。
詳しくは「会社の税金|効果的な節税対策をするためのテクニック」をご覧ください。
ただし、上記リンクで紹介されているものの内、「経営セーフティ共済」に限っては利用することができません。
注意しましょう。
2.2.事業展開の面での違い
上記でも述べたように、医療法人化することによって、診療所を増やしたり、介護施設も経営したりと、手広い経営を行うことが出来るようになります。
また、例えばお子さんにクリニックを継がせるといった場合、医療法人であれば新たに開設許可を受ける必要がありません。
3.医療法人設立の流れと注意点
医療法人を設立するまでには流れは、以下の通りです。
設立する上での注意点を紹介します。
①設立には構成員をそろえる必要がある
医療法人を設立する際には、原則として、理事3名以上と監事1名以上をそろえる必要があります。
理事は家族などに任せることもできますが、監事については外部の人間でなければいけません。
一人で法人化というわけにはいかないので、注意しましょう。
②手続きしてから認可が下りるまで時間がかかる
医療法人説明会に参加してから登記が完了するまで、5ヶ月ほどの期間が必要となります。
設立する際はそのスパンを見越した上で、計画的に行いましょう。
②「出資持分がない」ことは頭に入れておく
経営の複雑化や事務作業の増加など、気にすべき点は色々ありますが、最も注意しておきたいのが「新しく立ち上げた医療法人には出資持分がない」ということです。
「出資持分」がない場合、法人を解散した時に、残った財産をすべて国や地方公共団体などに納めなければなりません。
つまり、手元に財産を残すことが出来ないのです。
後継ぎがいない医療法人では、この制度が大きなデメリットとなる為、法人化を考える際には頭に入れておきましょう。
まとめ
医療法人は開業医と比べ、税負担の面や事業展開の面で有利な部分が多いです。
特に税負担の面では、「社会保険診療報酬」に関連する制度が強力です。
もし、手広い経営に興味がある場合や、多額の税金に頭を悩ませている場合は、法人化を検討してみると良いでしょう。
ただし、新たに設立される医療法人には、「出資持分」がない為、後継ぎのことについても良く考える必要があります。
注意点を把握した上で、今一度法人化についてよく考えてみるのも良いかもしれませんね。