我が国の産業において、プレス機はなくてはならない重要な機械ですが、大きな危険を伴うものでもあります。
もしも作業場でプレス機による事故が発生し、従業員が死傷してしまったら、会社には大きな損失が発生します。死亡事故など最悪のケースでは、大切な人材を失ってしまうだけでなく、遺族から多額の損害賠償金が請求されることもあるでしょう。
もちろん、そのような事故を起こさないようプレス機そのものに安全装置を設置するなどハード面での対策と、人為的なミスを防止するための注意喚起や社員教育などソフト面での対策を行っていることと思います。しかし、それでも事故を完全に防げていないのが現状です。
そして、そのような場合に会社を守ってくれるのは損害保険しかありません。労災等の社会保障制度もありますが、それはあくまで最低限度のものにすぎないのです。
この記事では、プレス機による事故の発生状況を踏まえ、そのリスクをどうやってカバーしていくかをお伝えしてまいります。プレス機を扱っている業種に携わる、全ての方にお読みいただければ幸いです。
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私は10年以上にわたり、生命保険業界で働いております。マイホームの次に高い買い物と言われることもある保険ですから、本当に必要な商品を無駄なく加入してもらうことが大切だと考えています。お一人お一人のご希望やライフプランをおうかがいし、少しでも豊かな人生を送るお手伝いが出来ればと思っております。
1.プレス機による事故の発生状況
プレス機でどんな事故が発生しているのか、まず、業種別・事故の型別による死傷災害の発生件数をご覧ください。
プレス機が原因となる事故は、「はさまれ・巻き込まれ」です。
※厚生労働省『機械災害データベース』『労働災統計』(平成29年分)より抜粋
「はさまれ・巻き込まれ」は、全産業だと1位「転倒」、2位「墜落・転落」の次の3位です。そして、製造業では1位です。
実際に起こった事故の事例を3つお伝えします。
事例1)自動車部品製造業
プレス機の運転中、鋼板に歪みが生じたため上下の金型の間に頭を入れ、鋼板を引っ張り歪みを直そうとしたところ、上金型が降下してきて頭部を挟まれ即死。(300t)
事例2)電機機械器具製造業
プレス機に材料をセットする際に、工具を使わず左手で材料を押さえようとしたところ、誤ってボタンを押してしまい、プレス機に左手を挟まれた。(40t)
事例3)金属製品製造業
プレス作業中、金属屑を取り出そうと手を金型に差し入れたところ、誤ってフットペダルを踏んでしまい、右手の指を金型に挟まれた。(20t)
これらの事故例から分かるように、プレス機はちょっとしたことが重大な事故につながります。会社にはこういったリスクがあることを前提として対策をとる義務があります。
2.一度事故が起きると巨額の賠償責任を負うおそれも
プレス機による事故で、会社が最も大きな損害を被るのが、ケガをした従業員に対して支払う損害賠償金です。
会社には法律上「安全配慮義務」というものがあります。これは、従業員の身体の安全のためにできる限りのことをしなければならないという義務です。もし会社に安全配慮義務違反があったとされると、被害者から訴えられて多額の賠償責任金を支払うケースも少なくありません。
この「安全配慮義務」は、相当厳しいものだとお考えください。ご参考までに、以下の裁判例をご覧ください。会社側に「安全配慮義務違反」があったとされ被害者に対して賠償責任金を支払ったというものです。
「従業員がプレス機のボタンを右手で押しながら左手をプレス部分に差し入れたことが原因で、左手を切断した事故。安価で比較的簡単に設置できるはずの安全カバーの設置をせず、働く従業員を危険から守る安全配慮に欠けており、会社側に重大な過失があったと判断され、賠償責任金を支払った。」
この中で、「重大な過失」という言葉にご注目ください。「重大な過失」とは、単なる過失ではなく、故意と同レベルということです。「安全カバーの設置をしなかったこと」が単なる過失ではなく、故意と同レベルと言われているのです。つまり、安全カバーの設置は当然していなければならなかったレベルであり、もし設置していたとしても、会社側の過失が認められた可能性があるということです。
下図は1995年以降、裁判で高額な賠償金の支払いが命じられたケースの一例です。賠償金額は1億円を超えています。一度事故を起こしてしまえば、会社が立ち行かなくなってしまうリスクがあります。
3.事故のリスクに備えるための補償
ここまで、プレス機の事故の現状と、実際に事故が起きてしまった場合に会社が従業員またはその遺族に対し重い損害賠償責任を負うリスクについてお伝えしました。
もちろん、危険防止策をしっかりとるのは大切だし、大前提です。しかし、プレス機はちょっとしたことが重大な事故につながるリスクがあるため、事故が実際に起きてしまった場合に備え、保険でカバーしておく必要があります。
そこで、事故が起きてしまった場合への備えについて、公的な補償と、民間の保険等について分かりやすく解説いたします。
3.1.公的補償だけでは不十分
■労災保険制度(政府労災)は最低限の補償にすぎない
まず、国の制度として労災保険制度があります。これはもしもの時に従業員・遺族の生活を守る最低限の制度です。したがって、もし万が一未加入であれば、必ず加入するようにしてください。労災保険の詳細については厚生労働省資料「労災保険給付の概要」をご参照ください。
ただし、労災保険制度はあくまでも、最低限度の補償でしかなく、これだけでは従業員・遺族の生活を守るには到底足りません。
■傷病手当金は「業務上」のケガは対象外
傷病手当金は「病気やケガで仕事ができなくなった時、給料の約2/3が1年6ヶ月まで受け取れる」という制度です。ただし、傷病手当金は仕事中にしたケガは対象外となっています。
ですから、プレス機の事故にあってケガをして会社を休んでも傷病手当金は受け取れません。
■障害年金も最低限度の補償と考える
障害年金は、傷病手当金とは異なり、業務上のケガが原因の場合でも対象です。病気やケガが原因で日常生活や仕事をすることが難しい場合に受け取れる年金のことを言います。障害の程度により、1級から3級まで等級が区分けされています。程度の軽い障害が残ったときに支給される「障害手当金」という制度もあります。
プレス機の事故で多い「指切断」では、「親指もしくは人差し指を失った」時に3級もしくは障害手当金の対象となります。最終的には医師の診断書で判断されます。
ただし、これも、あくまで最低限の補償とお考えください。
※障害年金の給付基準等に関する詳細は「障害年金の等級の状態と職業による判断基準のすべて」をご覧ください。
3.2.万全なのは業務災害補償保険
以上、お伝えしたように、プレス機の事故等による死傷については、労災保険制度や社会保障制度が用意されていますが、従業員と家族の生活を守るにはあくまで最低限度の補償にすぎません。
しかも、上述の通り、プレス機の事故で従業員が死傷したり後遺症が残ったりした場合、会社は巨額の損害賠償責任を負うリスクが大きいです。
そこで、「業務災害補償保険」の活用をおすすめします。業務災害補償保険は、従業員の方のケガ・病気の治療費や、会社が安全配慮義務違反等を理由に損害賠償責任を求められた時の賠償金等を補償してくれる保険です。
福利厚生の一環として、会社が独自に支給条件や支給金額を定めることもできます。
業務災害補償保険で使用者賠償の補償を付けていると、労災では足りない分を補償してくれます。
これに、福利厚生の一環として、従業員が休んだ時の給与をある程度補償してくれる休業補償も付けることをおすすめします。
当然のことですが、民間の保険は会社判断で加入は任意となっています。しかし、プレス機などを扱う事業を行なっている会社の場合は、1つの事故が大きな損失を生むことも考えられますので、業務災害補償保険に加入して万が一に備えておけば、いざという時はご安心いただけるかと思います。
参考「労災上乗せ保険とは?必要性と補償内容と組み方のポイント」
3.3.補足|福利厚生に最高の保険・GLTD(団体長期障害所得補償保険)
ある程度の従業員数であれば、業務災害補償保険の休業補償の代わりに、GLTD(団体長期障害所得補償保険)という保険を活用する方法があります。
GLTD は、あまり知られていませんが、企業の従業員が病気やケガなどで働けなくなったときの収入減を補償するための団体専用の保険です。
なんと、従業員の毎月の給与の一部を、最長で定年まで補償してくれる上、保険料も大変割安になっています。
補償対象は、業務中か業務外かを問わず、病気・ケガが原因で働けなくなった場合を広くカバーしています。
長期間にわたり、労災や障害年金といった公的保障だけでは足りない分を補ってくれます。従業員に安心感を与え、勤労意欲を引き出すことにもつながります。
ある損害保険会社のGTLD の保険料は以下のとおりです。
- 契約者:33 歳男性
- 保険金:30 ヵ月まで8 万円/ 月、31 ヵ月以降65 歳まで24 万円/ 月
- 保険料:488 円/ 月
このように、福利厚生の一環としても、大変コストパフォーマンスが良いものです。業務災害補償保険と組み合わせる選択肢もあります。
まとめ
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。この記事では、プレス機による事故の発生状況と、保険でカバーできる範囲についてご案内しました。
労働災害ではプレス機などによる「はさまれ・巻き込まれ事故」が多発しています。その原因は安全配慮義務違反や単純ミスによるものがほとんどです。事故が起きてしまったら、会社には賠償責任問題が起こる可能性がありますし、そうでなくても、死傷した従業員・家族の生活を守ってあげなければなりません。
まずは賠償責任等のリスクのために、業務災害補償保険に加入しておくことをおすすめします。
また、そうでなくても、労災や社会保障制度はあくまで最低限の補償と考え、福利厚生の一環として、労災上乗せ保険に加入するのも良いでしょう。
何よりも大切なのは、事故を起こさないようにする環境作りです。経営者の皆様におかれましては、安全配慮義務について改めてお考えいただき、また、従業員の皆様は細心の注意を払って日々の業務に取り組んでいただきたいと思います。
参考サイト:厚生労働省「職場のあんぜんサイト」