労災上乗せ保険(業務災害補償保険、労働災害総合保険等)は最近、労務リスクへの備えとして注目を集めてきている保険です。
従業員が業務上ケガをしたり、病気になったしたりした場合に、雇用主である企業は、「安全配慮義務」等を厳しく問われるようになってきています。近年、損害賠償金も高額化してきています。
政府労災がありますが、それだけではまかないきれなくなってきています。
そんな中、最近、労災上乗せ保険を検討する企業が多くなってきています。
また、労災上乗せ保険の商品も進化してきており、労務に関する様々な賠償リスクに備えられる手段、福利厚生を低コストで準備できる手段としても注目されてきています。
この記事では、労災上乗せ保険について、どのような損害をどこまでカバーするのか、どのような点に着目してプランを組めば良いのかというポイントを、保険料を抑える方法にも触れながら解説します。
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はじめに|労災上乗せ保険とは
労災上乗せ保険とは、従業員等が業務に関連してケガをしたり、病気になったりした場合に、政府労災で足りない分をカバーする、民間の損害保険です。
従業員にはパート・アルバイトも含まれます。また、個人事業主に業務委託している場合も、実質的な指揮監督下にあれば、対象となります。
「業務災害補償保険」「労働災害総合保険」など、保険会社によって名前は異なりますが、いずれにしても、補償内容は大きく分けて以下の2つです。
- 業務上の傷病の治療費等を労災に上乗せする(法定外補償保険)
- 損害賠償請求を受けるリスクから会社を守る(使用者賠償責任補償保険)
この2つの補償は考え方が大きく異なります。
まず、法定外補償保険は福利厚生としての役割が強くなっています。最近は、精神疾患の補償や、業務外の病気まで厚くカバーするものもあります。
これに対し、使用者賠償責任補償保険は賠償リスクに備えるもの、つまり、従業員等から高額な損害賠償金を請求されるケースに備えるものです。
労災上乗せ保険を組む際には、これら2つを区別して考える必要があります。
以下、それぞれについて分けて説明します。
1.福利厚生としての法定外補償保険
法定外補償保険とは、労災にプラスして会社が独自に従業員のために準備してあげる補償を言います。つまり、福利厚生の一環です。
ただし、もう1つの補償「使用者賠償責任補償保険」をカバーする役割も果たします。というのは、使用者賠償責任補償保険は賠償金額が確定するまで保険金が支払われないからです。それまでの間に従業員が入院したり通院したりした場合の費用は、法定外補償保険でカバーすることができるのです。
また、従業員でない経営者・役員は基本的に労災保険の対象外ですので、経営者・役員が業務上のケガ・病気になった場合の労災代わりとしての活用も考えられます。
1.1.法定外補償保険の基本的な補償内容と設定金額
法定外補償保険の基本的な補償内容は以下の通りです。
- 死亡・後遺障害保険金(死亡は満額、後遺障害は等級に応じる)
- 入院給付金(日額)
- 通院給付金(日額)
いずれも、業務に関連したケガ・疾病が対象です。
このうち、「死亡・後遺障害」は、すべての労災上乗せ保険(業務災害補償保険、労働災害総合保険など)で、必ず設定しなければならない補償です。
つまり、後でお伝えする「使用者賠償責任補償保険」だけが目的で加入する場合でも、死亡・後遺障害の補償は必ず設定しなければならないのです。
また、前述したように、法定外補償保険は、福利厚生としての意味合いの他に、従業員等やその遺族に賠償責任を負う場合の「使用者賠償責任補償保険」で損害賠償金額が確定するまでの諸費用をカバーする役割も果たします。
そのことを考えると、死亡・後遺障害保険金については、見舞金程度をカバーできるだけの金額を設定しておくことをおすすめします。300万円~500万円です。
それ以外の補償は、設定するかしないかも含めて任意に決められます。入院給付金1日5,000円~1万円、通院給付金2,000円~3,000円に設定するケースが多いです。
また、詳しくは後でお伝えしますが、業務上のストレスで精神を病んだり過労で心疾患・脳血管疾患等になったりした場合をカバーする特約(労災認定身体障害追加補償)も付けることができます。
1.2.休業補償も付けられる
また、従業員が業務上のケガ・病気で仕事を休まなければならなくなった場合の休業補償も付けることができます。
事業主はその間も給与を支払わなければなりませんので、その費用をカバーすることができます。
補償の上限は、対象者の方の給与の額までです。
1.3.業務外の病気も割安にカバーできるものがある
さらに、保険会社によっては、従業員等が業務外の病気で入院したり手術を受けたりした場合に、「入院給付金」や「手術給付金」が支払われる特約を付けられます。
2.賠償リスクに備える使用者賠償責任補償保険
使用者賠償責任補償保険は、業務上の事由による従業員等のケガや病気のために、会社が法律上の賠償責任や訴訟費用を負担する時の補償です。
2.1.賠償リスクの増大・賠償金の高額化に備える
従業員等が業務災害によってケガをしたり病気になったりした場合、企業は「安全配慮義務を怠った」とか「労働環境の整備が不十分だった」などの理由で従業員から損害賠償を請求される例が増えています。
しかも、近年、会社側の責任が厳しく追及される傾向にあります。十分に配慮していたつもりでも、「不十分だった」とされてしまう可能性があるのです。
そうなると、本人や遺族から、数千万円~億単位の高額の損害賠償を請求されることが考えられます。
特に最近、次にお伝えする精神疾患や過労死・過労自殺が急増していますし、賠償責任は高額化する傾向にあります。
そういう場合に、賠償費用をカバーしてくれるのが「使用者賠償責任補償保険」です。
損害賠償金もちろん、和解金、裁判にかかる費用などもカバーしてもらえます。
ただし、保険金は賠償金額が確定するまで支払われません。それまでの間に医療費等がかかった場合には、法定外補償保険でカバーすることができます。
2.2.精神疾患等をカバーする特約は必須
最近、重要になってきているのが、精神疾患や、ストレスが原因の脳疾患や心疾患で、労災認定された場合の補償です。「労災認定身体障害追加補償」と言います。これは必ず付けるべきです。
たとえば、最近、以下のようなケースが急増しています。
- 業務上のストレスでうつ病になり、自殺した
- 過労が原因で急性心筋梗塞となり、死亡した
「うちはホワイト企業だし大丈夫だから関係ない」と思うかもしれません。しかし、経営者や管理職の側に追いつめるつもりがなくても、本人が精神的に追いつめられているケースはよくあるのです。
実際に、厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」には、「業務による強い心理的負荷」になりうる例として以下のことが記載されています。
- 達成困難なノルマが課せられた
- ノルマが達成できなかった
- 配置転換があった
これらはどの職場でも起こりうるものです。
最悪のケース(死亡)だと、企業は遺族から高額な損害賠償金を請求されることになります。また、そこまで至らなくても、精神疾患になったことを理由に、本人から損害賠償請求を受けることがあります。
そのようなケースに備え、「労災認定身体障害追加補償」を付けておく必要があります。これは、使用者賠償責任補償保険だけでなく「法定外補償保険」も対象となります。
なお、従業員等が精神疾患に陥るのを未然に防ぐ費用や、メンタルを病んだ人の職場復帰を助けるための費用を補償する「メンタルヘルス対策費用」の特約もあります。
2.3.パワハラ・セクハラで訴えられるリスクに備える特約
さらに、パワハラ・セクハラによって損害賠償責任を問われた場合をカバーする特約も付けることができます。「雇用慣行賠償責任補償」です。
パワハラ・セクハラは、残念ながら、無自覚な発言によるものが大部分です。ガイドライン等を設けていたとしても、防ぎきれない可能性があります。
そういうリスクに備える特約として、有効なものです。
4.保険料を抑える方法
労災上乗せ保険には保険料を抑えられるさまざまなしくみがあります。
たとえば、ことがあります。
また、保険会社によっては、以下のようなしくみを用意していることもあります。
- 「商工会議所」「商工会連合会」等や業界団体に加入すると割引を受けられる
- 「人数方式」「売上方式」のどちらか割安な方を選べる
- 同じ業種でも都道府県等によって料率に差を設けている
- 保険料の割引を受けられるための項目を細かく設定している
これらのしくみを利用して、最も補償が充実し、かつ保険料が割安なプランを選ぶことをおすすめします。
労災上乗せ保険は、他の損害保険と比較して、保険料を抑えられる可能性が高い保険だと言えます。
たとえば、労災上乗せ保険と同時に商工団体等に加入するのでも割引を受けられることがあります。
また、過去数年以内に労災事故が複数件あったからと言って、それだけで保険料が割高になるとは限りません。
必要性を少しでも感じるのであれば、一度、見積もりをとってみることをおすすめします。
まとめ
労災上乗せ保険は、政府労災だけでは不十分な補償カバーするための保険です。
内容は福利厚生の意味合いが強い「法定外補償保険」と、従業員等から損害賠償責任を追及されるリスクをカバーする「使用者賠償責任補償保険」です。
法定外補償保険は、従業員が労災で休業した場合の給与をまかなう休業補償をつけることもできますし、保険会社によっては、業務外の病気の入院費用・手術費用等を割安にカバーできることがあります。
また、使用者賠償責任保険は、近年の賠償リスクの増大と、賠償金の高額化に備えることができます。業務に起因する精神疾患や過労によって従業員が病気になったり死亡したりした場合や、パワハラ・セクハラといった問題にも対処することもできます。
労災上乗せ保険に加入しておけば、労災事故が起きた場合に迅速に対応することができますし、賠償金の負担で企業経営が危うくなるのを避けることができます。