家のローンを組む時に、金融機関から、火災保険に質権を設定させるよう言われることがあります。
そうすることには、どういう意味があるのでしょうか。
この記事では、火災保険への質権設定とはどういう意味でどんな効果があるのかということと、注意点について、お伝えします。
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1.火災保険の質権設定とは?
住宅ローンの借入をする際に、金融機関に対して、火災保険の保険金の権利を担保として渡すことを「火災保険の質権設定」と呼びます。
質権設定をする場合、火災保険の保険金の受取人は金融機関となります。どういうことかというと、万が一火災で建物が焼失してしまった場合、保険金は住宅ローンの借入をしている人ではなく、金融機関が受け取ることになるのです。
金融機関は受け取った保険金から住宅ローンの残額分を差し引き、余りがあれば住宅ローンの借入をしている人へ渡します。
2.なぜ金融機関は火災保険に質権設定をするのか
それでは、なぜ金融機関は火災保険を担保にして質権設定するのでしょうか?
それは、万が一、建物が焼失した場合に、金融機関がローンとして貸したお金を確実に回収するためです。
もし建物が焼失した場合、借入側のローン返済義務は消えずに存続します。ただし、返してもらえないリスクが大きくなります。
そんな時、金融機関が火災保険金を受け取れるようになっていれば、火災保険金をローンの貸付金の回収に充てられるのです。
もし、質権を設定していなかったら、どうなるでしょうか。金融機関が貸付金の回収を行う方法は2つあります。
- 火災保険金に対し、建物の抵当権に基づく物上代位権を行使する
- 土地の抵当権を実行して土地の売却代金から回収する
「抵当権」は、金融機関が、住宅ローンの返済が滞った時に、住宅を競売(けいばい※)にかけ、その代金を返済金に充てることができる権利です。ローンを組む際には必ず設定されます。抵当権が質権と違うのは、金融機関が目的物を自分で保有せず、目的物が借主の下にある点です。
しかし、金融機関から見ると、これら2つの方法にはいずれも難点があり、火災保険に対する質権設定の方が有効とされてきたのです。以下、説明します。
※競売:裁判所の手続で買い手を公募し、最も高い値を付けた者に売ってお金に換える手続。
火災保険金に対し、建物の抵当権に基づく物上代位権を行使する方法の難点
建物が焼失すると、金融機関が建物に設定していた抵当権も失われます。しかし、その場合でも抵当権に基づく「物上代位権(ぶつじょうだいいけん)」という権利があります。
そして、物上代位権は、抵当権の対象となる住宅が焼失してしまった等の場合に、抵当権の効力として、ローン借主が受け取る火災保険金を差し押さえることができるのです。そうすれば、保険金を受け取れます。
ただし、差し押さえは、借入側が保険金を受け取る前に済ませなければなりません。
物上代位にはこのような難点があるため、火災保険に質権設定して保険金を受け取ってローンを回収する方が楽です。
土地の抵当権を実行して土地の売却代金から回収する方法の難点
金融機関は、土地の抵当権を実行して土地を競売にかけ、その代金を返済金に充てることができます。しかし、この手続には時間と手間がかかります。
端的に、火災保険に質権設定しておけば、このような手間をかけることなく、保険金を受け取ってローンを回収することができます。
3.火災保険に質権を設定されている際の注意点
火災保険が質権設定されていると、借入側からすると本来火災保険でできることが自由にできなくなります。なぜなら、火災保険の権利は金融機関が持っており、保険証券も金融機関に渡されているからです。
具体的に、どんな不利益が生じるのか、見ていきましよう。
3-1.勝手に火災保険の契約を変更・解約できない
当然ながら、借入側は自由に火災保険の契約を変更したり解約したりできなくなります。
「あっちの火災保険の方が保険料は安いから、今度の更新のタイミングで乗り換えよう」というのも自分の一存ではできません。
契約の変更や解約の必要が生じた場合は、火災保険の権利をもつ金融機関に相談する必要があります。
3-2.保険金をすぐに受け取れないことがある
火災保険の補償は、建物が損壊したときだけに行われるわけではありません。
火災保険は、以下のような補償もカバーしています(一部のみ記載)。
落雷 |
落雷による損害の補償
例:家の近くに雷が落ちて家電製品が故障した |
破裂・爆発 |
破裂・爆発による損害の補償
例:ガス漏れで爆発し住宅に損害が生じた |
風災・雹災(ひょうさい)
雪災(せつさい) |
風・雹・雪による損害に対する補償
例:台風による強風で窓ガラスが割れた |
水濡れ |
漏水をはじめとした水漏れによる損害に対する補償
例:賃貸住宅で上の階から水漏れし、家電製品が故障した |
水災 |
台風・集中豪雨など水が原因の損害に対する補償
例:台風で近くの川が氾濫し、床上浸水をおこした |
盗難 |
盗難被害に対する補償
例:家に泥棒が入り、現金や家電製品などが盗まれた |
上記にあるように、火災保険は、建物が損壊した場合だけでなく、家財だけが損害を受けたり、窓ガラスの破損を直したりといったときにも補償がうけられます。
そういった場合でも、質権が設定されいる場合は、保険金を受け取れるのは、基本的には質権の主である金融機関です。
借入側は、金融機関の承認を得ないと保険金を受け取れません。その場合、保険金をすぐに受け取れない可能性があるので注意しましょう。
なお金融機関によっては、質権設定をしている場合でも、一定の条件の下、質権を行使せず、保険金を直接借入側が受け取れるようにしている場合もあります。
ただし、その場合でも、仮にローン返済が滞っていたら、金融機関から返済能力がないと判断され、借入側が保険金を受け取れない可能性があります。
3.質権設定を要求されても保険の選択は借入側の自由
金融機関が火災保険の質権設定を求める時に、その金融機関が提携している損害保険会社の商品をすすめてくる場合があります。
もちろん、その火災保険に加入してもよいのですが、どの火災保険を選ぶかは借入側の自由です。
中には質権設定できない保険会社もあるため、その分選択肢が狭まってしまいますが、補償内容と保険料の額を吟味した上で適切な保険を選ぶようにしましょう。
損害保険会社によって保険料が大きく異なる可能性がありますし、補償のカスタマイズもさまざまです。詳しくは『火災保険の選び方|補償範囲・保険金額の正しい決め方』をご覧ください。
4.火災保険に質権設定するための手続き
火災保険で質権設定する場合は、金融機関・借入側両者の記名・捺印がある「保険金請求権質権設定承認請求書」もしくは「保険金請求権 返還保険料請求権 質権設定承認請求書」を保険会社へ提出します。
次に住宅ローンが完済した場合は、金融機関は預かっていた保険証券と質権消滅承認請求書を借入側に送ります。
借入側が質権消滅承認請求書に必要事項を記入して保険会社へ送れば、保険金を請求する権利が借入側に戻るわけです。
5.【参考】火災保険の質権設定が減っている?
最近は、金融機関が火災保険の質権設定を求めるケースが減っているようです。
その理由は主に以下の2つです。
- 火災保険の契約期間が短期化した
- 保険金を受け取れるとは限らない
以下、1つずつ解説します。
5-1.火災保険の保険期間が短期化したため
以前は火災保険の契約期間を最長で36年まで設定できましたが、2015年10月から最長で10年となりました。
最長36年の契約ができたときには、住宅ローンの返済まで火災保険の契約更新が必要ないケースが多かったのですが、現在は最長でも10年なので、そのたびに更新手続きをしなければなりません。
金融機関側からすると、その分、管理のためのコストが増してしまったことになります。しかも、超低金利時代の今では、金融機関は収益率を上げるため、可能な限りコスト削減を試みています。
そんな中で、火災保険の質権設定の継続の手続が必要だということになると、金融機関も負担が増えます。
しかも、上でお伝えしたように、金融機関は、火災保険に質権を設定しなくても、抵当権に基づく物上代位権を行使して保険金を差し押さえることができます。また、土地の抵当権を実行してローンの返済金に充てることもできます。
質権設定しないことでローンが貸し倒れになってしまうリスクと、コスト削減のメリットを天びんにかけ、金融機関がコスト削減のメリットを選択していることが考えられます。
5-2.保険金を受け取れるとは限らない
仮に火災保険に加入していても、保険金を受け取れないケースも多くあります。
火災保険の約款には様々な免責事由が定められています。たとえば、寝たばこ等の重大な過失によって建物が焼失した場合、保険金は受け取れません。
つまり金融機関としてはせっかく手間をかけて質権設定をしたとしても、保険金が受け取れないこともありうるのです。これも、火災保険への質権設定が減った理由の1つと考えられます。
とはいえ、なくなったわけではありません。住宅ローンを組む際に、金融機関から火災保険への質権設定を要求されることもあると考えられるため、質権設定の意味について覚えておいて損はないでしょう。
まとめ
火災保険の質権設定とは、金融機関から住宅ローンを借りる際に、家が焼失した場合等に備えて、火災保険の保険金を担保として差し入れることです。
万が一、火災などで住宅が焼失した場合は、住宅ローンの返済金に火災保険の保険金が充てられます。最近減ってはいるものの、金融機関の求めに応じて実施されることがあります。
なお火災保険に質権設定を行うと、その火災保険の契約変更を自由にできなかったり、小さな損害でも保険金を受け取るのに金融機関の許可を請けなければならなかったりするなどの注意点があります。